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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件
16/44

16.校門の前で

 夏の遅い夕暮れ時の小学校の校門前。


 一度家に帰って私服に着替えてきたマツリは、すでに三十分以上行ったり来たりを繰り返していた。



 昼間の保健室での騒ぎのあと、アイコと一緒に歩いた帰り道で、マツリはその原因を初めて知った。


 彼女は泣きそうな顔でマツリに謝った。


『ごめんね、マーちゃん! あんなことになるなんて思わなくて……。マーちゃんのことが心配だったから、タカヒロ君にも知らせたほうがいいと思ったの』



“マーちゃんのことが心配だったから”


 そう、すべては家族や友達に心配ばかりかけている自分のせいだった。



 マツリは、ふと足を止め空を見上げた。


 電線と電線の間に挟まれた狭い空が、オレンジ色に染まっている。



 アイちゃんやタカだけじゃない。


 全然関係ないエイジ君だって、心配して来てくれたのに。


 ついかっとなって『エイジ君なんて、大っキライ』と言ってしまった。


 今さらどんな顔して謝ればいいんだろう……。



 校門の前でぼんやり空を見上げていたマツリを、誰かが呼んだ。


「そんなところでどうしたんだい、誰か待ってるの?」



 声がしたほうを振り向くと、タオルを巻いて頭のうしろで結んだ大人の男性が、歩道のガードレールに手を置いて、もたれるようにして立っていた。


 カーキ色のTシャツにベージュのハーフパンツ、素足に下駄(!?)という、ちぐはぐな身なり。


 そして分厚いレンズのメガネ。



「だ、誰……?」


 どこかで見たことあるような気もするけど、全然思い出せなかった。


 もしかして、変な人かもしれない。


 マツリは、いつでも走って逃げられるように、じりじり後退した。



 するとその男性は、突然笑い出した。


「ごめん、ごめん。これじゃ、わからないよね」


 と言いながら、二、三歩歩いてマツリの目の前に立ち、タオルの結び目をほどいて頭から取り去って首に掛けた。


 黒い髪を無造作に手で梳いて、かけていたメガネをはずす。


 そして、背が低いマツリの高さに合わせて身をかがめると、顔を近づけた。


「ほら、これこれ」


 彼は、自分の顔を自分で指差して片目を閉じた。



 一度見たら絶対忘れない、男らしくはっきりとした目鼻立ちのこの人は……。


「か、監督さん!?」


 彼は、町内の小学生のソフトボールチームのイケメン監督、そしてエイジの兄でもあった。



「うん、そうだよ。ひさしぶりだね」


 彼は、唇の端を上げた。


「わからなかった?」



「はい、ぜんぜん……。メガネでわからなくて……」


 タオルを巻いて、牛乳瓶の底みたいなレンズのメガネに、下駄を履いていたから。


 先週のソフトの練習のときと全く印象が違っていたので、監督だってわからなかった。



「ああ、オレ視力悪いんだよね」


 と言いながら、彼は目を細くした。


「コンタクトやメガネがない時は、ここまで近づかないと、君のかわいい顔が見えないんだよ」



 ものすごい至近距離になって、互いの前髪が触れそうになる。


「えーと、タカヒロのお姉さんだよね?」



「か、カンザキ マツリです」


 マツリはどぎまぎさせながら、目を横にそらして答えた。


 こんなに近い距離では、とても目を合わすことができない。



 恥ずかしいから、これ以上近寄ってほしくないのに!


 願いはまったく通じなかった。



「へえ、あのカンザキさんのところの、マツリちゃんなんだ」


 彼は何かを思い出すみたいにゆっくりつぶやいて、こっちの顔をまじまじ眺めた。


 その意味深な言い方が気になったけど、彼がまた質問してきたので、そっちのほうに気を取られた。


「元気ないみたいだけど、なんかあったの?」



「はい、あの、その……」


 あなたの弟さんとケンカしました! って言えないし。


 どうしようと思って口をもごもごさせていたら、彼が先に口を開いた。



「ああ、わかった! 彼氏とケンカしたんだ!」



「ち、違いますって!」


 えーと、どうやって説明したらいいんだろう!?


 やっぱり、こう言うしかないかな……。



「とっ、友達とですっ!」


 弟の友達とケンカしたって言うのも変だと思って、頭に浮かんだ言葉をそのまま言った。



 そうしたら彼はまた、とんでもない勘違いを犯した。


「ああ、ボーイフレンドかあ」


 納得! というような顔をして、勝手にうんうんとうなずいた。



 確かにボーイフレンドは男友達って意味だけど、なんか違うような。



 それに、いくらこっちが小さい(ちっこい)からって、兄弟そろって同じことしなくたっていいのに!


 兄である彼もまた、エイジがそうしたのと同じように、長い身体を折り曲げてマツリの顔を覗き込んでいた。


 しかも、これ以上近寄れないと言っていいほどの至近距離だ。



 動揺して空と同じ色に頬を染めてしまったけれど、マツリは言葉の代わりに唇を前に突き出して、不愉快な気持ちを表した。



 それを本気に取ったのか、わざとからかっているのか。


 彼は、嬉しそうに笑った。


「え、まいったなあ。こんなところでキスしちゃっていいの?」



 ま、まさか。


「ち、違います! 違いますって!」


 マツリは、あわてて両手のひらで自分の口をガードした。



 そのとき、「この、バカ兄!」の声と共に、何かが飛んできて彼の頭に直撃(ストライク)した。


「いってえ……」と頭を抱えうずくまる彼のそばには、赤と白のスニーカーが片方だけ転がっている。



「警察に捕まるぞ、変態!」


 校門のすぐ目の前にある校舎の出入り口から、三人の生徒たちが出てくるのが視界に入った。


 エイジとタカヒロ、それにあのストレートの長い髪の女の子。


 先週の土曜日、マツリの目の前でエイジと仲良く話をしていた彼女も一緒にいた。



 エイジがぴょこん、ぴょこんと片足で地面を飛び跳ねていたので、このスニーカーが彼のものだとマツリはすぐ気づいた。



(せめて、エイジ君ひとりだけだったらよかったのに……)


 彼女に変な誤解を与えずに謝るなんて、そんな器用なことができるのだろうか。



(やっぱり、今日も謝れないよ……)


 マツリは、ため息ついてしまった。



次話で五人も登場させることになってしまいました。

しまった! と後悔しても、もう遅いですね(^^;)

You dingdong!(ドジなんだから!)

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