31.告白
一組の若いカップルの会話がほほ笑ましくて、交差点で誘導を待つ人々の誰もが顔を緩めずにはいられなかった。
「マツリ、頼むって! キゲン直してくれよ」
「知らない、知らない、知らない! 知らないったら、知らないもんっ」
エイジとマツリの甲高い声が響き渡る。
エイジは、人々の視線を集めていることが気になって、早くマツリの怒りを解きこの場をおさめたかった。
手を合わせてマツリの許しを必死になって求めるが、彼女の怒りはおさまりそうにない。
ぷいっとそっぽを向いて、彼女は完全にゴキゲンナナメだった。
「ごめん、オレがわるかったよ」
「エイジ君なんか、知らないもん」
エイジとキンキンに蚊帳の外にされたことに、マツリは腹を立ていたのだ。
そうこうするうちに誘導が始まって、人々は交差点を順に渡り始めた。
「にいちゃん、がんばれよ!」
エイジの隣に立っていた恰幅のいいオジサンが、横断歩道に出る際、にこにこと彼を励ます。
「よけいなこと言わなくていいのっ」
奥さんらしき中年の女の人に急き立てられ、オジサンは足早に向こう側へ渡っていった。
ふたりは、しばらくきょとんしていたが、すぐはっとなって目を合わせた。
(往来で大声なんか出して! わたしったら、何やってたんだろっ)
思わず恥ずかしくなって、エイジから視線をそらす。
すると、マツリの右手が暖かい感触に包まれた。
エイジがマツリの手を取って、自分の腕につかまらせたのである。
彼の体温に触れたとたん、怒っていたことも忘れて、マツリはぼーっと彼の顔をみつめた。
「行こっか……」
エイジが、はにかんだ笑顔を見せる。
「うん……」
マツリは、うれしかった。
横断歩道を渡りきると、エイジが人の流れに従わず途中で右手に折れた。
そのままずんずん進んでいく。
「エイジ君、どこ行くの? 土手は、あっちだよ」
「いいんだ、寄りたい所があるから」
道を間違えたわけではなさそうだ。
「え、どこ?」
マツリはきょろきょろ見回した。
たくさんの人でにぎわっている大通りがウソのようだ。
一本中に入ると人通りはまばらで、何かが出てきそうな気がしてちょっとこわい。
電灯の数も少なく、なんとなく薄気味悪いような気がして、マツリはエイジの腕を握る指に力を込めてしまった。
エイジが、自分の腕につかまるマツリの手を優しくにぎった。
「もう着いたよ」
ふたりは鳥居の下にいた。
お社へと続く長い神路を目の前にしている。
「エイジ君、ここ……」
エイジの目的にやっとマツリは気づいた。
「天宮さんじゃない! エイジ君……知ってたの?」
この辺りの氏神を祭っている天宮神社のことを、住人たちは皆親しみを込めて『天宮さん』と呼んでいた。
これから行われようとしている花火大会も、そもそも氏神に奉納することを目的としている。
日頃参拝をする人はあまり多くなかったが、今日は訪れる者も多いようだ。
人気が少ないと思っていたのに、振ってわいたように暗がりの中から参拝客が現れる。
夜のせいなのか、縁結びのいわれがあるためなのか。
参拝客のほとんどは、若い男女だ。
「実は、タカヒロから聞いたんだけどね」
エイジは苦笑いした。
「女の子って、こういうの好きだろ? それに、マツリと一度は行かなくちゃと思ってさ……」
マツリの心臓が、ドキドキしてくる。
「だって、意味わかってるの? ここ、縁結びの……」
ここは、この辺りに住む者なら皆知っている特別な場所。
帰国子女のエイジは、その意味を知らないのかもしれない。
「昔からすごく有名なところなの。ここの湧き水を願いを込めて一緒に飲んだら、未来永劫ずっと結ばれるっていわれてるんだよ」
もちろん、マツリは頭から信じていない。
この言い伝えがホントなら、世界中のカップルがどっと押し寄せて、この世が平和になるだろう。
でも、女の子らしい憧れはマツリの中にもある。
彼ができたらやってみたいことベストテンに入っていた。
