第4話:夕暮れの帰り道と、特別な招待状
午後の授業終了を告げるチャイムが鳴り響き、ようやく長い一日が終わった。
前世の社畜時代に比べれば、椅子に座って講義を受けるだけなのだから、肉体的には楽なはずだ。だが、四方八方から突き刺さる熱視線のせいで、精神の消耗は大型案件のプレゼンを立て続けにこなした後と大差なかった。
隣の席の氷室さんが、机を片付けながら、おずおずと声をかけてくる。
「佐藤君、これから帰りですよね? その・・・・・・もしよければ、校門まで一緒に行きませんか?」
「どうして?」
「今日一日、遠くから見て我慢していた人たちが・・・・・・放課後になると、最後に一目だけでもって、殺到することがあるんです」
朝の校門の惨状を思い出し、俺は素直に頷いた。
二人で廊下に出た瞬間、教室のあちこちで椅子が引かれる音が連鎖的に響いた。それはまるで、追跡開始の合図のようだった。
校門を抜けると、そこには一台の小綺麗な国産車が停まっていた。男子保護地区ではよく見かける、ごく一般的なファミリーカーだ。
車のそばに立っていたのは、エプロンの上から薄手のカーディガンを羽織った年上の女性。
「一真くん、おかえり。初日の学校はどうだった?」
佐藤家に長く仕えてくれている家政婦の早苗さんだった。母さんが仕事で忙しいため、普段の身の回りの世話や送迎は、彼女が担当している。
「わざわざ迎えに?」
「当たり前でしょう? お母様から、初日の放課後が一番危険だから必ず迎えに行けって、何度も念を押されたんだから」
そう言って笑った早苗さんは、俺の隣に立つ氷室さんに気づき、少し目を細めた。
「あら、お友達? 一真くんが女の子と一緒に帰るなんて、珍しいわね」
「あ、氷室愛華です! その・・・・・・道案内を・・・・・・!」
氷室さんは顔を真っ赤にして、何度も頭を下げた。
車に乗り込む前、俺は彼女に向き直る。
「今日はありがとう。本当に助かったよ」
真正面からそう伝えると、氷室さんは一瞬息を呑み、それから今にも泣き出しそうなほど顔を綻ばせた。
「は、はい! それじゃあ、また明日・・・・・・!」
車が走り出すと、校門前の喧騒が遠ざかる。バックミラー越しに、名残惜しそうに集まる女子生徒たちの姿が見えた。
「ねえ、一真くん。あの子、いい子そうだけど・・・・・・気をつけなさい」
「気をつける?」
「あなた、普通に接しているつもりでしょう? でもそれが一番危ないの。希少な男子が、対等、なんて態度を見せたら、選ばれたって思い込む子が出るのよ」
嫌な予感がした。
「・・・・・・それ、学校で言われた選別と関係あるのか?」
赤信号で停車した隙に、早苗さんはスマホ画面をこちらに向けた。
そこには、学校関係者限定の匿名掲示板が映っている。
「あなたの話題で持ちきりよ。数学、学級委員長との衝突、全部」
「情報が早すぎるだろ」
「男子は国家管理対象ですもの。特に転入初日は、監視が厳しいの」
自宅に着き、玄関を開けると、夕食の香りが漂ってきた。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい一真。初日の学校はどうだった?」
リビングにいた母さんは、スーツ姿のまま微笑んだ。だが、テーブルの上には、食事を置く余地もないほど資料と写真が広がっている。
「・・・・・・母さん、それは?」
「あなたの将来の候補者よ。有力家系の娘さんたち。もう問い合わせが来ているの」
その眼差しは、期待というより焦燥に近かった。
「俺はまだ高校生だぞ」
「だからよ。一真、忘れたの? お父様のこと」
空気が一気に重くなる。
父は、優秀な遺伝子を持つ男子として国家プロジェクトに従事し、心身を削り尽くして三十代で亡くなった。
「あなたには、同じ道を辿ってほしくない。消耗品になる前に、あなたを心から守れる庇護者を見つけなさい」
そのとき、母さんは一通の封筒を差し出した。
差出人は、星野アカリ。
『本日の教室および食堂における一連の行動について釈明を求める。明日放課後、星野邸に来ること。辞退は認めない』
(・・・・・・完全に決闘状だな)
だが、逃げるつもりはなかった。
父のように社会に消費されないためには、エリートと対等に渡り合うしかない。
「いいだろう」
俺は机の上のカレンダーに、明日の予定を書き込んだ。
これは新しい学校生活の延長ではない。
元サラリーマンの俺にとって、これが新たな交渉の始まりであることは、火を見るより明らかだった。




