第3話:悪辣の刃は、私に向く ―言い返せない立場って、こういうこと―
泣きたい夜ほど、背筋が伸びる。
誰も言い返せない立場は、強い。
同時に、孤独だ。
私は“高貴”だから泣かないと思われている。
私は“筆頭”だから傷つかないと思われている。
夜、部屋に戻ると、ドレスの紐を解く手が震えた。
誰もいない。やっと息ができる。
枕に顔を埋めて――泣いた。
声を殺すのが上手になったのは、幼い頃からだ。
泣けば「情けない」と言われ、怒れば「傲慢」と言われる。
なら、どうすればいい?
“悪辣”でいれば、全部を切り捨てられる。
……そう思ってきた。
翌朝。
ミレイユが階段でわざと転び、涙を溜めた目で言った。
「ごめんなさい……私、邪魔ですよね……」
周囲がざわめき、私を見る。
まるで私が突き落としたかのように。
私は一歩も動かない。
動けば“加害”になる。何をしても“悪役”になる。
ラウレンツが私とミレイユの間に立った。
その背中が、私の胸を刺した。
「アデライード。彼女を責めないでくれ」
責めていない。
なのに、責めていることにされる。
私は口の中で血の味がした。
微笑みのまま、言う。
「……悪辣」
ミレイユは肩を震わせ、泣いた。
その泣き顔ひとつで、私の立場がさらに悪くなる。
――その日の放課後。
私は父へ手紙を書いた。
“和平のために、婚約を解消できる可能性を探りたい”と。
本心は別だ。
恋をしたことがない私には、正解がわからない。
でも、もし二人が愛し合っているなら。
私が邪魔をしていい理由はない。
「悪辣」だと思われるくらいなら、最初から譲ればいい。
そうすれば、誰も傷つかない――はずだ。
私は手紙に封をして、蝋で閉じた。
指先が少し熱い。涙のせいかもしれない。
次話:皇太子の“嫉妬作戦”が、全部裏目に出ます。
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