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男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで  作者: おぷらてぃー


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第10話:嵐の前の静寂と、月下の誓い

合同演習、前夜。

 学園全体は、明日の「戦争」を控えた異様な熱気に包まれていた。


 女子寮の窓からは、武器を磨く研磨音や、演習シミュレーションに熱中する叫び声が、夜風に乗って聞こえてくる。この世界において演習とは、単なる成績評価ではない。自らの強さを誇示し、希少な「報酬」を奪い合う、本能のぶつかり合いなのだ。


 対照的に、男子たちが身を寄せる離れの寮は、嵐の前の静寂に沈んでいた。


 一真は一人、夜の校庭を歩いていた。

 この世界の月は、前世の都会で見上げたものよりも大きく、青白い。その冷徹な光が、静まり返った校舎を、巨大な墓標のように照らし出している。


「明日か・・・・・・」


 一真は手すりに寄りかかり、夜の風を深く吸い込んだ。

 脳裏にはすでに、九条冴子から得た情報と、昼間に遭遇した猛者たちの顔が並んでいる。


 中でも最大の懸念は、やはり伊集院烈――「野生の暴力」を体現した存在だ。

 すれ違った瞬間に向けられた、肉食獣が獲物を値踏みするような、あのギラついた視線。彼女がアカリから自分を力ずくで奪い取ろうとしていることは、疑いようのない事実だった。


「・・・・・・ま、高嶺の花を狙うハンターにしては、少し気性が荒すぎるな」


 一真が自嘲気味に呟いた、その時だった。


 コツ、と背後で硬い靴音が響く。

 規則正しいが、どこか迷いを含んだ足音。普段のアカリからは想像もできないほど、慎重な歩調だった。


「こんな時間に、何を・・・・・・た、黄昏れているのかしら。……一真……さん」


 その声は、いつもの凛とした「委員長」のものではなかった。

 一真が振り返ると、制服の上に薄手のマントを羽織ったアカリが立っている。


 月光に照らされた彼女の顔は、耳の付け根まで真っ赤に染まっていた。アカリは自分の言葉の響きを確かめるように、マントの端をぎゅっと握りしめている。


「星野……今、なんて言った?」


「な、なんでもありませんわ! 周囲に誰もいない、公的な場ではないプライベートな時間ですから! その、昨日交わした呼び方の『契約』を履行しただけです! 文句がありますか!?」


 必死に虚勢を張ってはいるが、瞳は潤み、視線は落ち着かない。

 「一真さん」。規律の化身である彼女にとって、それは魂の根幹を揺るがすほどの勇気を要する行為だった。


「文句なんてないさ。……むしろ、嬉しいよ。ありがとう、アカリ」


「ひっ……あ、呼び捨ては、まだ、心の準備が……っ」


 アカリは顔を両手で覆い、今にもその場にうずくまりそうになる。だが、深呼吸を一つすると、無理やり委員長としての毅然とした表情を作り、一真の隣に並んだ。


「……明日の確認に来ましたの。私のチームの布陣は完璧。ですが、伊集院だけは注意が必要です。彼女はルールなど、自分の欲望を果たすための飾りにしか思っていません」


 手すりを握る指先が、白くなるほど力んでいる。


「彼女は、私を失墜させるために貴方を捕らえ……もし、貴方があんな獣のような女の手に落ちてしまったらと考えたら……私は……」


 月光が、揺れるアカリの瞳に反射する。

 一真は、その震える手の上に、そっと自分の手を重ねた。


「アカリ。あんた、俺のことを『高嶺の花』だと言ったな」


「ええ……誰の手にも届かない、私の隣に座るべき孤高の宝石だと」


「なら、信じろ。高嶺の花ってのは、誰かに手折られるのを待ってるだけの存在じゃない。そこにあり続けるだけで見る者を圧倒し、近寄る者を拒むからこその『高嶺』だ」


 一真は、アカリの指を包み込むように握った。


「俺はあんたの『フラッグ』として戦場に立つ。だが、ただ守られるつもりはない。伊集院だろうが誰だろうが、俺を奪おうとする連中には、相応の対価を払ってもらう。……俺を奪える奴なんて、この学園には一人もいない。もちろん、あんたも含めてな」


 その言葉に、アカリは呆然とした後、不意に少女のような純粋な笑みを浮かべた。


「ふふ……やはり貴方は、最悪に不遜な人ですわ。……一真さん」


 二度目の名前呼び。今度は照れを隠さず、慈しむような響きだった。

 アカリは重ねられた一真の手を、逆に力強く握り返す。


「約束なさい。もし貴方が勝手に捕らえられるようなことがあれば……私が学園を更地にしてでも、貴方を奪い返します。そして、二度と誰にも見られないよう、私の部屋の奥深くに繋ぎ止めて差し上げますわ」


「……その物騒な独占欲も、あんたの魅力だと思っておくよ」


 二人の様子を、少し離れた校舎の影から見つめる影があった。


「……あんなに幸せそうな星野さん、見たことない」


 氷室愛華だった。

 彼女の手には、少し形の崩れた手作りの御守りが、強く握りしめられている。


 隣の席の「普通の男の子」だと思っていた一真が、女王であるアカリと対等に、月下で語り合っている。その光景は、愛華の胸に「守ってあげたい」という庇護欲を超えた、痛切な独占欲を芽生えさせていた。


「佐藤君……私だって、明日は……」


 同じ頃。

 暗い部室で、伊集院烈は大型の木刀を軽々と振り回し、荒い息を吐いていた。


「星野……今頃、あの転校生を抱きしめて震えてるのか?」


 壁に貼られた演習マップ。その一真のアイコンを、烈はナイフで突き刺す。


「あんな生意気な口を叩く男、初めてだ。最高にゾクゾクする……待ってろよ、佐藤。明日、お前の主が変わる瞬間を教えてやる」


 彼女の瞳は、狂おしいほどの征服欲で赤く光っていた。


 夜が明ければ、学園の歴史に残る一日が始まる。

 男子一人が、女子数千人の常識を破壊する「合同演習」の幕が、今まさに上がろうとしていた。

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