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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件
22/44

22.六年分の気持ち

 声をもらさずに泣けるほど、マツリは大人ではなかった。



 オレンジ色と紺色がひとつに溶け混じり合った空の下、水のみ場の前にしゃがんでいた彼女は、小さな背中を無防備にさらけだしていた。


 彼女の頭上を電灯の淡い光が優しく照らし、柔らかな髪が光を受けて、天使の輪をつくっているのが見える。


 はやる気持ちを抑え、手を伸ばせば彼女に触れることができる距離まで、エイジはそっと歩いて近づいた。



 人気がいない公園はあまりにも静か過ぎて。


 どくん、どくんと大きく脈打つ心臓の音が、彼女の耳にまで届いてしまいそうだ。


 エイジは心臓の位置に手をやって、Tシャツごとわしづかみにした。


 大きな音を立てて驚かせてしまったら、彼女が鳥のように羽ばたいて、するりと自分の元から去っていってしまう。


 エイジは、そんな気がして仕方なかった。 



 彼女の真後ろに立つと、肺に空気を送り込んで、吐くのと同時に彼女の名を呼んだ。


「マツリ」



 背中から声をかけられて、その声の主が誰かに気づき、マツリの身体に電流が走った。


 ウソ、エイジ君……!?


 なんで、ここに?


 しゃがんで顔を伏せたまま、うしろを振り返らずに、膝を抱える両腕にぎゅっと力を込める。



 小さく丸まった身体がますます小さくなって、彼女は白い卵のようになった。


 扱いを間違えてうっかり落としてしまったら、すぐにひび割れ壊れてしまうデリケートで小さな卵だ。


 優しく慎重に触れなければならない。


 失敗は、もう許されなかった。



「マツリ、家まで送るよ」


 エイジは緊張して声を震わせてしまった。



「……いい、監督さんがいるもん」


 マツリがすねたように答えてくれたので、エイジはほっとして言った。


 彼女に無視されなかったことを密かに喜んだ。


「兄貴は、もういないよ。先に帰ったから」



 えっ、先に帰った!?


「ウソ! だって一緒にいたのに……」


 しかし、エイジの言ったことは本当だった。


 振り返ってうしろを見ても、エイジ以外誰もいなくて。


 マツリを泣かせる原因をつくった少年だけが、ぽつんと立って彼女を見下ろしている。



 自分より年下の、小学生の男の子なのに、彼は大人びた表情をしていた。


 微笑みかけようと唇を持ち上げながらも、瞬きひとつせず大きく見開いて陰を落とした暗い瞳。


 反目しあった感情がないまぜになった表情。


 マツリは、見てはいけないものを見てしまったような気がした。


 


 エイジは、彼女の頬に涙の筋を見つけた。


 マツリ、オレ……。


 オレが泣かせちゃったんだな。


 一瞬で彼女の涙の理由を悟る。



 兄貴、本当だよ。


 ここがオレの踏ん張りどころなんだ。


 さっき目にした兄からのメールを心の中で噛み締め、汗ばんだ手を握りしめた。


 誠意を込めて謝って、彼女が笑って許してくれるまで、ひたすら謝り続けるしかない。


 もっと気が利いたことをしたかったが、若干十二歳の少年には、そんな単純なことしか考えつかなかった。



 今度は、オレが謝る番だ。



「マツリ、ゴメンな。オレが悪かったよ。昼間あんなふうに言ったから、泣いて……」



「エイジ君のせいじゃない!」


 マツリは、エイジの言葉を最後まで聞かずに遮った。


「わたし顔を洗ってただけだもん、泣いてないもん!」


 そう言って、何度もタオルに顔をごしごしこすりつける。



(か、かわいい……)


 中学生とは思えない、子供っぽい彼女の態度に、エイジは上気して顔に赤みを帯びてしまった。


 すねて自分に背を向けた彼女が、とても愛おしい。



 どこでもいい、マツリに触りたい。


 指一本でもいいから……。


 彼女の身体の一部に触れたくて、彼女の温度を感じたくて、だんだん落ち着かない気持ちになってしまった。


 うずうずと、しきりに手を開いたり閉じたりしてしまう。



 でも、今はダメだ。


 ケンカしたことを謝るんだ。


 そうじゃないと、もうオレと口を利いてくれないかもしれない。


 マツリに許してもらうほうが先だ!



「あれ……、ウソなんだ」


 エイジは、しぼり出すような小さな声で言った。



「何が?」


 タオルで顔を隠していたので、マツリの表情は見えなかった。


 でも、彼女はちゃんと返事をしてくれた。


 そのことに力を得たエイジは、話を続けた。



「好きになってくれって言った覚えない……って、こと……」


 マツリは黙ったままだったが、きっと耳を傾けてくれている。


 エイジは堰を切ったように話し出した。


「反対なんだ。本当は、ずっと思ってた。六年前、マツリがじいちゃんの店に初めて来たときからずっと。オレのこと、好きになってくれたらいいなって。オレ、ずっとそう思ってたんだよ……」



 マツリは息が止まりそうになった。


 エイジ君が、わたしのことを?


 それに六年前って、わたしは七歳で、エイジ君は六歳だ。



「ま、また、からかってるんでしょう……? わたしのこと……」


 そうに決まってる。


 エイジ君は、ちゃんと彼女だっているんだもん。



「違うよ、からかってなんかいない。だから、家まで送らせてほしいんだ。」


 彼は答えた。



 信じられない!


 彼女がいるのに、そんなこと言うなんて。


「そんなに送りたかったら、あの子を送ればいいじゃない。あの髪の長い、きれいな子!」


 マツリは、しまったと思った。



「本当にそう思ってる? マツリは、オレがそうしてもかまわないって、本気で思ってるの? オレは、マツリに六年分の気持ち、告ってるのに……」


 エイジの声が怒ったような、厳しい口調に変わった。



「だったら、残念だけど……」


 砂利を踏みしめる音が聞こえた。




 エイジ君が行ってしまう!




「待って、違うの!」


 マツリはあわてて顔を上げて振り向いた。



 わたし、バカだ。


 また、エイジ君を怒らせることを言っちゃった。




 すると、エイジがしたり顔でにっと笑っていた。


「それは無理なんだ。オレ、フラれたんだよ。家まで送るって言ったけど、そんなのいらないって言われちゃってさ」



 彼は立ち去っていなかった。


 マツリに合わせて、地面にしゃがみ込んだだけだった。



「どうしてだと思う?」


 エイジは、端正な顔をマツリの間近に寄せてきた。


 彼の茶色の瞳が、何かをたくらんでいるかのように輝いている。



(さ、さあ、どうしてなんでしょう……?)


 マツリは、うろたえておどおどしながら、またエイジのペースにまんまと乗せられてしまったことに気づいた。


 先週の土曜日、彼に初めて会ったときのように、心臓がどきどきして頬が赤く染まり、口をぱくぱくさせてしまう。


 どアップでエイジにみつめられているせいで、酸欠状態におちいった。




「だから、そんな顔したらダメだろう?」 


 エイジは、うれしそうに笑った。


「身体が反応しちゃうから」



 マツリは、あのときと同じようにひっくり返りそうになった。


やりました! とうとう告白シーンをやってしまいました♪

いかがだったでしょうか?

ご感想いただけたら、とってもうれしいです(涙)

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

まだ続きあります。終わりじゃないですよ。

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