27.気づいた過ち
男の子が二人に、女の子が一人。
五、六歳ぐらいの小さな子供たちが、はしゃぎながら目の前を通り過ぎていった。
そのあとを追いかけてきたのだろう。
赤い浴衣を着た、彼らと同じ年頃の女の子が、ちょこちょこ駆けてくる。
「ちょっとまって……、あっ!」
先に行ってしまった友達を呼び止めようとしたちょうどその時、彼女はつまずいて倒れてしまった。
そのまま歩道の真ん中で顔を伏せて、小さな肩を揺らししゃくりあげる。
エイジは、軽快な足取りで人波を避けながら近づくと、彼女をそっと抱き起こし立たせた。
「だいじょうぶ、どこも痛くない?」
女の子の目線の高さに合わせて片膝を立てて座り、曲がった浴衣の裾を両手でていねいに直してあげる。
彼女を見上げているエイジの顔は、マツリが大好きな優しくて柔らかな微笑みだった。
マツリの胸がきゅん、となった。
「間違いなく、惚れたな」
タカヒロが悔しそうにつぶやいた言葉に、マツリはどきっとした。
「な、何?」
びくびくしながら目だけを横に動かして、隣に立つタカヒロを見る。
「今助けたあの子のことだよ。ほら、見てみな。あのぽーっとした顔!」
舌を巻いたように早口で、タカヒロは言った。
確かにタカヒロが言ったとおり、女の子のくりくりしたどんぐりまなこはエイジに釘付け。
おまけに、かわいらしい頬も赤く染まっている。
完全にフォーリング・ラブ状態だ。
(な、なあんだ、わたしのこと言ったんじゃなかったのね……)
マツリは内心冷や冷やしながら、弟にたずねた。
「タカ、エイジ君のこと怒ってるの? どうして? いいことしたのに」
「だってさあ、学校でもいつもあんな調子なんだぜ、エイジのヤツ」
「あ、そう……なの?」
「レディファーストかどうだか知らないけど、女には優しいんだ。だから、うちのクラスの女子はメロメロん、半分以上の男共はやっかんでるってわけ」
「ふ、ふーん……」
エイジ君、アメリカにいたって言ってたもんなあ。
レディファーストのお国で、しっかり鍛えられたってことかあ。
それで女の子にモテちゃって、あの美人のリホちゃんもエイジ君のことが好きになって……。
なんか、面白くない!
泣きやんだ女の子が、バイバイと元気に手を振った。
戻ってきた友達と一緒に去っていくうしろ姿を、エイジは手を振り返して見送る。
手を振りながらも、大きな風船のようにマツリのほっぺが膨らんでいる理由が、エイジは気になって仕方なかった。
「どうしたの、マツリ?」
「知らない! タカ、行こ!」
タカヒロの腕を引っ張って、マツリは先に立ってずんずん歩き出した。
(ちぇっ、さっきまで機嫌よかったのに……)
エイジは長いため息をつくと、二人の姿を見失わないようにさっさと歩き始めた。
一歩外に出たら、友達や恋人同士、または家族連れなどたくさんの人で、歩道は込み合っていた。
誰もが皆、わくわくと期待感で胸がいっぱい、幸せに満ちあふれている。
目指す場所は全員同じ、花火大会が開催される一級河川の土手の上。
会場へ行くためには、ここからバスで二区間程の距離を西へ行ったところにある、橋を目指さなければならない。
元気で体力が有り余っている三人のことだから、バス代を払うなんてもったいない。
橋まで歩くことにしたが、ただひとつだけ心配事があった。
「マツリ、あんまり早く歩くと、足が痛くなるぞ」
長身を生かして、すぐ二人に追いついたエイジは、マツリの歩調に合わせて歩きながら忠告した。
彼女が慣れない下駄を履いてるので、足の指が鼻緒で擦れて痛くなることを心配したからだ。
しかし彼女は、エイジを見向きもしないで前方ばかり気にしていた。
きょろきょろ辺りを見回して、誰かを探している様子だ。
「姉ちゃん、どうしたの?」
タカヒロも姉の行動に不審を抱いた。
「えっ、あのっ、そのさあ……」
マツリは急に立ち止まって、手に持っている巾着袋の紐をもじもじ指に絡め始めた。
「リホちゃん来るって聞いたから、来てないかなあって思って……」
(なんで、姉ちゃんが班長のこと気にするんだ?)
