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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件 バレンタイン・ガール編
38/44

5.胸に秘めた決意

 愛子さんから聞いた話ではマツリがオレに腹を立てて家に帰ったということだったけれど、どういうわけか彼女はオレが怒っていると思い込んでいるようだ。


 どこで何を間違えてしまったんだろうか。またややこしい事態が引き起こされたらしい。


 ――う~、わけわからん。


 エイジは、右手で髪の毛をワシワシかきむしりながら神崎家の門扉に背をもたれた。ふと手が止まる。


 暮れかかった空を何気に見上げたら、向かいにある一戸建て住宅の二階の屋根の上に、真ん丸お月さまが顔をのぞかせていたのだ。まるでマツリのほっぺのようだ。


「満月みたいに可愛いほっぺだねってマツリに言ったら、例えが悪いって怒られちゃいそうだよな……」


 笑みを漏らし冗談のような独り言を口にしながらも、心の中で彼は別のことを考えていた。


 この世は、本当に奇跡だ。どうして彼女がこの世に存在しているのだろう。彼女を想うだけで、オレの体温は高くなる。


 エイジは、空のキャンバスにマツリの姿を描き始めた。


 彼女は小さな女の子だ。


 オレより二十センチ以上背が低くて、カラダの厚みだって驚くほど少ない。真綿でくるむように抱きしめなければカラダが折れてしまうんじゃないかと、錯覚しそうになるほどだ。


 きっとマツリは気づいていないだろう。ガラス細工の人形を扱うように触れることしかできないオレのことを。


 彼女が好きだ。好きでたまらない。


 くるくるとよく動く黒い瞳も。鼻の頭を真っ赤にして、怒ったり泣いたり笑ったりする子供みたいなところも。オレを惹きつけてやまない、ストロベリーのような愛くるしい唇も。


 そして、ドジでおっちょこちょいで早とちりな可愛い性格も、全部。


 彼女の全部が大好きだ。


 彼女のすべてをオレのものにしたい。今すぐにでも自分だけのものにしたいと、オレは本気で思っている。


 子供じみた独占欲だと笑われるかもしれない。だが、笑われたって構わない。オレはまだガキなんだ。つまらないことを気にするのは、大人になってからでいい。


 だけど、本当は不安だ。いつか彼女がオレの手が届かないどこかへ行ってしまいそうな気がして。オレ以外の他の誰かに彼女をさらわれてしまいそうで。


 彼女を失うことなんか考えたくもないのに、近頃オレの頭に浮かぶのはそのことばっかりだ。だからといって、実際どうしたらいいのか。


 まだガキのオレには、ちっともわからない……! 


 ――やっぱ、オレ……このまんまじゃダメだよなあ。自分のことしか考えてねーや。好きならマツリのことを一番に考えなくちゃいけないのに……。


 すると、エイジの背後でガチャリと音が鳴った。ドアのノブがまわった音だ。


「マツリ……?」


 振り返って玄関に視線を移したら、案の定、彼女が半開きになったドアの陰にかくれてエイジをうかがっていた。バツが悪そうにもじもじして頬を染めている。


「エイジ君、あの……本当に怒ってない……?」


「当たり前だよ、さっき怒ってないって言っただろう。だから出ておいで。オレにちゃんと顔を見せてよ、マツリ」


「う、うん……」 


 おずおずと返事をしながら、マツリはドアを開けて外側に出てきた。その刹那、彼の顔つきがガラリと変わる。


 彼女に会えた喜びで、エイジはふわりと浮いた気分になったのだ。さっきまで彼の上に落ちていた暗い影は、もう見られない。瞬時にキレイさっぱり消えてなくなっていた。


「マツリ……」


 エイジは、愛おしむように彼女の名をそっと唇に載せた。彼の茶色の瞳が揺れている。


「あ、あの、その……」


 ――エイジ君、ずるいよ……。こんなふうにされたら、わたし……。


 マツリの方が先に視線を外した。


 エイジ君と目があうたびに、もっと好きになる。胸がドキドキして、彼に何度も恋をしてしまう。


 ――でも……。


 エイジに会いたいと願って外に飛び出してきたのに、いざ彼の前に立ってみたら、マツリはスカートの裾をにぎにぎしてうつむくしかなかった。


 彼の表情が変わる様をすべて目撃した彼女は、自分が彼に与える影響がいかに大きいか改めて思い知らされたのだ。


 わたし、本当に今のままでいいの……? エイジ君にしてもらってばっかりで、わたしは何もしてあげていないのに。『エイジ君の彼女は、わたしなのよ』って、あの子たちに負けないで言える……?


