第1話【悪役令嬢誤認事件】婚約者が平民に微笑んだ日、私は「悪辣」と言った
婚約者が平民に手を差し伸べた瞬間、学院は“物語”になった。
主役は可憐な少女、王子は皇太子、そして私は――悪役令嬢。泣き虫の本心を隠し、私の防具は今日も一言だけ。「悪辣」。
王都随一の名門――筆頭公爵家の令嬢、アデライード。
母は国王の娘。血筋も立場も、誰も逆らえないはずの私が、なぜ“悪役”にされるのか。
帝国からの留学生、皇太子ラウレンツは、学院の空気すら変える美貌で、毎日何人もの令嬢を振っていた。
振られた令嬢たちは泣いて、怒って、最後に決まって私を見る。
「……あの方を、冷たく縛っている婚約者がいるからよ」
「筆頭公爵令嬢って、性格きついって本当なのね」
私は微笑んで、淡々と返す。
「悪辣」
――それだけで終わるはずだった。
けれど、その日。
平民出身の特待生、ミレイユが、ラウレンツに話しかけた。袖を摘み、上目遣いで、息を吸うだけで泣ける声で。
「……ラウレンツ様だけが、私の味方です」
周囲が息を呑んだ。
彼はいつもなら切り捨てる。なのに――あろうことか、微笑んだ。
「君の話を聞こう。……ここは寒い、場所を移そうか」
学院がざわめいた。
“身分違いの恋”。人気恋愛小説そのままの展開。
私は気づいてしまう。次に必要なのは、恋を邪魔する“悪役令嬢”だ。
(……なるほど。私ね)
胸の奥が、きゅっと痛む。泣きたい。でも、泣けば「ざまぁ」される。
だから私は、背筋を伸ばして、ミレイユに言った。
「悪辣」
彼女の瞳が一瞬だけ笑った気がした。
そしてその夜から、噂は“物語”として独り歩きした。
――翌朝、私の机の上には『悪役令嬢』と書かれた紙片が置かれていた。
ここから「悪役にされる側の物語」が始まります。次話は噂が一気に燃えます。
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