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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件 バレンタイン・ガール編
40/44

7.午後二時四十分、彼の気づき

 神崎高弘(カンザキ タカヒロ)の『気が向いたときに書く!日記』より。


『四月七日 火曜日 晴れ時々曇り


 今日は始業式でした。


 春休みが終わってめんどくせえなあって思ったけど、母ちゃんと姉ちゃんに怒られるので学校に行きました。


 新しいクラスは六年一組で、知ってるヤツと知らないヤツが半々でした。


 まあ、小学校最後の一年よろしくって感じです。


 担任の先生は、去年とおんなじ浅井(アサイ)先生。


 浅井先生は、優しくて美人です。


 でも宿題が多いので、ちょっとムカつきます。


 あと、変わったヤツが一人クラスに入ってきました。


 女かと思ったら、そいつは男だったので、ぼくはガックリきました。


 アメリカから来たって、先生が言いました。


 そいつの名前は―― 』




「あああーーーーっ!」


 タカヒロは、部屋の扉を開けたとたん心臓が縮んで飛び上がってしまった。自分の学習机の前にエイジが佇んでいるのが見えたからだ。そのうえ思いっきり見覚えがある五ミリ方眼ノートが彼の手にある。


「エイジ、そいつをよこせっ!」


「え、あっ、うわっ……!」


 タカヒロの剣幕に驚いて不意を突かれたエイジは、身構える前にタカヒロに猛タックルされた。絨毯の上に突き飛ばされて尻餅をつく。


 タカヒロは、その隙を逃さずに、彼の手に握られているノートをひったくるように奪い返した。


「人の日記を勝手に見るなよなっ!」


 奪い返した後すぐ背中の後ろに隠して、タカヒロはエイジの視界から日記の存在を完全に消した。真っ赤な顔になりながらも番犬のように長く低い声を出して唸る。


「悪い、タカヒロ。それが日記だったなんて気が付かなかったんだよ。算数のノートを見せてもらおうと探していたら机の上にあったから、つい開いちゃって……」


 長いカラダを起こして座り直したエイジは、タカヒロに謝った。が、イタズラ好きなエイジのことだ。彼が本当に心の底から悪いと思っているかどうかは、かなりアヤシイ。


「だったら、そのテーブルに置いてあるノートを見ればいいだろっ」


 部屋の中央に置かれた背が低いガラステーブルを、タカヒロはビシッと指差した。テーブルの上には、算数の教科書とノートが広げてある。エイジのためにタカヒロが用意してやったものだ。


「いいか、またやったら今度は許さないからな! もう宿題教えてやんないからっ」


 彼は、両手をブンブン振り回して怒鳴り散らした。


 だが、エイジは笑いが込み上げてきて仕方がない。


 やはり血がつながっているせいなのだろう。タカヒロの怒り方がマツリと瓜二つだったのだ。真っ赤な顔で小鼻をおっぴろげ、子供のように丸いほっぺを「ぷーっ」と大きく膨らませている。


 まるで双子のようだ。彼女と違っているところは、たった二つだけ。性別と身長のみである。


「おい、エイジ! 聞いてるのかよっ」


「タカヒロ……」


 エイジは、おもむろにスクッと立ち上がると一歩前に出てタカヒロの右手を取った。ギュっと手を握りしめながら彼をじっと見つめる。


「うっ……!」


 長いまつ毛に縁どられた薄い茶色の瞳、きめ細かい滑らかな肌、健康的な桜色をした唇。


 美少女と見間違うほどの容姿を持つ彼に間近で見つめられたせいで、タカヒロの胸はドキリと波打ってしまった。


 ――ま、間違うなっ。早まるなよ、オレ! こいつは男だ、男なんだゾ!


 不覚にも内心焦りまくる。


 ――こんなときは、円周率だ! 円周率を唱えろ、タカヒロ! 


 残念ながら、頭が真っ白で小数点以下が思い出せない。


「な、何だよ。キモい……やめれ、エイジ……」


 目をあわせないように顔を横に向け、ムニャムニャ言うのがやっとであった。そして彼は、エイジから距離を置こうと一歩下がった。 


「タカヒロ、今初めて知ったよ。怒った顔、マツリにそっくりなんだな。だから、もっとオレを怒ってくれよ……」


 ――げっ!


 空気にピシっと亀裂が入る。タカヒロは、あわててエイジの顔を見た。


「じょ、冗談言うなよ、エイジ。オレ、ノーマルだし……! びっ、BLはお断りだぞ!」


「オレのことを日記に書くくらいなんだから、ホントはオレが好きなんだろう? なあ、正直に言えよ。タカヒロだったらオレ……。Do you(ドゥユー) get me(ゲットミー)?(オレの言うことわかるだろう?)」


 ――オー・マイ・ガッ!


