1・7話 田中さんの激辛好きはとまらない
「これがおすすめだからね? これにする? これがいいよね? これにしよう!!」
僕は選択を迫られていた。
激辛悶絶灼熱風味の焼きそばパンだ。
田中さんが激押ししてくる商品だ。生物兵器かもしれない。これを食してしまったあとの午後の授業中がどうなるか、主に下半身周りがどうなるか、容易に想像できてしまう。胃袋の調子が崩壊しトイレへ駆け込むことになるだろう。
だがしかし、僕は奢られる身である。
ここでかたくなに、いやそれは無理、と主張することは、いかがなものだろうか。
あるかもしれない二回目以降の奢りイベントを考慮して、漢気を魅せる場面ではないのだろうか。強要による奢り行為など、奢り主のエゴの押し付けに過ぎないという一般論もあるが、いかんせん僕はお腹が空いているのだ。
数秒思案していると、妥協点となりそうな商品が、僕の視線をとらえた。
「それも美味しそうですが、こちらなどはどうでしょうか」
プラスチックパックにギュギュっと詰められた旨辛唐揚げ5つパックに手を伸ばしかける。
田中さんの反応は早かった。
「はっ?? 無いから。辛いもの舐めてんの?」
僕の見出した妥協案は、田中さんからの蔑むような視線によって両断された。
辛いものガチ勢のようだ。安易な妥協点を探ることは危険だ。僕は伸ばしかけて手を引っ込めようとする。
一連の動作を目ざとく、田中さんの氷点下の瞳が追いかけてくる。
「もしかして辛いもの……嫌いなの?」
田中さんの声音からは、反国家的態度を取るような男子に奢り話は無しね、と暗に伝えてきた。
僕の伸ばして右手の動きは、実に自然な動きをした。
すぅっーと軌道変更し、激辛悶絶灼熱風味の焼きそばパンを掴んでいた。
他に購入者がいないのか、まだ五つほど余っている。どうして売れていないのにこんなに入荷するのだ、と疑問が浮かぶ。
すぐさま結論に辿り着く。
田中さんの好物だからだろう。
誰もまともに購入しない総菜パンを大量入荷する理由。田中さんの影響力は購買部の品ぞろえにまで影響しているということか。実質校内を支配域に置いているといっても過言ではないかもしれない。
恐ろしい。
田中さんは僕の一連の思考を見透かすように、とある商品をつまんでみせた。
「無理しなくていいよ、嫌いなら別に、こっちの甘いのにしたら?」
汚物でもつまむように、パッケージの端を掴んでいる。
商品名はメロメロ激甘チーズクリームメロンパン。個人的にはこちらの方が好みであるが、僕としても漢気をみせる場面であることは理解する。
田中さんの手首を掴む。女子高生らしいというべきか、年齢相応というべきか、田中さんの我の強さからはイメージしにくい華奢な手首。
甘々パンを奪い返し、トレーの中へ戻す。
激辛悶絶灼熱風味の焼きそばパンを、田中さんに握らせた。
「こっちでお願いします」
案の定なぜか田中さんの顔がトマト色になっている。
「いいの?」
「いいんです」
「でも好きじゃないでしょ?」
「田中さんが好きなものですから。僕も食べてみたくなりました」
田中さんはもう何もいわなくなってしまった。トマト顔のまま、無言で財布を取り出し、激辛悶絶灼熱風味の焼きそばパンを購入してくれた。さりげなく三つ購入していた。自分用なのだろう。常連客である。
無言でパンを渡された。なので二人で並んで無言で教室まで帰った。居心地は悪くなかった。
教室へ帰り、向かい合って席について、激辛悶絶灼熱風味の焼きそばパンを共に食した。異常にむせたうえにしばらくしゃっくりが止まらなくなったが、きちんと完食した。田中さんは顔を熱そうにしたまま、笑っていた。
そんな田中さんの幸福そうな顔をみていると、思ってしまう。
あと一回ぐらいなら食べてもいいかな、と。




