23.人生最大の衝撃
「危ないっ」
エイジは、とっさに右手を伸ばして、マツリの左腕をつかまえた。
仰向けにひっくり返りそうになった彼女の背中に左手を添えて、地面に激突する前にぐいっと力を入れ引き寄せる。
そのためマツリは、エイジの胸に飛び込んで、しがみつく形になってしまった。
「び、びっくりした。ホント驚いたよ、世話焼かすなよな」
エイジは冷や冷やして、声がうわずってしまった。
あと一、二秒手を出すのが遅かったら、マツリが頭を打つところだった。
そうならなくて、よかった。
そうならなくて、本当によかったのだが……。
今度は、別の問題が彼の身に起きていた。
ほっとして安心したとたん、自分の腕の中にある小さくて柔らかな身体を、強く意識してしまったのだ。
彼女の髪が顎をかすめ、女の子特有のいい香りが彼の鼻腔をくすぐった。
息が胸元にかかるたびに、背筋がぞくぞくする。
さっきは、あんなに彼女に触れることを願っていたのに。
いざ望みが叶えられてしまったら、頭が真っ白になってパニックになってしまった。
指一本だけで、よかったんだ!
(ダメだ。こんなんじゃ、身が持たない……)
長湯したみたいに、エイジの頭に血がのぼった。
(お、驚いたのは、こっちだって……)
マツリの心臓は、ショックのあまり破裂寸前だった。
ひっくり返りそうになったのは、エイジ君のせい。
どアップで『身体が反応するから』って、言うからっ!
そう文句を言おうとしたのに、エイジの胸にしがみついている自分に気づいて、マツリは声を失ってしまった。
エイジの尖った顎がマツリの髪に触れ、少しでも動いたら唇が彼の鎖骨に触れてしまいそうだ。
胸もお腹も上半身余すことなくくっつき、彼の胸に置いた手のひらで鼓動を感じる。
酸素を求めてあえぐたびに、彼の汗の匂いも一緒に吸い込んでしまって……。
脳みそがぶっ飛びかねない、人生最大の衝撃的出来事に直面していた。
でも、全然イヤじゃなかった。
昼間の保健室で、キンキンに手首をつかまれたときは、とても怖かったのに。
エイジには、そのときのキンキン以上に接触を許してしまっているのに。
怖いどころか、彼の胸に身体を預けてしまいそうになる。
自分の中のもうひとりのマツリも、今回ばかりはだんまりを決め込んでいるみたいで、何も言ってこない。
もちろん、警鐘の音も響いてこない。
胸はとてもどきどきしているけど、返ってそれが心地よくて。
だんだん安心してきて……、思わずマツリはまぶたを閉じた。
急にマツリの身体の重みを感じ、彼女が自分に身を任せていることをエイジは知った。
知ったとたん、説明のしようがない衝動に襲われて、手が震える。
オレのこと、許してくれる……のか?
胸が締めけられて苦しい。
エイジは、マツリの小さな身体を抱きしめる腕に力を込めた。
「さっき言ったこと、本当のことだよ。六年分の気持ちって……。マツリはオレのこと知らないだろうけど、オレはマツリのことずっと前から知ってたんだ」
注いで満杯になったコップの水が溢れるように、言葉が次から次へと想いと一緒に溢れ出す。
「オレのじいちゃん家、写真屋やってたんだ。今はもう閉めたけど」
自分の事をマツリに知ってほしかった。
心に思い浮かんだことをそのまま、エイジは彼女に伝えた。
「親の仕事でオレはずっとアメリカに住んでて、時々日本に、じいちゃん家に帰ってきてたんだ。それで……、マツリに会った。マツリはきれいな着物を着てて、あれは、たぶんタカヒロだ。オレと同じ歳ぐらいのヤツと写真を撮りにきたんだ」
六年前、写真、きれいな着物……?
あっ、七五三! 七五三だっ!
キムラのおじいちゃんのところで写真を撮ってもらってたんだ。
そういえば、覚えてる。
「オレ、じいちゃんにねだって、その試し用の写真もらったんだ。あのとき着物がものめずらしくて、オレの……宝物みたいに大事にしてたんだ。それで、オレ、何べんも想像しちゃって。写真見ながら、この子はどんな子なんだろうって……。日本に帰るたびに何度もじいちゃんに聞いた。家にも行ったことある、こっそり……」
マツリは驚いてエイジを見た。
エイジ君はそんなに前からわたしのこと知っててくれたのに、わたしはエイジ君のこと気づきもしなかった。
なんだかくすぐったいような、恥ずかしいような……。
エイジは、少し困ったように目を細めて微笑んだ。
「オレ、おかしいだろう? 兄貴や親にも、よくからかわれてさ。一歩間違えればストーカーだって……」
どう返事すればいいのか、わからない。
確かにストーカーは、絶対困る。
でも、小さな男の子が自分の周りをちょろちょろしてたなんて想像したら、可笑しくなって笑いたくなってきた。
「ごめん、マツリ。……イヤだったら、イヤって言って」
エイジは、マツリが何も話さないので、急に不安になった。
しかし、イヤだと言われても、彼女を離したくなかった。
やっぱりもう少しだけ、このままでいたい。
ここまで来るのに六年かかったんだ。
六年は、オレの人生の半分なんだ。
「イヤだったら、殴ってくれてもいい」
そうでもされなければ、彼女を離すことができそうにない。
「わたし……」
マツリがやっと口を開いたので、エイジは一瞬身を固くした。
自分を拒絶する言葉が彼女から飛び出さないように、ただそれだけを祈りながら。
彼女の髪に片手を埋めて、胸にいっそう強くかき寄せた。
「わたし、変なの……」
「どうして?」
「わたし、わたしね、キンキンに……」
「キンキン!?」
なんで、こんなときに、あいつの名前がでてくるんだ!
エイジは、かっとなった。
「待って、ちゃんと聞いて」
マツリは、エイジを見上げ口を尖らせた。
「うっ……!?」
エイジは、彼女がかわいらしい唇をつんと上向きに突き出してきたので、どきっとした。
ますます彼女から目が離せなくなる。
「あのね、あのう……、イヤじゃないの」
エイジは、ごくりとつばを飲み込んだ。
マツリの唇も気になるけど、それ以上に答えのほうも気になった。
「い、意味がわかんないんだけど……?」
それとキンキンが、どうつながるんだ!?
「だから、……イヤじゃないの。キンキンはイヤだったのに、エイジ君はイヤじゃないのっ! わかった!?」
こんなこと言える自分が、いちばん信じられない!
マツリは真っ赤な顔で、一気にまくしたてた。
「えっ、本当!?」
「う、うん、本当。エイジ君とは二回しか会ってないのに……」
マツリは、身をよじって彼の胸に両手をついた。
「全然、イヤじゃなかったの……。だから……」
「だから?」
「もう、触らないでっ!!」
マツリがぐいっと胸を押し出したので、エイジはバランスを失ってうしろにひっくり返った。
地面の上に大の字になって、呆然と空を見上げる。
なっ、なんだよ!
なんで、そうなるんだ?
イヤじゃないと言っておきながら、触るなだって!?
もったいぶってんのか?
女の子って、わけわかんねえよっ!
天国から地獄に突き落とされるとは、このことなのか?
エイジは、空に向かって悪態をつきそうになった。
これじゃあ、18禁になっちゃうじゃん!? と思いつつ、結構楽しんで書いてしまいました。エイジ、おいしい思いができてよかったね♪ の回でした。いかがだったでしょうか?(^^;)
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました♪