18.ごめんね
妙だな。
女の子(しかも、かわいい子)の身体に触れるもんなら、誰だって触りたい。
若くて健康的な一般男子なら(若くなくても)、そう思うのが普通だろう。
でも、ヤツはどうだ?
女の子の肩に触れるチャンスを堂々とモノにしたくせに、あまりうれしそうじゃない。
それどころか、彼女の肩から指を遠く離して、できるだけ接触しないようにしている。
まるで気をつかっているみたいだ。
やっぱ、あの子は弟の彼女じゃないのか?
(オレだったら彼女じゃなくったって、ガッツリいっちまうんだけどな)
エイジの兄、ショウゴは思った。
妙なのは、エイジだけじゃない。
オレの前にいる女の子、あのカンザキさんちのマツリちゃん。
彼女もさっきから様子がおかしい。
下を向いて、エイジたちを視界に入れないようにしてるみたいだ。
それとも泣いてるのか?
うしろからではわからないが、なんとなくそんな気がする。
小さな背中が泣いてるように見える。
(しょうがねえなあ、小学生のくせに一人前に女を泣かしやがって)
泣いてる女の子を放っておくのは、オレの主義に反する。
それに彼女は、エイジの……。
ショウゴは、ぽりぽり頭をかいた。
「突然ですが、クイズです!」
監督が場にそぐわない変なことを言い出したので、マツリたちはいっせいに彼に注目した。
「え、なになに? どうしたんです、監督?」
クイズ番組大好き少年のタカヒロが、すぐに飛びついてきた。
「うん、君たちに簡単な問題でも出そうと思ってね」
思ったより、悪くない反応だ。
ショウゴは満足そうに、うんうんとうなずいた。
(監督さんって、うなずくのがクセなんだ……)
呆気に取られたマツリは、思わず関係ないことを考えた。
そのおかげで、泣きそうになった気持ちがどこかに飛んでいってしまったが、ショウゴがこちらを向いて合図するように片目を閉じたので、顔を赤くしてしまった。
それを見たエイジは、ますます焦れた。
「何考えてるんだ、バカ兄貴!」
変なこと言うなよっ。
あわててスニーカーのかかとに指を突っ込んだものの、かかとがうまく入らない。
あせればあせるほど、手と足が言うことを聞いてくれなかった。
「キムラ君、あわてなくていいのよ」
幸せな時間を引き伸ばしたくて、彼に肩をかしているリホはエイジに言った。
だが、エイジの耳には入っていない。
早く靴を履こうと、やっきになっている。
やがて、願いもむなしく、彼女の肩からエイジの手が離れた。
リホはため息ついて、自分から離れていくエイジの背中をみつめた。
まだ靴を完全に履き終えてなかったエイジは、かかとを履きつぶして靴紐を引きずりながらも、兄たちの元へ急いだ。
「ちょっと、待って!」
リホも彼の後に続いて走った。
子供たちが全員、自分の周りに集まったのを確認してから、ショウゴは再びうなずいた。
「じゃあ、問題です。オレやマツリちゃんにはあって、エイジたち小学生組にはないもの、なーんだ?」
「何それ、なぞなぞ?」
タカヒロがたずねた。
「そ、なぞなぞ。ヒントは、英語で年齢言ってみな」
監督は腕を組んで、楽しそうににやにやしながら見回した。
「姉ちゃん、わかる? 学校で英語やってるからわかるだろう?」
タカヒロがマツリの痛いところを突いてきた。
「え!? えーと……」
そんなこと急に言われたって、英語は数学の次に苦手だし……。
「ぱ、パス」
マツリは、指をもじもじさせた。
「マジかよっ?」
「だって、わかんないんだもん。しょうがないでしょう?」
「ったく、エイジは?」
姉ちゃんが役に立たないなら、エイジに聞くのがいちばんだ。
なんてたって、本場仕込だもんな。
少しぐらい自分でも考えればいいのに。
周りのそんな冷たい視線にも動じず、タカヒロはエイジに聞いた。
「ふん、そんなの簡単だ」
エイジは、つまらなさそうな顔してぼそっと答えた。
「正解はteenだ。十二歳はtwelve、十三歳はthirteen。十三歳から十九歳はteenがつく。そういうことだろう?」
「その通り! さすがエイジ、よくできました」
ショウゴは、手をぱちぱち叩いた。
「バカにしてんのか? 何が言いたいいんだよっ」
エイジが声を荒げたので、マツリはびくっとした。
なぜだか知らないが、今日のエイジは変だ。
先週会った時の彼とは、全然違う。
怒って、怒鳴ってばっかりだ。
(知らないうちにまた、わたしが怒らせちゃったのかも……)
エイジの隣にいるストレートの髪の彼女をちらっと見たら、彼女もまた落ち着きなさそうに、自分の髪を指に絡ませていた。
不安げな表情でエイジに視線を注いでいる。
早く、帰りたい。
マツリは、早くこの場から立ち去りたかった。
「そうだな、オレが言いたいのは……」
うなだれたマツリの肩をショウゴが抱いた。
「おまえたちはお子様で、オレたちはそうじゃないってことだ。なっ、マツリちゃん?」
ええっ!?
突然自分に話をふられたので、マツリは驚いて目を丸くした。
「あ、あの、なんですか?」
それは、どういう意味なのでしょうか!?
「つまり、オレ達はオレ達、小学生は小学生同士、仲良くやろうぜ。ってことだ」
大きな手でぐいっと肩を押されたため、その動作だけで小柄なマツリは身体ごと持って行かれた。
そのままずるずると、半ば強引に引きずられるようにして、ショウゴに連れて行かれてしまう。
「エイジ、マツリちゃんはオレが送っていくから、おまえは彼女をちゃんと送っていけよ」
ショウゴは、振り返らずに片手を上げた。
校門前に残されたエイジたちは、あまりの予想できない出来事に呆然となった。
「何だよ、何しにきたんだよっ。オレ達を迎えに来たんじゃなかったのかよ! バカ兄いいいい!!」
エイジはすぐにあとを追おうとしたが、ほどけたままになっている靴紐を、反対の足で踏みつけてしまう。
その場に転んで膝を打った。
「何やってんだよ、エイジ!」
「キムラ君、だいじょうぶ?」
そうしてる間に、マツリとショウゴが角を曲がった。
エイジが歩道から身を起こしたときには、もうふたりの姿は消えて見えなくなっていた。
だが、エイジは確かに見た。
ふたりが角を曲がる直前、マツリが自分を見たことを。
そして、彼女の唇が動いた。
ご・め・ん・ね。
彼女は確かに、そう言っていた。
やっと五人登場シーンが終わりました。
どっと疲れが……(^^;)
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。