「へえ、スゴイなあ。びっくりだよ」
エイジは目を丸くした。
おどけたように肩をすくめる。
「そう、だよね。そんなの、イヤだよね。そんなこと……」
一緒に湧き水を飲んだだけで永遠に結ばれる、そんな虫のいい話は信じられない。
特に男の子はそう思うだろう。
頭ではわかっているけど、大好きな彼が言うとやっぱり悲しくなってしまう。
「あっ、勘違いするなよ、イヤだなんてちっとも言ってないじゃん」
エイジは、しょんぼりしたマツリの様子に気づいて彼女と向かい合わせになる。
身体を折り曲げて、彼女の顔を覗き込んだ。
「あいつに、言ってやったばかりなのに……。マツリとのこと、終わらせないって……」
みぞおちの辺りが締め付けられたみたいに、マツリの胸は苦しくなった。
「あいつって、キンキンのこと……? そんなこと、さっき話してたの?」
マツリの問いかけにエイジはうなずいた。
「……一緒に、湧き水、飲もうよ。マツリがイヤじゃなかったら、だけど……」
彼は控えめに自分の願いを言ったけれど、マツリにはそう思えなかった。
その顔はとても大人びていて、マツリは自分のほうが年下のような気がしてくる。
マツリの気持ちを見透かすように彼の瞳は大きく見開き、暗がりの中でもキレイに輝いていて。
願いではなくて決意を表しているかのように、マツリは感じた。
「お、終わらせないって……、まだ始まってもいないのに……」
マツリの口から、マツリ自身さえ思っていなかった言葉が飛び出す。
「そんな簡単に言ったらダメだよ。誤解しちゃうから……」
だって、まるでプロポーズみたいだ。
エイジ君、本当にわたしに決めちゃっていいの?
マツリの脳裏にリホの顔が浮かんだ。
彼女ははっきり言葉にしてないが、態度ではっきりエイジへの想いを表していた。
小学校の校門前での出来事が頭から離れない。
エイジ君は、わたしのこと好きって言ってくれたけど……。
本当の自分の気持ちを、まだわかってなかったら?
もしかして、小さい頃の思い込みだけだったら……。
「簡単じゃないよ。前に告ったじゃん、六年分の気持ちだって! どうやったら信じてくれるんだよ」
「でも、でも……、エイジ君、本当はあの子が好きなんじゃないの? わたしのこと思い込んでるだけで、自分でも気がつかなくて、本当はリホちゃんのこと好きなんじゃないの?」
だって、ずっと続く想いなんてない!
そんなのあったら、このお宮だっていらないもん。
マツリは、とうとう核心に迫る質問をぶつけた。
エイジは、息を呑む。
彼が何も答えないので、マツリは目を伏せた。
「エイジ君、言ったよね。リホちゃんにフラれたって……」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それは……」
『ちがうんだ、言葉のあやなんだよ!』と、エイジは声を大にして叫びたかった。
ところが、その前に身体が固まってしまった。
マツリが自分の胸に飛び込んできたからだ。
突然柔らかな身体を押し付けられたため、気が動転してエイジは何も考えられなくなった。
「わたしのこと……好きって言ってくれて、ありがとう」
マツリはエイジの胸に顔を埋めてつぶやいた。
「わたし、わかったの、自分の気持ちに。でも、遅かったね。リホちゃんより、早く会いたかったな……」
「え……? マツリ、何言って……」
エイジの脈拍が速くなる。
それを知ってか知らずか、マツリは言葉を続けた。
「エイジ君が、リホちゃんのこと……好きなのわかってる。それでも、どうしても伝えたかったの……」
マツリは顔を上げて、エイジを見た。
「わたし……、エイジ君のこと……好き。」
今が夜でよかった。
夜だったら、泣いてもわからないから。
「聞いてくれて、ありがとう……」
今回は、本編の中でいちばん長くなってしまいました。
読んでくださった皆様、ありがとうございます♪