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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件 バレンタイン・ガール編
36/44

3.恋と友情のトライアングル

 ――あ、あそこだ。


 校舎一階の廊下を小走りで渡りながらきょろきょろしていたところ、土間の出入り口付近で人だかりができているのがマツリの視界に入った。


 人だかりをつくっている生徒たちは、みな上履きをはいたまま下に降りて、同じように校庭のグラウンドの方向を眺めている。


 マツリもそれに倣い、上履きをはいたまま段差を降りて、人だかりのいちばん後ろについた。


「あ、あの、どうかしたんですか?」


 マツリは、人だかりの一番後ろにいた上級生らしき女の子におずおずと声をかけたものの、彼女は夢中になってグラウンドを見ているばかりで、マツリの方を振り向かない。


 しかし、マツリの声は彼女の耳に届いていたようで、彼女は前を向いたまま興奮気味に話し出した。


「あー、あのね、いますっごいゲームやってんのよ、サッカーの。あのゴールの上のバーに何本あてられるか競争しているらしいんだけど。それがね、すっごい子が混ざってて超驚きなの!」


「すっごい子……?」


「そう、すっごい子! しかも、うちの中学じゃないのよ、となりの学校の小学生なんだってさ! さっきからあたってばっかりで全然外してないのよ。うちの男どもは何本か外してるのにさ、ホントだらしないよね!」


 ――小学生? まさか……。


「ちょ、ちょっとごめんなさい! 通してくださいっ」


 彼女の返事を聞くや否や、マツリは人だかりの中に分け入り背が低い自分でも見える位置にまで動こうと肩を突き出した。


「え、いしょっ! と……」


 やっとの思いで窮屈なところから先頭に出て視界が広がる。見ると、グラウンドの端にもサッカーゴールに注目している生徒たちがまばらにいた。降ってわいたように始まった急ごしらえのイベントに、興味津々といった感じだ。


 その視線の先には、薄い茶色の髪をした背が高い少年。


 遠くから見ても目立っている彼がいったい何者なのか、マツリには一目瞭然だった。


「やっぱりエイジ君だ……」


 紺色のジャージの上下を着た七、八人の生徒たちに混じって、コートを脱いでスレンダーな姿をあらわにしたエイジがゴール前のペナルティエリア外に立っていた。


 自分の番を待っているのだろう。軽くアキレス腱を延ばしたり、腰を上げ下げして屈伸したりしながら、他の生徒たちがゴールのバーに向かってボールを蹴る様子を真剣な面持ちで見ている。


 ――エイジ君、どうしてそんなところにいるの? 校門でわたしを待っているんじゃなかったの?


 彼を見て胸をときめかせながらも、マツリは不安になった。


 出来のいいフィルターを目の上にかぶせたって、エイジの魅力はかくせない。それは自分がよくわかっているからだ。


 案の定、マツリの周囲にいる女子たちは、きゃーきゃーと言って騒いでいる。


「見て、また蹴るよ、あの子!」


 ひときわかん高い声に気づき、マツリは自分の周囲からゴール前に意識をうつした。


 ちょうどそのとき、地面に置いたボールから少し後方に下がっていたエイジが走りだすところだった。


 軸の左足が地面に踏み込み、右足が大きく開かれる。


 次の瞬間、息をのむ。


 エイジが蹴ったボールは、二メートル以上もあるゴールの上に向かって高く宙を飛び、バーの真ん中ににガツンとぶちあたってポーンと跳ね返った。


 そして、ガッツポーズ。


 先ほどの真剣な面持ちと様変わりして、エイジはうれしそうに片手を振り上げ飛び上がった。あぜんとしているバー打ち競争の参加者たちにVサインし、マツリの大好きな笑顔を振りまく。


 彼らは一瞬戸惑ってひるんでいるようであったが、そのなかの一人がエイジの肩をがっしり組んで首を絞めるマネをすると、「あーあ、やられたよ」とでも言っているかのように他の者たちも顔を崩したので、固い雰囲気が一気に緩んだ。


「うへー、これで五本目だよ、あいつ。なかなかやるなー」


「ふつうフリーキックでも、おんなじ場所に何回も決められないよな。的外すって!」


「インステップなんだろー。しっかり足の甲をつかって蹴ってたよ。膝が柔らかいんだな」


 土間の出入り口で成り行きを見守っていた男子生徒たちは、エイジの運動神経の良さに驚いて感心したように論じ始めた。一方、女生徒たちは、


「あの子小学生なんだって! でも、いーよね?」


「そうだよね、めっちゃガンチューだよね、年下でも!」


 エイジの小学生離れした魅力に気づいたようだ。アイドルを発掘したかのように色めき立っている。


 マツリは、ぎゅっと手で耳をふさぎつつ人だかりから抜け出すと、愛子が待っている理科室に戻るために、廊下の方を振り返った。


「だいじょうぶ、マーちゃん? 顔、真っ青だよ……」


 理科室に戻るまでもなかった。愛子がマツリの目の前に立っていたのだ。彼女は、二人分のカバンを抱え心配そうにマツリを見つめていた。


「アイちゃん、いつ来たの? 全然わからなかったよ。カバン、ありがとう」


 マツリは、手を伸ばし愛子から自分のカバンを受け取った。しかし、笑顔がつくれない。


 もやもやとした黒い渦のような不安がますます大きくなって、ここまでのこのこ見にやってきた自分が嫌になる。後悔に似た想いに駆られてしまう。


 ――エイジ君のせいじゃない。エイジ君のせいじゃないよ、マツリ。


 マツリは、必死になって自分に言い聞かせた。


「マーちゃん、校門まで一緒に行こう。それなら、いいでしょ?」


 愛子に背中をそっと押され、マツリははっと我に返った。


「うん、一緒に行こう。アイちゃん……」


 二人は、人だかりから離れ、自分たちの靴が置いてある下駄箱の方へ足を向けた。 



  

