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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件
20/44

20.追いかけるのか?(タカヒロside)

 夕日でオレンジ色に染まった歩道のアスファルトには三人の影が細長く伸びて、小学校の校門に添うように日を遮っていた。


 昼間に強い日差しを浴びたのだから夕方になっても気温は下がらず、うっかり触ると火傷しそうになるほど地面は熱くなっているはずだ。


 しかしエイジは、そんなことなどものともしないで、足を折り曲げて片方の膝を地面につき、ほどけたスニーカーの紐を結んでいた。


 結び終わってはほどき、また結びなおす。


 永遠に続くかと思われる時間。


 背を見せてうつむいているので、他のふたりには彼がどんな顔をしてるのかわからない。


 彼が何を考えているのか。


 それを知る手立てがないまま、タカヒロもリホも黙って彼の背中をみつめるしかなかった。




 さあ、どうすんだよ、エイジ。


 お姫様(ねえちゃん)魔王(かんとく)にさらわれちまったんだぜ。


 でも、お前には、もうひとりお姫様がいる。


 わかっているんだろう?

 


 どっちにするんだ?


 どっちのお姫様をとるつもりなんだ、勇者様(エイジ)




 タカヒロは、身体を細かく震わせた。



「追いかけるのか?」


 下を向いて丸くなっていたエイジのほっそりした背中が、ピクリと反応して真っ直ぐ伸びた。


 忙しくもどかしげに動かしていた両手も、同時に止まる。


 彼が頭をゆっくり上げたのでこちらを振り返る――とタカヒロは思ったが、マツリと彼の兄が去っていったあの曲がり角を見据えているかのように、彼は全く頭を動かそうとしなかった。



 タカヒロは容赦なく、同じ質問を繰り返した。


「もしかして、追いかけるつもりじゃないんだろうな、エイジ?」



 いくらニブちんのオレでも、お前が迷ってることぐらいわかるさ。


 追いかけたって、追いかけなくたって、どっちでもかまわないんだぜ。


 お前が決めたことなら、文句言わない。


 ただ……



 タカヒロは、リホを見た。


 腕を下ろしたままでいたが、彼女は祈るように手を組んでエイジの背中を見守っていた。


 彼女の目は大きく開かれ、口は固く結ばれている。


 タカヒロの目には、彼女がいっしょうけんめい涙をこらえているように映った。



 面白がって、お前らふたりを茶化してばかりいたオレも悪いけど。


 オレ、本当はエイジと班長と三人で仲良くつるんでるのが、楽しくって仕方ないんだ。



 でも、このままじゃ残酷じゃないか?


 オレは、ふたりに残酷なことをやらせていたんだろうか?


 このへんで、はっきりさせたほうがいいのか?



 エイジ、答えてくれよ!



 エイジが自分の質問に答える気配がなかったので、タカヒロは歯軋りして前へ出ようとした。


 そのとき、タカヒロの進行方向にさっと手を出して、リホは彼の行く手を止めた。


「カンザキ君!」



「は、班長……?」


 オレ、でしゃばりすぎて怒らせたのか?



 タカヒロは一瞬そう考えたが、そうではなかった。


 リホは怒るどころか、自分の口元をほころばせた。


「ありがとう、カンザキ君。でも、わたしの問題だから……。わたしが、自分で言わなくちゃいけないの」



 まるで花のつぼみが開いたような、きれいな笑顔だった。


 タカヒロは、顔をぱっと赤くした。



 リホは、タカヒロに向けていた身体をエイジのほうに向きなおした。


 歩いてエイジのすぐうしろにまで近づくと、組んでいた手を離して両脇に腕を垂らし、そのまま手を握り締めてこぶしをつくった。



「追いかけないで!」


 リホが叫んだ。


「追いかけないで、キムラ君。お兄さん、言ってたでしょう? わたしを家まで送って!」


 そして、彼女はうつむいた。


「わたし、キムラ君に家まで送ってほしいの……」



 うつむいた瞬間、彼女の長い黒髪が肩から流れてさらさらと落ちた。



(きれいだ……)


 いままで、こんなふうに彼女のことを思ったことがなかった。


 タカヒロは、彼の人生初めて女の子のうしろ姿に心奪われて、目を細めてじっと彼女を見続けた。 




 すると、おもむろにエイジが立ち上がり、うしろを振り返った。


 映画のワンシーンのようにゆっくりと身体の向きを変え、まず最初にタカヒロの顔に視線を置いて、そのあとすぐリホの顔に視線を移した。


 その彼の眼差しには意志がはっきり込められていて、瞳の中に強い輝きを覗かせていた。


 夕日を背にしているせいで眩しかったが、彼と常に行動を共にしているタカヒロとリホのふたりには、瞬時にそれがわかった。


 固唾を呑んで、彼の出方を待った。




 エイジが重々しく口を開いた。


「今度はしっかり結んでおいたから、もうほどける心配ないよ。帰ろうか、ふたりとも?」



「エイジ! オレはそんなこと聞いてないっ」  


 かっとなったタカヒロは、エイジの前に走って近寄り、彼の服の胸元をつかんだ。


「友達なら、はっきり言ってくれよ。頼むからさ、なあ、エイジ?」



 姉ちゃんが角を曲がる直前に見せた顔も、エイジの思いつめた顔も、班長の泣きそうな顔も……。


 オレ、全部見たくないんだよ!



 だから、はっきり言ってくれ。


 二回しか会ってなくても、本当は姉ちゃんが好きなんだろう?



 そうなんだろう、エイジ!




「タカヒロ、オレ……。オレの気持ちなら、もうとっくに前から決まってたんだよ」


 エイジはそう言いながら、自分の胸元をつかんでいるタカヒロの手をそっと外し、その手をぐっと力強く握ったあと離した。


「今日、今さっきわかった」



「えっ、それじゃ……」


 タカヒロは、息を呑んだ。



(エイジ、お前……?)




「タカヒロ、先に帰っててくれ」


 エイジは微笑んだ。


「イヌカイ、待たせてゴメンな。一緒に帰ろうか? 家まで送るよ」



 リホは、信じられないという顔をして目をしばたたいた。 


 タカヒロは、平手で思いっきり顔を殴られたような気がした。



「エイジ、本当にそれでいいのか?」



「うん、そろそろケジメつけないとな。でも、それはイヌカイを家に送った後だ」


 エイジは、自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。


「オレ、兄貴の言ったとおり小学生(がきんちょ)なんだ。けど、しぶとい性格してるんだよ。そのことにかけては自信あるんだ」


 さっぱりとした表情でそう言ったけれど、彼は最後ににやりと笑った。



 ああ、そうだ。


 エイジって、あきらめ悪いヤツだったんだ……。



 タカヒロとリホは、顔を見合わせた。


 リホがあきらめたように肩をすくめて首を傾げたので、タカヒロは思わずほっとした。


 リホが泣いていなかったことを、心から喜んでいる自分に気づいた。


タカヒロは、姉想いで友達想いのいい子なんです。

今回はそれが書けてよかった! と自分でも思っています♪


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!

あと何話になるかわかりませんが、もう少し続きます。

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