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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件
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28.友達の距離

 交通規制のため、川の土手まで続く道は、一時的に車両の通行が禁止されていた。


 右を向いても、左を向いても、人、人、人、人だらけ。


 通勤ラッシュ時の駅のプラットホーム並みの混雑ぶりだ。




「タカあ。エイジくうーん」


 背が低いマツリは、ぴょんぴょん飛び跳ねて、頭と頭の間を一生懸命覗いてみた。


 しかし、花火大会の会場に向けて歩く人の群れが見えるばかりで、エイジとタカヒロの姿を見つけることができない。


 だんだん不安になって、マツリの胸はドキドキしてきた。



(どうしよう、会えなかったら……)


 『オー・マイ・ガッ』と叫びだしたい気分だ。



(せっかく、お化粧して浴衣着たのに……)


 見てもらいたい本人(エイジ)が側にいなければ、時間をかけておしゃれしてきても何の意味も持たない。


 それに、つまらないことにかっとして、エイジのことを無視してしまった。



 自分の気持ちを、彼に伝えたい。


 一大決心したはずなのに。



 そう思ったとたん、目頭が熱くなった。



(あっ、いけない!)


 化粧が台無しになってしまう前にハンカチで涙を拭こうと、あわてて巾着袋の中に手を突っ込んだら、固くて冷たい感触が指に触れた。


 携帯電話だ。


 気が動転していたのか、巾着袋に入れて持ってきていたことを、マツリは忘れていたのだ。



(ああ、よかった……)


 ほっとしながら携帯を取り出して画面を開き、着信履歴からタカヒロの電話番号を探し出す。


 番号を見つけて、発信ボタンを押そうとしたときだった。


 うしろから肩をぶつけられた。


「きゃっ……!」


 慣れない下駄を履いていたせいで、がくっと膝が折れた。


 身体が押されて、つんのめりそうになる。


 とっさに誰かがうしろから腕を引っ張ってくれたおかげで、マツリは身体のバランスを保つことができた。



(あー、びっくりした……)


「だいじょうぶだった?」


 携帯を握りしめた左手で、ドキドキする胸を押さえているところ、背中から声をかけられた。


 声変わりしてる最中の、かすれるような少年の声。


 どうやらマツリを助けてくれた人物らしい。


 でも、どこかで聞いたことある声だ。


「あ、ありがとうございました……」


 と言いながら、マツリは笑顔で振り向いた。


「いやあ、オレの方こそすんません。ぶつかったりして……」


 髪を短く刈り込んだ少年が、照れ笑いを浮かべている。


「キンキン!?」


 マツリは、驚いて叫んだ。


「え、もしかして……、カンザキ?」


 日に焼けて真っ黒になった顔が、一瞬赤らんだ。


 彼女の浴衣姿を目に焼き付けるかのように、頭のてっぺんから足のつま先まで見尽くす。


「マジ……?」


(神様……、ありがとう! イイもの見させてもらいましたっ)


 キンキンは、コンビニ袋を力いっぱい握りしめて、心の中でうれし泣きした。


「キンキン、どうしたの? こんなところで」


 マツリの声で、キンキンは我に返った。


「あ、……、この上オレんちがあるんだ。ジュース買いに来たんだよ、ノド乾いたから」 


 キンキンは、五百ミリリットルのペットボトルが二本入っている白いコンビニ袋を、マツリに見えるように少し上にあげた。


 気づくとそこは、二階から上がマンション、一階がコンビニになっている建物の駐車場だった。


 人込みに流されて、いつのまにか来てしまったらしい。


 コンビニの店内から明々と蛍光灯の青白い光が届いて、マツリとキンキンの姿を照らしていた。


 ひとりで心細かったマツリは、思いがけない場所で知ってる者に会えたのでうれしくなった。


「よかったあ、花火大会に行く途中弟たちとはぐれちゃったから、どうしようかと思ってたの」


 ふいに彼女は黙り込んだ。



 なぜだろう。


 学校でいつも見かける横顔と、今彼女が見せている横顔は、ずいぶんちがって見える。


 いままで目にした事がないくらい、彼女の顔が強張っているような。


 何か思いつめているみたいに……。



 キンキンは、唇を噛み締めた。


「カンザキ、それ……。浴衣、似合ってるな」


「本当? 本当にそう思う?」


 マツリは、浴衣がよく見えるように両手を広げた。


「これ、ママのなんだ。昔着てたんだって」


 くるっと一回りして、うしろも見せる。


 無邪気な笑顔に、キンキンはどきりとした。


「ふ、ふーん、馬子にも衣装ってヤツか」


「ひっどーい!」


 キンキンは、笑いながら背中でマツリの攻撃を受け止めた。


 だが、彼女の手が何度も背中にあたるたびに、自分と彼女との間の距離を思い知らされる。



 あの日保健室で彼女の涙を見たとき、決めたっていうのに。


 未練たらたらでカッコ悪いぜ。




「なあ、あのさ。ちょっと話さないか?」


 キンキンは、ためらいがちに聞いてきた。


「でも弟に電話しないと。心配してるかもしれないし……」


「じゃあ、電話しろよ。カンザキの弟が来るまで、ここで一緒に待ってやるから。その間ならいいか?」


「うん、ありがとう。じゃあ、ちょっと待ってね」


 携帯の発信ボタンを押そうとしたら、携帯を持つマツリの手にキンキンが自分の手を被せてきた。



「その前に聞かせてくれよ」


「何?」


 マツリはキンキンを見上げた。


「あいつのことさ」


 さっきまで笑っていたキンキンが、急に真顔になる。


「あの、生意気な小学生のヤツ」




 マツリは、キンキンが何を聞こうとしているのか、すぐにわかった。


 エイジのことだ。


 エイジがマツリにとってどんな存在か、聞こうとしているのだ。


 本当は、マツリも知っていた。


 エイジのことを想う自分と同じように、キンキンも自分を想ってくれていることを。



 マツリは、彼の視線を受け止めてうなずいた。


「キンキン、ごめんね。わたし、ズルイよね。でも、わたし……」



「いいんだ」


 キンキンは、マツリの声を途中でさえぎった。



 マツリの口から、自分以外の誰かを好きだと聞くのは、今はまだつらすぎる。




「いいんだ、別に。ほら、オレたち友達だろう?」



 彼女が望むなら、これでいい。


 悔しいけど、オレたちには、このぐらいの距離がちょうどいいのかもしれない。


 簡単に納得できそうにないけどな。




 キンキンが元気にVサインを出して笑ったので、マツリの胸はせつなくなった。


「……ありがとう。そうだね、友達だもんね」



 彼の気持ちに答えてあげられないなら、ずっと友達でいよう。


 彼がつらいとき、味方になってあげるんだ。



 ごめんね、キンキン。



 マツリも彼に笑顔を向けた。



今回は難しい内容だったで、書くのに苦労しました。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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