24.恋をするって?
レタスとトマトが大盛りになったサラダボウルが、マツリとタカヒロの目の前にどんと置かれた。
「あんたたち、どうしたのよ。ふたりそろって……」
ママが呆れ顔で首を横に振った。
マツリもタカヒロも朝の食卓についたものの、ボーっとして半分寝ていたからだ。
マツリは、あちこち寝癖だらけのボサボサ頭にピンクのTシャツ短パン姿。
タカヒロにいたっては、まだパジャマ姿のままでテーブルに寝そべっている。
今日は日曜日。
通常通りならソフトボールの練習日だが、大会の組み合わせを決める抽選があるため、本日はお休み。
久々の朝寝坊を堪能し、時計はすでに十時をまわっていた。
「あんたたち、しっかりしなさいよ! 休みだからって、ぼーっとしないっ。シャキッとしなさい、シャキッと!」
とうとうママの雷が落ちてしまった。
マツリとタカヒロはびくっと反応して、曲がっていた背筋が真っ直ぐ伸びた。
「らっ、了解!」
ふたりは同時に返事して敬礼ポーズをとった。
ママは、鼻息荒くして仁王立ちでふたりを見下ろしていたが、洗濯機の洗濯終了を知らせるピーッという電子音が聞こえると、そっちのほうへ足早に行ってしまった。
ママがダイニングから姿を消したとたん、ふたりはほっとして肩から力が抜け、腕を下ろした。
「……姉ちゃん、ちょっと聞いてほしいんだけど」
タカヒロは、テーブルに向けていた椅子をがたがた動かして、自分の横にいるマツリの方に向きを変えた。
膝を広げ座り直し、股の間に両手をついて身を構える。
「な、なに? 改まって……」
マツリは、目玉焼きの黄身をフォークでつつき平静を装っていたが、テーブルとタカヒロの両方にちらちら忙しなく視線を動かした。
(あ、あのこと聞くんじゃ……?)
思い出すと、また胸がドキドキしてくる。
エイジに告られた日から一週間以上たち、毎日ドキドキしすぎて眠れない日々が続いていた。
何度も寝返りを打つうちに、いつのまにか朝を迎えてしまう。
おかげで睡眠不足に陥り、マツリの目の下にはクマができていた。
「エイジがさ……」
タカヒロが口にしたとたん、エイジの顔が脳裏に浮かんだ。
条件反射みたいに、マツリの全身がかーっと熱くなる。
続いて、彼の胸を思いきり突き飛ばしたことも思い出し、今度は、さーっと全身の血が引いて青ざめてしまった。
「姉ちゃん、やっぱ聞いてないっしょ?」
信号機みたいに、赤くなったり青くなったりしてるマツリに、タカヒロは文句を言った。
「えっ、えっ? き、聞いてるって!」
急に居心地悪くなったように感じて、マツリはもぞもぞ座り直した。
危ない、危ない、普通にしなきゃ普通に。
エイジ君とのこと、絶対タカには知られたくないもん。
「えっ、エイジ君が、どうかしたのかしらあ?」
ドキドキする胸を押さえて、マツリは不自然ににっこり微笑んだ。
(やっぱ、エイジとなんかあったな)
さすがにタカヒロも、ここ最近のマツリの様子がおかしいことに気づいていた。
そしてエイジもまた、様子がおかしかった。
ニヤニヤ笑っているかと思ったら、急に怒ったり、がっかりしたりして、ひとり百面相を繰り返しているのだ。
あの、普段いいカッコしいの、エイジがだ!
