25.恋バナ、そして決意
今夜の花火大会にでかけるマツリのために、ママがタンスの奥から引っ張り出してくれた浴衣は、ママが昔着たものだった。
「この浴衣はね、有松絞りっていうママの地元の名産なのよ」
紺の布地に白いてふてふが描かれたその古風な柄は、マツリの目に新鮮に映った。
窓から入る風に揺れるたびに、まるで本物の蝶が飛んでいるように見える。
「きれいでしょう? ママもこれを着て、パパと花火を見に行ったの」
風を通すためにカーテンレールに吊るした浴衣の裾を、ママは愛おしそうに撫でた。
単身赴任で家族と離れ、ひとりでがんばっているパパ。
ママは、今パパのことを想ってるんだ。
ママのうつむいた横顔は、とてもキレイだった。
「ねえ、ママ」
マツリは、突然ママに聞きたくなった。
「なあに?」
「あのさ、ママって、どうしてパパと結婚したの?」
「もう、やあね、マツリったら。どうしたのよ、急に」
ママは恥ずかしそうに頬を染めて、畳の上に体操座りで座っているマツリの前に、腰を下ろして正座した。
「ただ、どうしてかな……って、思っただけなの」
マツリは、ちらっと目を合わせ視線を下ろし、自分の膝をぎゅっと抱えた。
マツリ、もしかして……。
ママは、すぐ気づいた。
「そりゃあ、ママがパパのことを好きになって、パパもママのことを好きになってくれたから結婚して、マツリやタカヒロと会えたのよ」
ゆっくり言い聞かせるように質問に答えながら、マツリの両手を握った。
「ひょっとして、好きな人ができたの?」
どくん。
ママに質問されたとたん、脈拍のリズムが乱れた。
思わずマツリは、ママの手を強く握り返す。
顔を上げることができなくて、膝におでこをくっつけた。
ママの優しい声が響いた。
「そんなに恥ずかしがることないじゃない。ステキなことよ、人を好きになるって」
「だって、まだわかんないもん。すっ、……好きか、どうか……」
かすれるような小さな声で、マツリは正直に答えた。
『エイジ君のことを考えると、とっても苦しくて、ドキドキして、恥ずかしくなるの』
これだけは、言葉にすることができなかった。
すると、ママが言った。
「でも、とっても気になる。彼のことを思うと胸がキュンとなって、ドキドキして眠れなくって。彼に会えるのはうれしいけど、恥ずかしくなっちゃう」
マツリの気持ちを代弁するかのように、すらすら言葉を並べ立てた。
「でしょ?」
ママは、得意げな調子で聞いてきた。
「どっ、どうしてわかるの!?」
マツリは驚いて顔を上げた。
まだ、なんにも言ってないのに……。
ママは、真っ赤な顔でうろたえる娘の目元を、そっと優しく指で触れた。
赤ちゃんのように白くてふっくらした、かわいらしい肌。
その肌の目の下の部分には、黒ずんでくぼんだ箇所ができている。
ひと目見るだけで容易に、娘が睡眠不足状態なのがわかった。
「ママも昔は、乙女だったのよ。そんなことぐらいわかるわ、あったりまえでしょう?」
ママが「ふふっ」と笑った。
「ねっ、それで、 誰なのよ、気になる彼って。同じクラスの子? 年上、年下? まさか、お隣のナオト君じゃないわよね?」
「ぶっ、何それ? なんでナオト君なの?」
ママが突拍子ないことを言い出したので、マツリは吹き出した。
「あら、いいじゃない、年下の彼氏。ママ、憧れちゃうわあ」
「年下過ぎるって! まだ、二年生なんだよ」
「じゃあ、マツリは何歳から許容範囲なの? ひとつ下から、ふたつ下から?」
ママの目が輝きだす。
「……ひ、ひとつ下から……」
マツリはもじもじ指を動かしながら、消え入りそうな声で返事した。
「ふーん、そうなのお」
ママはにんまりした。
「ということは、タカヒロとおんなじ六年生ね!」
ママは両手を広げて、ぎゅっとマツリを抱きしめた。
ついこの間まで小さかったマツリが恋してるなんて……。
娘の成長をうれしく思う気持ち。
そして、さびしい気持ち。
もう自分だけの小さな女の子ではないことに、気づいてしまった。
マツリ、お願い。
もう少し、ママだけのマツリでいてね。
娘を抱きしめて、そう願った。
「ママ、どう……したの? 泣いてるの?」
「ううん、うれしいの。夢が叶ったから、うれしいのよ」
ママはマツリを抱く腕を解いた。
「夢って?」
「ママね、娘と恋バナするのがずっと夢だったの。だから今それが叶って、とってもうれしいのよ」
今このとき、この瞬間を忘れませんように。
ママは、じっと愛娘をみつめた。
「えっ、だって、恋バナって……。ちがうよ、わからないんだもん」
マツリは戸惑いながらママの顔を見た。
「好きとか、恋とか、どういうことをいうのかわからないの」
「何言ってるの、もうわかってるじゃない」
「え……?」
「彼のことがいつも気になる、彼のことを考えるとドキドキしちゃう、胸がぎゅっとなる。これ、ぜーんぶ恋の症状なのよ」
子供なのか、大人なのか、それとも中間なのか。
恋してることに気づかないなんて、マツリらしいわ。
「マツリ、あなたの恋はもうとっくに始まってるのよ。気がついてなかったの? ホントにボケッとしてるんだから!」
ママは、うれしそうにマツリを見下ろして言った。
“こいはもうはじまっている”
そう……なの?
マツリは、声を出さずにママが言った言葉を繰り返した。
わたし……。
エイジのいたずらっぽい笑顔を思い浮かべる。
胸がぎゅっと苦しくなって、身体が熱くなった。
だから、だからなんだ。
エイジ君に抱きしめられても、イヤじゃなくて。
エイジ君とケンカしたら、涙がでて。
エイジ君のこと考えたら、眠れなくなって。
エイジ君に好きって言われたら、うれしかった。
“わたしも、エイジくんが、すき”
“エイジくんに、こいしてる”
やっと、自分の気持ちがわかった――
「ねえ、ママ……」
マツリは、ママの顔を見据えた。
「あの、ママの浴衣を着れば……、わたしも、キレイになれる……?」
わたし、まだ伝えてない。
エイジ君は伝えてくれたのに、わたしはまだ言ってない。
エイジ君が好きって……。
「チビで、ガキっぽい、わたしでも、キレイになれるかな……?」
キレイになれたら、勇気だってでてくる。
なんとなく、そう感じた。
ママは立ち膝になり、マツリの目を覗き込んだ。
「彼も花火大会に来るのね?」
真っ赤になって、もう少しで泣きだしそうな顔した娘が、こくんとうなずいた。
「だいじょうぶ! ママだって、この浴衣でパパをゲットしたのよ。マツリもだいじょうぶよ、ママの子だもん。そのかわり……」
ママは、また「ふふっ」と笑った。
「彼をゲットしたら、ママに紹介するのよ。つまんないヤツだったら、お尻蹴飛ばしてやるんだからね!」
「えっ、蹴飛ばすの!?」
エイジがママにお尻を蹴飛ばされるシーンを想像してしまった。
見たいような、見たくないような……。
でも結局、マツリは吹き出して、思いっきり笑いだした。
少しだけタイトルの意味に触れてみました。
おわかりになっていただけたら感激です。
読んでくださって、ありがとうございました♪