不思議に思ったタカヒロは、答えを求めてエイジの顔をじろりと見た。
エイジも困った様子で頭をかきながらマツリをみつめている。
タカヒロは、エイジの左足をわざと踏みつけた。
「いてっ! 何すんだよ、タカヒロ!」
「何すんだよ、じゃないだろ。お前、姉ちゃんにはっきり言ってないのか? 班長とのこと」
マツリの耳に入らないように、タカヒロは声を低くしてエイジにささやいた。
「ちゃんと言ったさ」
エイジは小声で噛み付いた。
「なんて言ったんだよ。きちんとはっきり言ったのか、つきあってないって!」
「……え? オレ……」
(なんて言ったんだったけ?)
エイジはマツリに公園で告った日のことを思い浮かべた。
あの日マツリに言った言葉は、一言一句全部覚えている。
たとえ今すぐ記憶喪失になったとしても、これだけは忘れない自信はある。
確か……。
「オレ、フラれたんだよ」
「はあ?」
「だから、『オレ、フラれたんだよ』って言ったんだ。イヌカイのことをマツリに……」
「お前、その言い方サイテーだぞ。おちゃらけてるみたいで」
タカヒロが強く言い張ると、エイジの顔は真っ青になった。
「フルよりフラれたって言ったほうが、イヌカイにはいいだろう? 違うのか!?」
「あのなあ、フッた女の子の心配してる場合か? いいかげんにしろよな、カッコつけて八方美人やるの!」
タカヒロはぼやいて、エイジの背中をばんと叩いた。
「フラれたなんて言い方したら、エイジが班長に気があるみたいに聞こえるぞ。いくらニブちんの姉ちゃんだって、わかるさ! 告られたからって、面白くないに決まってるだろっ」
エイジは呆然として、次の言葉が出てこなかった。
全身の汗がどっと噴き出す。
(オレ、なんてバカなんだ! マツリに告ったって、誤解されてるんじゃ……意味ないじゃん!)
「オレ、ホントにマツリ一筋なんだよ。ホントなんだよ、タカヒロ……」
らしくなくエイジが弱音を吐いたので、もう少しで喜びの声を上げそうになった自分を、タカヒロは抑えなければならなかった。
あと一押しだ。
彼を元気づけるために、もう一度背中を強く叩いた。
「だったら、はっきり本人に言うんだな。もう、これ以上ないっていうぐらい疑いようなく、完璧にキメるんだ! 弟のオレが許してやる、なっ?」
(そうなってくれれば、オレにだって明るい未来が開けるんだ!)
タカヒロは、鼻息荒く息巻いた。
「わかった」
エイジは、きっぱり返事をしてうなずいた。
どこか一点を集中するかのように、人の波をみつめている。
薄暗い夕闇の中でも、タカヒロにはエイジの顔がよく見えた。
「そうだ、イイこと教えてやるぜ。今から行く橋の近くに神社があるんだ」
タカヒロは、エイジの身体を肘でつついた。
「そこ、縁結びのお宮なんだ。行ってこいよ。女の子は、こういうの好きだろう? キレイな花火が背景でムード満点! さすがの姉ちゃんもバッチリだって」
「うーん、そうかなあ……」
エイジは、他にいい案がないか頭を悩ませた。
縁結びというロマンチックないわれがある場所だったら、マツリといい雰囲気になれるかもという望みはある。
しかし、ひとり突っ走って、またマツリに突き飛ばされることになったら……。
それこそ、おしまいだ!
そうかといって、あれこれ思い悩んでいても、ちっともいいアイディアが浮かばない。
いちばんいいのは、マツリに選んでもらうことだ。
「ああ、絶対そうだよ。なあ、姉ちゃ……あああんっ……!?」
タカヒロのすっとんきょうな声に、エイジは考えを中断された。
はっとして、マツリがいた方を見る。
マツリの姿が忽然と消えていた。
「ま、マツリ!?」
人込みの中に紛れてしまったのか。
あわてふためいて周りを見たが、彼女を見つけることは叶わない。
「ごめん、エイジ。オレ、すっかり忘れてたよ」
タカヒロは、あははと作り笑いをした。
「姉ちゃんの得意技、迷子なんだ」
予定が変わって、得意技が発動してしまいました(^^;)
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました♪