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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件 バレンタイン・ガール編
42/44

9.道の途中で

 エイジが理穂を見つけたのは、本当に偶然だった。


 マツリと待ち合わせをしている公園へ向かう道の途中で彼女の後ろ姿を見つけたのだ。


 反対側の歩道橋の階段を降りている最中の彼女の横顔。何かを思いつめているかのように下を向いて、ひたすら一点を見つめている。


 変だな。学校での彼女は、普段と同じ。いつも通りのオレが知っている彼女だったと思うけど。


 ――どうしたんだ……?


 困っている女の子がいると助けに走らずにいられない。それが同じクラスの女の子なら尚更だ。


 元々の性格がナイト気質でレディファースト精神を徹底的に教育されてきたエイジは、案の定彼女が気になって放っておけなくなってしまった。


 彼女に追いつくために手足を大きく伸ばし、歩道橋の階段を駆け上がるスピードを上げる。


「おーい、犬飼!」


「木村クン……?」


 突然エイジの声が後ろから飛んできたので、理穂は驚いて足を止めた。自分を追いかけるように走って近づく彼を見て、思わず目を見張る。振り向き様に口元を両手で押さえた。


「どうしたの……?」


 どうやら彼女をひどく驚かせてしまったようだ。彼女の顔を見てエイジは、「しまった」と思った。彼女の腕には、パステルブルーの紙袋がぶら下がって揺れている。


 ――ハハ……オバケになった気分だな。


 エイジは、理穂の前に立って乱れた呼吸を整えつつ肩をすくめると、コートのポケットに両手を突っ込んで、理穂に向かって苦笑いした。


「オレ、ちゃんと足ついてるよ。ビックリさせちゃった?」


「う、うん、ビックリした。こんなところで木村クンに会うと思わなかったから……」


 理穂は、口元に手を置いたままだった。クルリと前を向く。


「わたし、用があるの。またね、木村クン」


 急ぐように彼女は階段を下り始めた。


「あ、待てよ。オレもこっちだから、一緒に行くよ」


 あわててエイジも彼女の後につづいて階段を下りた。


 彼女の不自然な態度に首をかしげながら、エイジは斜め左側を覗くように彼女を見た。どうしてだろうか。彼女の耳の後ろが赤くなっている。


「どうせ方向が同じなら、途中まで一緒に行こうぜ」


 理穂の表情までは見ることが出来ない。だが、彼女がかすかにうなずくのが見えたためエイジはほっとした。


「木村クンは、神崎君のお姉さんと……彼女とデート? 今日は、バレンタインだもんね」


 振り返らないで前を向いたまま、彼女はエイジに尋ねた。


「あ、ああ……」


 二人は、一番下まで階段を下りて横に並んだ。相変わらず理穂の態度はよそよそしい。ほほ笑みながらも自分をガード。右手を口元に置いてかくしている。


「デートっていっても、そこの公園で、なんだけどさ」


「ふーん、そうなんだ」


 二人は、話をしながら歩道橋の先にある茶色のマンションのところで右に曲がった。


 曲がると右手に交番が見える。交番を通り過ぎて一つ目の四つ角を左手に曲がれば、マツリと待ち合わせている公園はすぐそこだ。


 交番の前で立っているお巡りさんに「こんにちは」とあいさつしてから、理穂は思い出したように口を開いた。


「木村クン、学校でチョコいっぱいもらってたね。何個もらったの? 神崎クンのお姉さんが知ったら怒られない?」


「へへ、まーね。それより犬飼の方はどうなってるんだよ……」


「え、わたし……?」


「それだよ、そ・れ!」


 彼女に会ったときから、彼女の指のてっぺんに光る爪に気づいていた。エイジは、彼女の指を見下ろして言った。


「まだ塗ったばっか? 学校では塗ってなかったよな」


「え、コレ?」


 彼の視線に気づいた彼女は、やっと口元から手を離した。自分にも見えるように指を揃えてピンと真っ直ぐ伸ばす。日の光を受けて桜色のネイルがツヤツヤと輝いた。


「うん、ちょっと……家に帰ってから塗ったの。似合わないかな……?」


 そう言うと、理穂は弱々しく小首をかしげた。


「あ、いや! そういう意味じゃないんだ」


 ――どうしたんだ、今日の犬飼は?


 いつも自信に溢れクラスの中でも皆から頼りにされている彼女の様子が、なんだか変だ。


 自分と目を合わせないようにうつむいている彼女の態度が気になったものの、彼女の誤解を解くためにエイジはあわてて両手を振り否定した。


「えーと、オレ、こういうのわかんないから悪いんだけど……。似合ってると思うよ」


「本当、木村クン?」


「うん」


 エイジがうなずくと彼女の顔が明るくなった。彼女の頬にうっすらと赤みが差す。


「よかった、嬉しい……! ありがとう」


「べ、別に……たいしたことしてないし……」


 エイジは、彼女の笑顔にどぎまぎして、しどろもどろになってしまった。照れくさそうに頭の後ろに手をやってポリポリかく。


「知らなかったよ。犬飼がそんなオシャレするなんて、さ。タカヒロもその爪見たら、すっげー舞い上がっちまうと思うよ」


 照れを隠すためにタカヒロの名を持ち出したら、理穂が吹きだした。


「そんなことナイよー。木村クンならともかく神崎クンだったら絶対気づかないし。そういう細かいところ……」


「まー、そうだよな。アイツ、にぶチンだから……」


「でしょ? だから、神崎クンのお姉さんがうらやましいな……」


「え……マツリが?」


 声に出した刹那、ハリセンボンのようにプーッと大きく頬を膨らませたマツリの顔がイメージとなって彼の脳裏に浮かび上がってきた。


 頭の中の彼女がプンと怒ってゲンコツを振り上げる。かと思ったら、急に自分のカラダに抱きつき潤んだ瞳で下から見上げた。エイジを咎めるような視線でじっと見つめる。


 ――ゴメン、マツリ! オレ、浮気してないから!


 エイジは、あたふたと言い訳を探し始めた。そして、すぐに愚かな自分に気づき呆然となる。


 ――何やってるんだ、オレは……。


 ガックリと肩を落としつつもマツリの顔を思い浮かべたら、一刻も早く現実の彼女に会いたくなってきた。


 早く彼女に会って声が聞きたい。許されるなら思いっきり強く抱きしめて、彼女の甘いにおいで肺を満たしたい。


 ――あー、ダメだ! タカヒロにも言われたじゃないか。あせっちゃダメだ。余裕、余裕、余裕……っと!


 彼女が大切なら、我慢しなければ。でも、余裕なんか持てそうにない。指がうずうずと勝手に動き出してしまう。


「木村クン、わたし、こっちだから」


 理穂の声にハッと気づき我に帰ると、エイジは自分が公園の出入り口の前に到着したことを知った。理穂が軽く手を挙げて公園の先の道へと歩みだす。


 エイジは、理穂に応えた。


「じゃ、明日学校でな! ハッピー・バレンタイン!」


 ――マツリ、今行くから!


 そして、彼女の返事を待たずにエイジは、公園の中へ入って行った。





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