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男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで  作者: おぷらてぃー


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第15話:勝利の余韻は沈黙の中に

ごめんなさい、16話先に投稿してしまいました。

 伊集院烈という「最強の矛」を失った合同演習は、そこから先、一方的な蹂躙へと姿を変えた。


 一真の指示を受けたアカリ率いるA組は、もはや一つの軍隊だった。

 一真は拠点となった廃倉庫から一歩も動かず、タブレット端末を叩きながら、まるでチェスの駒を動かすようにクラスメイトたちを配置していく。敵対する他クラスは、誘導され、分断され、そして確実に各個撃破された。

 女子たちの圧倒的な身体能力を、一真の現代戦術が冷静に束ね上げる。その効率は異様なほどで、演習場は数時間のうちにA組の完全支配下へと置かれた。


 夕刻。

 演習終了を告げるホーンが鳴り響いた頃、演習場の中心地には、制圧された他クラスの女子たちが拘束されたまま肩を落としていた。その傍らに、解放を待つように集められた他クラスの男子たちが、不安げな表情で整列させられている。


「……さて、戦後処理だ」


 一真はアカリを伴い、男子たちの前に立った。

 彼らは恐怖と、そして自分たちを救った存在への過剰な期待を込めた眼差しを向けてくる。だが一真は、誰一人として視線を返さなかった。



「……一真――」


 呼びかけた瞬間、アカリは周囲の視線に気づいたように言葉を切り、ほんのわずかに表情を引き締める。


「……いえ、一真さん。この者たちの処遇はいかがなさいます? 規約通りであれば、敗北したクラスの男子は、勝利したA組の管理下に置くことが可能ですが」


 アカリの声には、勝者としての余裕と、彼女自身にとって価値のある男子はただ一人だという冷淡さが滲んでいた。

 他クラスの男子たちは期待に目を見開く。伝説の転校生の庇護下に入れるのなら、この学園での生存率は飛躍的に上がるはずだった。


 だが、一真の返答は淡々としていた。


「必要ない。全員、元のクラスに返してやれ」


 ざわめきが走る。

 この世界で男子を「不要」と判断することは、常識からの完全な逸脱だった。


「……一真さん? 中には有力な家の者もおりますわよ」


「管理する手間と責任が増えるだけだ。俺は自分の身を守るだけで十分だし、身近な人間と過ごす時間だけで手一杯だ。他人の人生まで背負う気はない」


 一真はそう言い残し、興味を失ったように背を向ける。

 その徹底した他者への無関心と、身内への限定的な執着。それが、アカリや愛華の胸をどれほど強く締めつけたかを、彼自身は理解していなかった。


「……ふふ。おっしゃる通りですわ」


 アカリは満足げに微笑み、敗北者たちに淡々と指示を出す。

 こうして演習の戦績は、「A組による歴史的圧勝」として記録されることになった。


     ◇


  帰りの装甲バス。

 演習の熱を使い果たした生徒たちは、思い思いの姿勢で座席に沈み、車内には低い寝息とエンジン音だけが流れていた。


 一真は最後尾の席に深く身を預け、天井を見上げていた。

 頭は冴えているはずなのに、思考だけがゆっくりと鈍っていく。戦場で張り詰めていた神経が、ようやく弛み始めた証拠だった。


「……あの……」


 控えめな声が、すぐ隣から聞こえる。

 一真が視線を向けるより先に、誰のものかは分かった。


「一真……くん……お疲れ、さま」


 言い切るまでに、わずかな間があった。

 愛華は視線を伏せ、まるで一度喉の奥で言葉を確かめるようにしてから、ようやく名前を呼んでいた。


 一真は一瞬だけ、瞬きをする。


「……ん?」


 それだけだ。

 だが愛華には、その一拍がはっきりと伝わった。


「ご、ごめんね……。急に、変だったよね」


「いや。……気にしてない」


 本当に気にしていなかった。

 違和感はあったが、それを指摘するほどの理由も、意味もない。

 一真は短くそう答えた。


 前方にはアカリの背中が見える。彼女がこちらに注意を向けていない、その一瞬を選んだ行動だった。


 愛華の手には、冷えたスポーツ飲料と、きちんと畳まれた清潔なタオルがあった。


「……これ。喉、渇いてると思って」


「ありがとう、氷室さん。……正直、かなり疲れた」


 素直な本音だった。

 愛華はほっとしたように、小さく息を吐く。


「うん……。でも、本当に凄かった」


 彼女は一真の方を見ず、前を向いたまま続ける。


「一真君が指示を出すたび、みんなが迷いなく動いて……怖いくらい、綺麗だった」


 その言葉に、評価や憧れよりも、どこか不安が滲んでいた。


 愛華はそっと、一真の手に触れる。

 指先だけの接触から、両手で包み込む形へ。

 強引ではない。だが、離れようとすれば自然と力が伝わる、逃げ道を残さない優しさだった。


「……怖かったの」


 小さな声。


「気づいたら、一真君が……すごく遠いところに行っちゃいそうで」


 一真は答えなかった。

 否定も、肯定もせず、ただ黙ってその言葉を受け止める。


 愛華は静かに身を寄せ、一真の肩に額を預けた。

 呼吸が近い。体温が、確かに伝わってくる。


「だから……今日だけでいいの」


 ほとんど、囁きだった。


「もう少しだけ……こうさせて」


 夕日に染まる車内で、一真はゆっくりと目を閉じた。

 女王の執着。

 少女の献身。

 そして、帰宅後に待っているであろう、変わらない日常の重さ。


 それらすべてが、音もなく、しかし確実に彼を取り囲んでいく。


 合同演習は終わった。

 だが、一真を巡る「日常という名の檻」は、より強固に、より美しく、彼を閉じ込めようとしていた。

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