11.貞操の危機(エイジside)
どこまでも晴れ渡る夏空を白線がひとつ。
気持ちいいほど真っ直ぐに伸びていくのが目に入った。
廊下に面した窓からは夏を謳歌するセミたちの鳴き声がして、うんざりする。
(今日も、あっつう)
エイジは青空を見上げながら、Tシャツをバタバタさせて汗ばんだ身体に空気を送った。
今は、給食後の清掃時間。
生徒たちは班に別れ、それぞれ割り当てられた場所を掃除していた。
六年二組の教室前の廊下が、エイジが属する第二班の担当だ。
廊下をモップ掛けしていて何気に顔を上げたら、タカヒロがぼーっとつっ立って、窓の外を見ているのが気になった。
また、いつもみたいにさぼってんじゃないだろうな?
見つかったら班長に叱られるって、わかってるのに。
肩をすくめてエイジは、「タカ、さぼるなよ」と声をかけようとした。
が、ふだんとタカヒロの様子がちがっていることにすぐ気づいた。
タカヒロの顔が青ざめ、凍りついたように固まっている。
「どうしたんだ?」
モップを放り出して、タカヒロのところに駆け寄り肩を揺すった。
「あれ……」
タカヒロがこちらに見向きもせず、ゆっくり窓の外を指差したので、エイジはその方角を見た。
エイジたちが通う、この小学校の校舎のすぐ横には、中学校の校舎が隣接していた。
その中学校の校舎の窓から、いっしょうけんめい手を振っている女の子がいる。
ただならぬ雰囲気だ。
「タカ、あの子知ってるのか?」
ウェービーヘアの彼女は、タカヒロに向かって手を振っているように見えた。
「うん、姉ちゃんの友達だ」
タカヒロはそう答えると、がらっと廊下の窓を開けた。
「アイコさーん、どうしたんですかあ!」
しかし、彼女の耳には届いてないようだ。
顔を横にぷるぷる振って、バツの字マークを書いたノートをふたりに見せるように掲げた。
「彼女、なんでしゃべらないんだ?」
エイジは、もっともな質問を口にした
「たぶん、あそこ職員室なんだよ。ほら、先生たちが出入りしてる」
タカヒロの言うとおり、さっきから数人の先生が彼女の近くにある扉を行き来していた。
そして彼女は、先生が通るたびに窓に背を向けて素知らぬフリをする。
「何が言いたいんだろう?」
ふたりは頭をひねったが、ちっとも思いつかなかった。
そのとき、ふたりをとがめる声が飛んできた。
「キムラ君、カンザキ君、さぼったらダメじゃない!」
同じ清掃グループの班長のリホが、右手でモップを持ち、左手を腰にあてて立ちはだかっていた。
「べっ、別にさぼってたわけじゃないよ。あれ見てよ」
タカヒロはあせって、また窓の外を指差した。
リホもつられて開いてる窓の外に顔を出す。
「なに、あの人? なんか字を見せてるみたい」
長いストレートの髪を手で押さえながら、リホは言った。
ウェービーヘアの彼女は、ノートに大きく書きなぐった文字を一字ずつ自分たちに見せていた。
一枚一枚ページをめくっては、何度もノートに指を差し合図を送る。
その動作を何回も繰り返した。
三人は同時に顔を見合わせた。
「ノートを読めってことじゃないの?」
リホは言った。
「ああ、そうか。何か知らせたいんだ。でも、なんで?」
タカヒロがエイジにたずねてきた。
「バカだな、それを彼女に聞くんだろう?」
エイジは「まいったなあ」と言いたげに、タカヒロを見て頭を横に振った。
「ほら」
どん、とタカヒロの背中を肘で押した。
「わかったって、合図出せよ」
エイジは、とがった顎をくいっと窓の方にやった。
「えーっ、やだよ。なんでオレが? 先生にばれたらヤバイじゃん」
タカヒロは尻込みした。
ただでさえ姉のマツリのことで、いろいろ苦労してるんだ。
これ以上、厄介事を背負い込みたくなかった。
「もう仕方ないわね、男のくせに」
リホはタカヒロをにらんだ。
「わたしがやるわよ」
リホは窓から身を乗り出して、ウェービーヘアの彼女に合図を送るため腕を振ろうとした。
しかし、窓の桟にかけた手が滑ってバランスを崩してしまう。
エイジは素早く動いて、彼女の身体を受け止めた。
「ご、ごめんね、キムラ君。ありがとう」
リホは突然のうれしい出来事に心が躍った。
エイジの手に触れられた部分が、火照って熱くなる。
とびっきりの笑顔で、自分より背の高いエイジを見上げた。
エイジも彼女を見返した。
「おふたりさん、いちゃいちゃするの後にしてよ。そんなことやってる場合じゃないでしょ」
タカヒロは不服そうに言ったけど、茶化すようにニヤニヤしていた。
「な、何言ってるのよ。あんたのせいでしょう」
リホは顔を赤らめながら文句を言った。
「まあ、いいさ。危ないからオレがやるよ。向こうに下がって」
エイジはふたりにそう言うと、今度は自分が窓に身を乗り出して、腕で大きなマルをつくった。
ウェービーヘアの彼女は少し驚いていたようだが、エイジが力強くうなずいたのを見て、彼女もまたこくんとうなずいた。
そして、再びノートを三人に見せるように掲げ、ページをめくっていった。
三人は声をそろえ、それを順に読み上げた。
「マ、ツ、リ、て、い、そ、う、の、き、き、い、ん、ほ、け、ん、し、つ」
読み終わったとたん、また同時に顔を見合わせた。
『マツリ貞操の危機in保健室!?』
(ウソだろう!?)
どくん。
その瞬間、エイジの心臓が激しく肋骨をたたいた。
今回は、エイジsideのお話でした。
はじめての視点チェンジです。
さて今後どうなるでしょうか?
しつこいようですが、王道的展開です♪