1・8話 田中さんの下校はとまらない
放課後の時間になると、もはや当たり前のように、田中さんがやってきた。
一言二言、実里さんに声をかけてから、僕のもとへ真っすぐやってくる。
「帰宅部でしょ? 帰ろっか」
実里さんはニコニコしながら手を振っている。なにかを託しているようなしぐさと視線だった。ふむ?
実里さんの態度は理解不能だったが、つい先日まで接点ゼロだった美少女と、こうまで時間の共有をしていることは、客観的に考えると幸福だ。
どうしてこの幸福が僕に注いでいるのか、その理由は一切わからない。幸福であることは間違いない。
僕の人生攻略ターゲットである田中さんが自ら餌にかかってきてくれているのだ。
好機だ。
一緒にお昼を共にし、奢ってもらい、田中さんの友達とも一定の交流を持った。
下校まで一緒だ。
チャンスだ。宝くじの一等一億円が当たったようなものなのだろう。誰にでもチャンスはある。偶然という奇跡は誰にでも起こりえるのだ。なにもしてなくても、偶然の巡り合いはある。僕に今、それが降り注いでいるのだろう。
手にしないといけない。
僕も教科書類で重たくなったスクールバックを肩にかけて、席を立つ。
「帰ります」
「歩き?」
「バス通学です」
「どこ行き?」
「平岸3条3丁目1の63辺りに最も近いバスです」
「そこまで詳しく詮索はしてないっ!! じょうてつバスねっ!!」
「そうです」
「私はちなみに豊平の方ね。それ以上は個人情報だから開示しません」
なるほど。僕の場合は、平岸街道を循環している市バスに乗っていればいずれ着くが、豊平方面ではそうはいかない。じょうてつバスは使わないのだろう。
つまりどういうことか、というと。
「どうやら帰る方向が違うようですね。残念ですが」
僕は教室から廊下に出る。
バス停へ急がないといけない。
校門付近にあるが、数分以内に到着しないと間に合わない。
息が切れるほどの全力ダッシュを三回ほど繰り返さないと、いつもの時間に間に合わないのだ。廊下を走ることにもなるが緊急性が強いので致し方がない。
急ぐ理由は明快だ。
次のバスが来るまで三十分かかるのだ。一時間に二本しか走っていない路線である。札幌市に隣接している区とはいえ、地方路線の維持は大変ということだ。
ダッシュの素振りで帰宅を急ぐ僕の襟首が掴まれていた。客観的にみて、田中さんであろう。
まだなにかあるのだろうか、駄菓子でもくれるのだろうか、と期待して僕は振り返る。
案の定田中さんが、驚愕の表情で、僕の襟首を掴んでいた。
「一緒に帰ろっていってんじゃんっ!!」
「?」
「おまえなにいってんだよバカかよっ!! みたいな顔しないでっ!」
「帰る方向が違うのではないですか?」
「別に寄り道できないほど遠くはないからっ!!」
「そうですか。よかった」
「ん」
「一緒に帰れるなら、それはよかった。嬉しいです」
僕は本当は嬉しいという感情もあまり分かっていない。恋愛感情に付随されるそれだからだろう、と推測している。
校内随一の美少女と一緒に下校できる、という現実。
嬉しいという感情と結びつけて問題ない、という知識はある。
だから僕は嬉しい、と口にする。
そして案の定、田中さんは表情を紅潮させるのだった。少しだけ田中さんという美少女の生態がみえてきた。覚えておこう。忘れないように。大切なことだ。
ふたりでゆっくり歩いてバス停まで向かった。
三十分後のバスに乗って、一緒に帰ることになった。たわいのない、僕の個人情報全般の話をして過ごした。
こういうふうに目立つ行為を繰り返していれば、必然的に、田中さんのそばにいつもいる子の目を引くことになる。