 マツリの脳裏にキャーキャーと騒ぐ女の子たちの声がよみがえってきた。胸が締め付けられたように苦しくなって、胃のあたりがズキズキする。


 ――そんなの、ムリ。わたしに、そんなことを言う資格なんかない……。


 いつのまにかマツリは、胸と腹に手をあててギュっと目を閉じていた。


「マツリ、どうしたっ?」


 いつもと違う彼女の様子に気づいたエイジは、ためらわず門を開けて神崎家の敷地内に入った。飛ぶような速さで彼女のもとに駆け寄り手を伸ばす。彼女が真っ赤な顔をして小さな声でつぶやいた。


「え、エイジ君、やだ……」


 ――あ、やべっ! つい……。


 エイジは、自分が何をしているのかハッと気づいて手の力を緩めた。ご近所さまにフォーカスされても文句を言えない場所で、彼女をしっかり抱きしめていたのだ。


 ここは、日本だ。自分が育ったアメリカとは違う。しかし……。


 頬が赤いため一見血色が良さそうに見えるが、彼女のコンディションが良くないのは明らかだ。


 恥ずかしそうに自分を見上げているものの、彼女の瞳は涙をこぼしてしまいそうになるほど潤んでいる。カゼの引き始めの症状のようだ。


「マツリ、体調が悪かったんだね。それなのにオレ知らずに遊んでて……ゴメン」


 ――いけない。わたしったら、また……。


「エイジ君、違うの! だ、だいじょうぶ! だいじょうぶだから……」


 エイジに抱きしめられた喜びよりも、彼に要らぬ心配をさせてしまった後悔の方がマツリの頭をよぎった。彼の胸に両手を置いて押しのけようとする。


「全然だいじょうぶじゃないよ。真っ青じゃないか」


 エイジは彼女の抵抗を許さなかった。何を思ったのか、今しがた彼女に嫌がられたばかりなのに、彼女の腰に手を置いて自分のカラダにピッタリ密着させる。


「お願いだ、マツリ。オレのためにしばらくじっとしててくれないか。怖い思いをさせるかもしれないけれど、オレのことを信じて」


「え、何、どうするのエイジ君? あっ、きゃっ!」


 マツリは驚いて思わず力いっぱいエイジにしがみついた。急に足が宙に浮いてひっくり返りそうになってしまったからだ。


 ――う、ウソ……お姫様抱っこ!


 気が付いたらマツリは、エイジに背中と膝を抱きかかえられていた。この細身のカラダのどこにこんな力を隠し持っていたのか。俄かに信じ難いほどのたくましい腕の力で、マツリはエイジに抱き上げられていたのだ。


「エイジ君、降ろして! わたし重いから、お願い……」


「うん、確かにマツリは重いよ。ズッシリ腕に食い込んでくる」


 エイジは、いたずらっぽくニッと笑った。


「だったら、早く降ろして!」


「それはできない相談だ。マツリがズッシリ重いのは、オレにとってマツリがすっげー大切だからなんだよ。だからソファかベッドに運ぶまでは絶対降ろさないよ」


 ――よ、喜んでいいのかな……。


 マツリの乙女心は複雑になってしまったが、見上げるとエイジが真顔で自分を見下ろしていたので、彼女もまた見つめ返した。


 エイジ君、王子様みたい。わたしのことをお姫さまみたいにやさしくしてくれて、大切だって言ってくれた……。喜んでいいんだよね。わたしもエイジ君が喜ぶ顔を見たいな。どうすれば喜んでくれるんだろう……。

 

 ――ひえっ……!


 突然、エイジがマツリの顔の真正面に自分の顔を近づけた。互いの鼻がこすれあいそうになるほど近い距離だ。


 エイジは、高く筋が通った鼻をピクピクさせた。


「それよりさ、マツリ……」


「な、なあにエイジ君……?」


 ――ちっ、近いよっ。


 彼の唇から目が離せない。キスをする直前に似た二人の間の距離にドキドキしながら、マツリはエイジに返事をした。


「さっきから美味しそうな匂いがしているんだけど。この匂いは……そうだな、チョコレートかな?」


 ――あ、そうだ。バレンタイン!


「う、うん、そうなの。さっきホットチョコレートを飲んだの。だから……」


 これがいい方法かわからない。でも……。


 ――わたし、決めた。決めたよ、エイジ君。


 彼女は、その小さな胸に決意を秘めながらエイジのコートの端をギュっと両手でつかみ、高まっていく心臓の音に耳を澄ませた。






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