1・5話 田中さんのお昼はとまらない
お昼ご飯を食べる時間になった。
男子高校生とは、この時間を目指して午前の授業を耐え、この時間に活力を得ることで午後の授業を乗り切るそうだ。
とある階層に身を置く高校生にとっては、独りぼっちで過ごしていることが露呈するゆえにつらみが増す時間でもあるそうだ。僕がどこの階層に属するかは議論するまでもない。
堂島蓮くんは別のグループのもとへ行ってしまった。珈琲提供の関係からボッチ脱出のワンチャンスがあると期待していたが、しょうがない。
今日の僕は手ぶらだった。
平時はコンビニ購入した鮭お握りか、シーチキンお握りを持参している。
本日の食費は、堂嶋くんの珈琲代金に変わってしまった。一応千円札が二枚あるが、これはまさに僕にとっては最後の砦。虎の子。命とプライドの次に大切なもの。昼食程度に消費できるものではない。
なので僕はお昼を我慢することにした。
教室の半数がいなくなり、残りの三分の一がグループで固まってお弁当を広げ、三分の一がボッチで食事を開始し、三分の一がダラダラしていた。僕は最後の三分の一に紛れているが、そいつらも数分もしないうちに席を立つか、お弁当を広げるか、購買で購入した食事を食べるのであろう。
僕にそれらはない。なので、教科書を広げて授業の予習をしながら精神統一しつつ、帰宅するまで空腹を紛らわそうとしていた。
あとで水道水をがぶ飲みしよう。
案の定というか、今日の定番らしかった。
甘い香水の香りと共に、ずいぶん見慣れてきた女子が、教室に顔を覗かせてきた。
「お昼まで勉強している?! 君ってそんなに勉強が出来ない系なの?」
「田中さん」
「お昼一緒しようと思って」
例のごとく田中さんだった。ピンク色の小さなランチボックスを手にしている。飲みかけっぽいペットボトルのお茶も持参。
僕は首を振る。
「申し訳ないが、今日はお昼が無いんだ」
「お弁当忘れたの?」
「いや」
「購買の嫌いなの?」
「いや」
「食堂に嫌な奴いるのね」
「いや」なぜか一瞬顔が険しくなった。
「……お金ないの?」
「厳密には違うが、そういう意味合いで問題ない」
田中さんはほぇっーと息を吐くと、目の前の堂島蓮くんの席へ座る。
「君は、なんでもかんでも正直だね。普通そういうことは言いたくないものでしょ」
「嘘をつくことになる」
「えっ」
「今日お昼を持ってきていないことも、お金があまりないことも事実だ。それを否定することは嘘になる」
田中さんはまるで希少な生物を発見したかのような顔になっていた。
田中さんが若干身を乗り出してくる。主に顔の距離が近づいてきた。吐息を感じる。
「じゃあお昼一緒に食べようっていったらどうする?」
心なしか、小声。近くの席に座っていても聞こえない声音。
「僕はお昼ご飯も、現金の持ち合わせもほとんどないから不可能だ」
「じゃあわたしが奢ってあげるよ。購買行こ?」
僕は席を立つ。反射的な速度だった。
「ならば、お供しましょう」
田中さんも席を立つ。なぜかとても幸福そうに笑っていた。理由はわからない。
ただお昼を食べることができるそうなので、僕は幸運だ。田中さんに感謝する。ありがとう。購買へ向かおう。