 タカヒロは、エイジの手を振りほどこうとしてブンブンと勢いよくメチャクチャに手を振った。


「えっ、エイジ、わかっているんだぞっ。姉ちゃんに相手してもらえないからって、オレで遊んでるんだよなっ? なっ、そうだろうっ? そーなんだろうーーっ!」


Yup(ヤップ)! Sure(シュ~ア)(うん、そうだよ! その通り)」 


「うわっ!」


 エイジが実に簡単にタカヒロの手をあっさり解放したので、そのままタカヒロはゴロリと後ろにひっくり返ってしまった。頭が床について両足が天井に向かって伸びる。


「せっかくの休みなのに、つまんないんだよ。マツリ、友達と出掛けちゃうしさっ。オレすっげー会いたかったのに……」


 不満げに口を尖らせているエイジが、足の間から見えた。


 ――ちっ、またかよ! 


 タカヒロは、足を前方にやる反動で一気に起き上がった。


「あのなあ、姉ちゃんだって女同士のつきあいってもんがあるんだよ。ついていったって荷物持ちにされるのがオチだぞ。ジャマにされるだけだって!」


 ――あーあ、恨むよ、姉ちゃん。ったく、いいメーワクだよ。彼氏のしつけぐらい、しっかりやっておいてくれよな……。


 タカヒロは、ベッドの端に無造作に転がっている携帯を見た。午後二時四十分。今頃マツリは、親友の愛子と共にショッピングを楽しんでいるだろう。


『エイジ君が一緒だと買い物に行けないところがあるの。今日はゴメンね(^_^)v』


 と、今朝マツリからデートのお断りメールが届いたので、エイジはひどくショックを受けているようなのだ。


 そして、彼はどうしても諦めがつかなかったのか、宿題をタカヒロに見てもらいたいという口実をつくって神崎家を訪問し、宿題をやるどころか、こうしてタカヒロで遊んでいるのだった。


 ショッピングから帰ってくるマツリをそわそわして待ち構えていることが、誰の目にもミエミエである。


「なあ、タカヒロ」


 エイジは、再び床にあぐらをかいて座り直すと、頭をコツンとテーブルの上面に置いた。寂しそうにポツリとつぶやく。


「オレがいると行けないとこってどこなんだろうなあ。タカヒロ、どこだと思う?」


「そりゃあ、決まってるだろ。パンツでも買いに行ったんじゃないの?」


 バレンタインの前日なのだから、チョコを買いに行ったに違いない。


 だが、下着を買いに行ったと言っておいた方が手っ取り早い。女の子だけしか行けない店に行ったと知れば、エイジも納得せざるを得ないだろう。


「パンツ……? パンツだったら、別にオレが一緒でもいいじゃん。可愛いのを選んであげるのになー」


 しかし、タカヒロの予想を裏切り、エイジはブツブツ独り言のような文句を言い続けた。


「だ・か・ら! パンツってズボンじゃなくて下着! アンダーウェアの方だよ。おまえ、そんなハズいところにノコノコついて行けるか? 姉ちゃんだって困るだろっ」


「あ、アンダーウェア……? つ、つまり……Lingerie……?」


「そうそう、その、らんじぇりー」


 タカヒロが短く返事をすると、エイジはガバツと頭を起こした。「くっ!」と喉が鳴り、パチパチとまばたきをする。


「しまった……! オレ、そんなことも知らずにワガママ言ってたんだ……。やべーよな、オレ……」


「ああ、ヤバいね。とってもヤバいね! っと……」


 適当に返事を返しながらタカヒロは、ベッドの下に積まれているマンガ雑誌の中から一冊を取り出した。そのまま横になりページをめくる。


「タカヒロ、ここは慰める場面だろ。どうして、そうツレないんだよ」


「それだよ、それ!」


 タカヒロがチラリとエイジを見た。


「What’s?」


「おまえさー、ホントいい性格してるよな。自己中というか、甘えんボーイというか、さー。末っ子のカガミというか……」


「何が言いたいんだよ、はっきりしろよ」


 エイジは、イライラした口調でタカヒロに言った。


「あのな、忠告しておくけどさ、エイジ。最近、走りすぎって感じだゾ。おまえ、もうちょっと彼女離れした方がいいんじゃナイか? タダでさえ年下なんだからさ。余裕を見せておかないと、ウザがられても知らないゾ。オレ様王子が女子に人気あるのは、妄想の世界だけなんだからな!」


 いつも以上のスピードで話し終えると、タカヒロはマンガ雑誌に視線を戻した。


 エイジもタカヒロから視線を外し膝を抱えた。そして、窓から見える空を食い入るように眺め始めた。

 



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