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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件 バレンタイン・ガール編
34/44

1.粉雪デート

本編が完結してから時間がずいぶん空いてしまったので、違和感があるかもしれませんが、よろしくおねがいします♪





 粉雪が桜の花びらのように降っていた。細かい粒がアスファルトの路上に積もる前に風にさらわれどこかへ転がっていく。


 今日のエイジとのデートを楽しみにしていたマツリは、夕方から雪が降るという予報を聞いて、ルンルン気分で家を出てきた。


 しかし、神様は意地悪だ。


 帰りにロマンチックな雪明りデートを期待していたのに、この程度の雪ではそうはいかない。


 自分の足元を見てマツリは、白い息を「はあ」と吐いてがっかりしたようにつぶやいた。


「あーあ、この様子じゃ積もらないね。残念だな……」


「女の子って雪が好きだよなー。不思議だよ。積もったらやっかいなだけなのに」


 エイジは、くすりと笑った。


「マツリなんか、すっころんで雪だるまになっちゃいそうだよな。ははっ!」


 と、冗談を言って最後には吹き出す始末。


「だって、きれいなんだもん。きれいなものは素敵でしょ! そこまで笑わなくたっていーのに」


 マツリの頬が、魚のハリセンボンのように大きく膨らんだ。


「はは、ごめんごめん。つい……」


 ぷーっと膨らんだ彼女の丸いほっぺに髪が数本張り付いていることに気づき、エイジはそっと指で絡めとり彼女の耳の後ろにかけてやった。


 が、指先が一瞬熱くなる。ほんのわずかの間であったが、彼女の耳たぶに触れてしまったのだ。


 想像していたよりも、ずっとやわらかで甘い、その感触。


 ――や、やばい。これは、やばすぎる。


 おまけに、クリーム色のコートに包まれた彼女の肩先に、シュガーパウダーのような雪がうっすら積もっている光景まで目撃してしまった。


 “ふわふわのスポンジに砂糖をまぶしたケーキ”と“思いっきりスイートでハニーな彼女”が彼の脳内で結びつき、指がうずうずと動き出す。


 寒いはずなのにどっと全身から汗が噴き出し、ごくりと生唾を飲み込んだ。


 どこでもいいから、マツリに触れたい!


 それは、六年間という長き間に募らせた彼女への想いが彼を()らした結果、つまり必然的に生まれた発作であった。


 ――おいしそうなんだけどな。やっぱ、このまんまじゃマズイよな、絶対。


 かなり惜しい気がしたが、エイジは、それを無視して、パパッと素早く彼女の肩の雪を払い落した。ぐっとこらえて何もなかったかのように彼女の方に傘を傾ける。


 咳払いして(のど)の調子を整えてから、背が低い彼女の顔を覗き込んだ。


「寒くない、マツリ?」


「うん、だいじょうぶ。ありがとう、エイジ君」


 マツリは、自分の頭よりずっと背が高い彼を見上げた。


 いちばん最初に、彼の細く尖った(あご)が目に入った。次に、整った薄い唇。彼の薄い茶色の瞳が自分を見つめてやさしげに輝き、大人っぽい雰囲気をにじませていた。その表情にあどけなさはない。


 ――エイジ君、また背が伸びた。それに、前より男の子らしくなったような気がする。


 マツリの胸は「きゅん」とときめいて、彼女の鼓動は速くなった。


 何度見上げても見飽きることのない、わたしのやさしくて素敵な年下の彼。エイジ君がまだ小学生だなんて信じられない。


 でも、あと二か月たてば、エイジ君はわたしと同じ中学生になる。


 同じ学校になったら、いつでも会いに行ける。会えない間の不安な時間を、今よりずっと減らすことができる。


 ――エイジ君、大好き。


 つかまっているエイジの腕に、マツリは頭をくっつけた。ぎゅっと手に力を込める。


 彼女の思いに応えるかのように、身体をかがめた姿勢のまま、エイジは彼女の髪に唇を寄せた。


 唇を尖らせて「チュッ!」と音をわざと鳴らし、すぐに離れる。マツリをおどかすには、たったそれだけの行為で十分であった。


「え、え、え、え、エイジ君……?」


「いーだろ、これぐらい? 全然さわってないし、普通のことだよ」


「でっ、でも……」


 おろおろとうろたえだしたマツリに向かって、エイジはにやりとした。


 こんな些細(ささい)なスキンシップで驚く彼女が、あまりにも可愛くて愛おしい。


 昨年の春アメリカから日本に戻ってきた帰国子女のエイジには、彼女の反応が新鮮だった。ますますいじめたくなってしまう。


「オレが欲しいのは、本当はこれだけじゃないんだけどな」


 早く自分の唇に慣れてほしい。けど、まだ慣れてほしくないような。ずっとこのままオレの大好きな初心(ウブ)な彼女でいてほしい。


 ――やっぱ、我慢できねーや。


 再びエイジは、マツリの髪に唇を寄せた。今度は、さっきよりさらに強く彼女の髪に唇を押し当てる。ふっと息を吹きかけるようにして口を動かし、彼女にやさしく語りかけた。


「マツリ、オレ待ってるんだよ、ずっと。マツリがイエスって言ってくれるのを……」


 ――うひゃっ!