タカヒロは、ふたりに何があったか知りたくてうずうずしていたけれど、リホがいるのに学校でエイジに聞くわけにはいかなかった。
かといって姉に聞いてもムダというもの、ホントのこというわけない。
でも、だいたい予想はついていた。
エイジは、あのときマツリを選んだのだ、リホではなく。
リホは涙を流していなかったが、きっと陰で泣いたにちがいない。
時折さびしそうな顔を見せる彼女を見るたびに、タカヒロの胸は締め付けられた。
それにエイジをけしかけたのは、タカヒロ本人だ。
遅かれ早かれ、こうなる運命だったんだ。
タカヒロは後悔してなかった。
くっつくなら早く、くっついてほしい。
ちっ、見てるこっちがイライラしてくるぜ。
「だから、エイジから伝言があって。今夜、土手で花火大会があるだろう? それに皆で行かないかって、大会前にチームの結束を固めるということで」
むちゃくちゃないいわけだが、花火大会はふたりをくっつける絶好のチャンスだ。
どうしてもマツリを連れ出し、エイジとふたりっきりにさせなければならない。
「ふ、ふーん、よかったじゃない。行ってこれば」
タカヒロの思いをよそに、マツリは関心がなさそうにつぶやいた。
「何言ってんだよ、姉ちゃん、他人事みたいに。姉ちゃんも行くんだよ、監督が連れて来いって言うから」
そうだよ、姉ちゃんには絶対行ってもらわくちゃ、オレが困るんだよ!
「ま、マジ……?」
マツリの目が大きく見開いた。
「せっかくの花火大会なのに、男ばっかじゃ面白くないんだってさ。女の子を誘えって指令が下りてるんだよ。姉ちゃん一応女だろ、だからさ……いてっ!」
「一応は、余計なの!」
マツリは、タカヒロの頭を叩いたゲンコツに息を吹きかけた。
「あの監督さんが、考えそうなことだね」
マツリは、ショウゴの顔を思い浮かべた。
花火大会にはもちろん、マツリも行きたかった。
夏休み前の恒例行事で、毎年楽しみにしていたからだ。
それなのに今年は行くのをためらってしまう。
今夜花火大会に行くことは、エイジと顔を合わせることに等しい。
エイジ君の顔、怖くて見れない!
「タカ、悪いけどやっぱり……」
「あらー、花火大会いいわね。いってらっしゃいよ」
いつのまにかママが洗濯カゴを抱え、ダイニングを横切るところだった。
「だって他にも女の子いるんでしょう、タカヒロ?」
「うん、班長も誘った……」
タカヒロは頬を一瞬染めた。
「班長って、誰?」
ママはタカヒロにたずねた
「ああ、うん。イヌカイ リホって言うんだ。姉ちゃんも知ってるだろ? 髪の長い……」
ああ、あの子、イヌカイ リホちゃんっていうんだ。
いいなあ、美人は。外見だけじゃなくて名前もかわいく感じるし。
そういえば、エイジ君と彼女って、どういう関係なんだろう。
『オレ、ふられたんだ』
エイジ君、彼女のことそう言ってた。
けど、なんか冗談っぽく聞こえたような。
ひょっとして、彼女のこと好きだった……のかな。
それでフラれたから、次はわたしってことだったりして……。
「うん、知ってる……」
マツリは、ぽつりとつぶやいた。
ちがう、ちがう! エイジ君は、そんなことしない。
六年分の気持ちって言ってくれたもの。
「じゃ、問題ないじゃない! マツリも行きなさいよ、着付けしてあげるから」
ママはうれしそうに、にこにこして言った。
「でも……」
リホちゃんが来るってことは、マズイよう!
これって、これって、思いっきり三角関係ってヤツなんじゃない!?
「こういうときに浴衣着ないで、いつ着るっていうのよ。もったいないでしょう。わかったわね、マツリ!」
ママは有無を言わさない態度で、マツリをにらみつけた。
マツリは「はあ」とため息ついて、しょんぼりとタカヒロの顔を見たが、タカヒロは赤い顔のまま牛乳をごくごく飲んでいて、そんな姉に気づく様子もない。
わたし、エイジ君のこと好きかどうか、まだよくわからない。
エイジ君にぎゅっとされてイヤじゃなかったのは、ホントだけど……。
好きになるって、どういうことなんだろう。
恋をするって……?
マツリは、ぼんやり考えた。
夏の定番の花火大会編スタートです。
実際の季節は、秋だというのに……。
笑ってお許しくださ~い(汗)