4.ゲットだぜ! って感じ
しばらくたって、チューペットを全員に配り終えた。
配ったのは十六本。
残ったのは……。
マツリは、クーラーボックスの中を覗いた。
やったね、一本残ってる!
しかも大好きなレモン味。
(よっしゃあ!)
小さくガッツポーズした。
でも食べる前に、監督に聞いてみなくちゃ。
勝手に食べたことをママに知られたら、それこそマジでやばい。
マツリの頭の上に雷が落ちるのは、天気予報を見なくても確実だった。
「あのう、監督さん」
ファンの人垣に囲まれた監督に向かって、マツリは声をかけた。
しかし、きゃあきゃあ騒ぐ声にかき消されて届かない。
少しむかついたけど、自分の声も小さかったのかもしれない。
今度は、もう少し大きな声で呼んでみた。
「か・ん・と・く・さあーんっ!」
すると、その場にいた人たちが急に振り返って、マツリをじろっと見た。
みんな大人で背が高い。
マツリを上から見下ろしている。
うう、視線が怖い。
迫力に負けて、小さな身体がますます縮んでしまった。
「すいません、ちょっと通して」
人垣をかきわけ、男の人がでてきた。
白いTシャツに黒いジャージ姿の、バッターボックスに立っていたあの人だった。
「暑いのに来てくれてありがとう。子供たちのこと任せて悪かったね」
マツリに微笑んだ。
「ああ、はい。い、いえっ」
間近で見るとホント、カッコいい。
みんなが騒ぐの、無理ないか。
でも……。
ちらっとクーラーボックスに目をやる。
やっぱりチューペットのほうが大事。
喉がカラカラなのを、ずっと我慢してたんだもん。
はあ、色気より食い気の自分が恨めしい……。
「あのう、一本余ってるチューペット食べてもいいですか?」
恥ずかしかったけど、思いきって聞いてみた。
「もちろん」
監督はタオルで汗を拭きながら、にこっとさわやかに笑った。
日焼けした肌に白い歯がめっちゃ眩しい。
マツリはどきっとして、くるっと回れ右し急いで離れた。
「ねえ、タカ」
弟を見つけて、袖を引っ張った。
「監督さん、カッコいいね。すっごいモテるし、芸能人みたい。どこの人なの?」
「姉ちゃん、ミーハーだなあ」
タカヒロは、眉根を寄せた。
「姉ちゃんだってモテるじゃん。ナオトに告られただろ?」
イシシと歯を見せて笑った。
「姉をからかうんじゃないの!」
タカヒロのお尻の肉をつまんだ。
「いいから教えてよ。じゃないと……」
軽く指先に力を入れる。
タカヒロはお尻を押さえて、飛び上がった。
「わかった、言うよ。言えば、いいんだろう」
両手でお尻を隠し降参した。
「ほら、去年まで町内会長やってたキムラさん。キムラさんの孫だって。春に引越ししてきたばかりなんだよ」
「へえ、キムラさんって、あのキムラさん? 写真屋さんの?」
「そうだよ。オレも姉ちゃんも、写真撮ってもらったことあるじゃん。覚えてる?」
「うん、覚えてるよ」
七五三や入学式のとき、いつも写真を撮ってもらってたもん。
そういえば最近、キムラのおじいちゃんに会ってないなあ。
元気でやってるかなあ。
キムラさんのしわくちゃな笑顔を思い出した。
「キムラ監督、大学生なんだって。こっちで大学に入るために、引越ししてきたんだってさ」
ふーん、どうりで見たことないと思った。
それにしても、すっごい人気ぶり。
もう一度、ちらっと向こうを見た。
なんだか監督困ってるみたい。
女の人たち相手にどう対応していいか、わからないみたいだった。
「モテすぎるのも、たいへんだね。そう思わない、タカ?」
「まあね、オレたちには関係ないけどね」
そう言いながらタカヒロは、チューペットをちゅうちゅう吸った。
ああっ! そうだ、チューペット!
チューペット食べなきゃ。
タカヒロが食べるのを見て、はっと気づいた。
あわててベンチに駆け寄って、クーラーボックスのふたを開ける。
やっとチューペットを手に入れることができた。
(ああ、長い道のりだったなあ……)
『チューペット、ゲットだぜ!』って感じ。
「なに、ニタニタしてんのさ。おお、キモっ!」
チューペットを握りしめて立っているマツリをからかって、タカヒロは自分の身体を抱きしめながら、ブルブル震えるフリをした。
むかっ!
マツリは、タカヒロの頭をゲンコツでこづいてから、チューペットの頭をハサミで切った。
そして、ぱくっとくわえる。
(ああ、おいしい!)
ひんやりとした冷たさと、レモンの甘酸っぱい味が口の中に広がった。
目を閉じて、しみじみと幸せを噛み締める。
こんなにおいしいものを一番最初に作った人は、エライ!
つくづく思った。
そして再び目を開けたとき、ベンチと反対側の茂みにいる背中が目に入った。
紺色の野球帽に、赤いTシャツ。
(あの子だ)
さっきタカヒロの肩を叩いて励ましてくれた彼だった。
ああーっ、どうしよう!
彼にチューペット渡してなかった!
彼の分であったはずのチューペットは、マツリの口の中。
三分の一は消えてしまっていた。
「タカっ」
隣にいるタカヒロの胸倉をつかんだ。
「ね、ねえ! あの子なんて名前? なんて名前なのっ」
ホントどうしよう!?
どうしたらいいか、わからない。
「あの子って?」
あせりまくるマツリとは対照的に、タカヒロはのんびりした口調で聞き返した。
「あの子よ。向こうにいる子。ほら、あそこの茂み! さっきしゃべってたでしょう?」
マツリは勢いよく指差した。
彼はさっきから茂みの中を覗いて、何かを探しているようだった。
「エイジのこと?」
タカヒロは、彼がいる方を見て言った。
「監督の弟だよ。オレと同じ六年なんだ。結構いいヤツでさあ。エイジがどうかしたの?」
どうしよう……。
マツリは困った。
やっと、彼の名前を出せました。
でも、顔はまだ……。
のんびり展開で申し訳ありません(^^;)