 彼の息のくすぐったさに背筋がぴくんと動いて、マツリは飛び上がりそうになった。耳の後ろまでかーっと赤くなるのを感じてしまう。


 ――うん、わかってる。わかってるんだけど……。


 もう、こうしているだけで精いっぱい。マツリは、黙ったままうなずいた。エイジの腕に頭をくっつけたまま身じろぎしないで、彼の唇が自分の髪をついばむのに任せる。


 エイジ君が欲しがっているもの、わたしにだってわかっている。それは、二人の初めてのキスだ。


 正真正銘の、レモン味のチューペットを半分こして間接キッスでごまかしているようなものじゃなくって、本当に、本物の、唇同士が触れ合うキス。そう、映画やドラマで見るような……。


 ――でも、なんかこわい。


 こうして髪にキスされているだけでも、胸がどきどきして壊れてしまいそうなのに、唇と唇がくっついてしまったら、わたしどうなるんだろう。心臓が止まって死んでしまうかもしれない……。 


「エイジ君、ごめんね。わたし……」


「謝ることないよ、マツリ。オレ、まだ自分が小学生のガキだってわかっているしさ。マツリが迷う気持ちだって、ちゃんと知っているつもりだよ」


 エイジは、マツリの言葉をさえぎるように答えた。


「本当は、こんなのあせることないんだよな。けどさ、オレ……なんていうか、どうしてもあせっちゃうんだよ」


「エイジ君……」


「オレ、なんでマツリより年下なんだろう。時々そう思うことがあって、わかっているはずなのにどうしようもないんだ。やっぱガキだって証拠だよな……」


 少し照れたように頭をかきながらぽつりとつぶやいたエイジの斜め下から見る顔は、マツリの目にさびしげに映った。


「エイジ君、わたし、エイジ君が年下だなんて思ったことないよ。だって、わたしよりエイジ君の方が大人っぽいんだもん。中学生のわたしの方が子供みたいで……」


Zip it(ジップィッツ)!」


 エイジは、指を一本立てるとマツリの唇にあてた。


「いいんだよ、マツリ。もういいんだ。黙らないと指だけじゃ済まないよ。本当にキスしちゃうよ」


「え!」


「へへ、ひっかかった! 変な顔!」


「もーう、エイジ君たら!」


 大人っぽい表情から打って変わって急に子供っぽく笑い出したエイジに、マツリはほっとして胸をなでおろした。ちょっとだけ切なくなる。


 彼氏がいるって大変だなあ。けっこう気いつかわなくちゃいけないし、元気がないときは励ましてあげなくちゃいけない。


 彼氏がいる子は、みんなどうしているんだろう。やっぱり大変なのかな。大変なんだろうなあ、やっぱり……。


「マツリ、そろそろ帰ろうか? 今日は楽しかったな、スケート」


「うん、そーだね。えへ、楽しかったね!」


「で、さ! 明日学校あるけど、オレ校門で待っててあげてもいーよ? 一緒に帰るよな、マツリ!」


「えーと……」


 マツリは、にこにこと笑いながら自分の答えを待っているエイジを見た。マツリがオーケーの返事を出すことを、これっぽちも疑いもせず信じて目を輝かせている彼。


 ――どうしよう。明日の放課後は、卒業生を送る会の打ち合わせあるんだけどなあ。ダメって言ったら、エイジ君のことだから怒りだすだろうな、きっと……。


 さっき『年下だなんて思ったことない』って言ったけど、エイジ君はこういうところ子供だよね。こっちの都合を考えないで、おねだりするところ。可愛いといえば、可愛いんだけど。ちょっとわがままで困っちゃうな。


「ね、ね! いーだろ、マツリ! ねーったら!」


 ――前言撤回。やっぱりわたしの方が大人だよ。


 エイジの熱烈アピールをよそに、マツリはまた「はあ」とため息をつくのであった。




読んでくださってありがとうございました。

バレンタイン・ガール編は、徐々にアップしようと思っています。

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