「ごめん、マツリ! 遅れた!」


 校門の前で待つこと十五分、やっとエイジが姿をあらわした。バー打ち競争の興奮冷めやらぬままに息がはずみ、目が輝いている。


 だが、すぐに異変に気付いた。待っているはずのマツリの姿が見えなかったのだ。校門の外に出て左右を見回しても彼女はいない。


「あれ、まだ来てないのか……」


 ぽつりとつぶやき、校舎の壁に掛けられた時計を見上げた時だった。


「待ってたわよ、木村エイジ……!」


 ピンと糸を張ったような怒りを含んだ声が、エイジに向かって投げつけられた。


 声がした方向に顔を向けると、校門の脇にエイジをにらみつけている生徒がいた。ウェービーヘアの黒髪の女の子だ。


「あ! えーと、たしかマツリの友達の……」


 パッとひらめいた彼女の名前を口にしようとしたエイジの邪魔をするかのように、彼女はいち早く名乗りかみついた。


「愛子よ、ア・イ・コ! マーちゃんのことをいちばん想っていて、いちばんよく知ってるのは、このわたしよ! 彼氏なんかよりずっとね!」


「そうそう、愛子さんだ、愛子さん。そう言えば、初めて話すよね。前は窓越しだったし」


 レディファーストを徹底的に教育されてきたエイジは、女の子に怒鳴られたぐらいでは顔色を変えない。平然とした態度で応えると、愛子ににっこりほほ笑んだ。


「あ、あのときは、その……」


 エイジの答えを受けて愛子の頬は赤く染まった。夏休み前に彼女が引き金となった“保健室事件”のことについて、エイジがにおわせたからだ。


「まだ、あのときのお礼言ってなかったよなー。あれがなかったらマツリとラブラブになれなかったしね。その節は、どーもです。お世話になりました」


「へ? いえ、こちらこそ……」


 エイジが突然頭を下げたので、愛子もつられてぺこりと頭を下げた。下を向いたとたん気づいて、ガバッと勢いよく上半身を戻す。


「じゃ、なくってっ!」


「何?」


「あんた、小学生のクセになんでまた校内に入ってきたのよ! 先生に怒られたいのおっ?」


「じょーだん、怒られたくないですって! オレちゃんと待ってたんすよ、マツリが来るの。そうしたら……」


「おーい、おまえ、まだいたのかよー」


 二人の背後から、愛子の聞きなれた声が飛んできた。短く髪を刈りこんだ頭が特徴の、エイジと変わらないぐらいの背の高さの男子生徒がのしのし歩き近づいてくる。


 彼は、二人のところにやってくると、人懐っこそうな目をくりくりして不思議そうに首をかしげた。


「あのさー、聞きたいんだけど、なんでおまえら一緒にいるの? 神崎はどうーしたん?」


「キンキン、あんたに関係ない話だから。とっとと去って!」


 愛子は、天敵である少年、クラスメイトのキンキンに向けて「しっしっ」と手を振った。


「愛子さん、関係なくないよ、キンキン先輩のこと。だってオレさ、キンキン先輩に誘われて遊んでたんだもん。面白かったよ、サッカー」


 エイジがキンキンを擁護したが、当の本人は気に入らなかったようだ。


「キンキンじゃないっ、金田だあっ! おめえ何度言えばわかるんだあっ。金田先輩といえ、金田先輩とおっ!」


 力いっぱいこぶしを振り上げ反論する。


「なんなのよ、マーちゃんに言われても文句言わないくせに! あんたなんかキンキンでいーのよ。キンキンで! はあっ、それにサッカーだあ? 野球小僧がサッカーやってんじゃないわよ!」


「えー、でも面白かったすよ、サッカー。キンキン先輩また誘ってよ、な!」


「だから、おまえ! 年下なのにタメこいてんじゃねーぞ。オレは金田だ、か・ね・だ!」


 三人の会話の論点がずれたまま、不毛な時がしばらく流れた。




 愛子がエイジにマツリのことについて打ち明けることができたのは、十分後のことであった。


「なんだよ、それ! 早く言ってくれよ!」


 エイジは、血相を変えて脱兎のごとくマツリの家を目指して走り去って行った。


 キンキンは、憤然とした様子でエイジの後ろ姿を見送る愛子に声をかけた。


「なあ、いーのかよ、あれ……。あんなこと言っちゃってだいじょうぶかよ。本当はウソなんだろ?」


「ふん、別にいーのよ、あれぐらい! わたしのマーちゃんを泣かせたんだから、ささやかな仕返しだっつーの! こんなことぐらいでダメになるようなら、それだけの男だったのよ。そんなヤツにマーちゃんを彼女にする資格なんかないっ!」


「おまえ、こわいな……。女にしとくのもったいねーよ」


「わたしもね、時々そう思うわよ!」


「それにしても、いーよなあ、あいつ。ちっ、オレも泣かれてみたいよ……」


「はあ、何? 聞こえなかったけど、キンキンくーん?」


 愛子の目がぎらりと殺気を帯びた。


「い、いや、なんでもないっす……」


 ――あのこと知られたら、オレも命があぶねーな。


 キンキンは、マツリに苗字ではなく下の名で呼ぶ許可をもらったことを愛子には黙っていようと、決意を新たにして心の中で誓った。



 

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