1・2話 田中さんの親友はとまらない
「ちょっと、どいてくれない?」
僕の目の前に座っていた気弱そうな男子生徒が退かされた。
人を退かすことに一切のためらいがなさそうな顔をした女子が、空いた目の前の席に座ってきた。
背もたれを正面にして椅子をまたいでいる。スカートから伸びている生足が未成年男子の性的情動を刺激する。チラ見で済ます。
そんな生々しい恰好で、僕と真正面から対面する恰好だった。
用件は僕だった。
「君、田中に何かしたの?」
早朝の教員からの連絡が終わり、一時間目の授業内容を予習している最中だった。
一時間目の授業が始まる前のちょっとゆるんだ朝のざわついた時間帯。
昨日田中さんに声をかけたことは間違いない。
ただそれだけだ。クラスメイトではないが、同級生ではある。
しかしいわゆる棲んでいる世界、生きている階層、カーストが違うという情報を思い出す。
いわゆる僕のような典型的な陰キャは、田中さんや目の前で人の席を占領してしまうような女子とは一線を画して生きていかないといけないそうだ。要は気軽に話しかけてはいけないのだろう。影日向に生きていかないといけないのだろう。
そういう意味では、昨日思わず話しかけてしまったことは不敬だったのかもしれない。
「敬意を欠く行為を、してしまったかもしれない」
「ケイイ」
勝気そうな女子が僕の言葉を繰り返す。
首をかしげている。クエスチョンマークが浮かんでいるような気がした。
なるほど。僕は察する。
彼女も異世界転生組かもしれない。日本語が通じていないようだ。もしかしたらまだ日本語習得が完全に出来ていないのかもしれない。僕は比較的自動的に獲得してしまったから、彼女の苦悩が理解できていない。
これは気を使わないといけないようだ。
僕は比較的簡単な言葉に言い換える。
「僕のような立場の人間が、田中さんのような人にはしてはいけないことを、してしまったのかもしれない」
「そなの? なんか田中喜んでいたから、詳しくそこんとこ訊きにきたんだけど」
喜んでいた? ということは別に不敬を働いたというわけではないのだろうか。
そして僕はすべてを察する。
どうやら彼女は異世界転生組ではないようだ。一連のやりとりから察する。
「喜んでいたのなら、別に敬意は欠いていないと思う」
「ケイイ」
僕は敬意については、特に説明せず、昨日話しかけた顛末の詳細を伝えた。
なるべく簡素かつ誰でも知っている言葉で説明した。
勝気そうな女子は「なーほーねー」という顔になると、席を立った。
近場で所在なく突っ立っていた気弱そうな男子に手招きして、席を返してあげている。
些細なことでも意外と優しいな、と思ってしまう。金髪オールバックのヤンチャな高校生が捨て犬にお菓子をあげる空気という記憶を参照した。
立ち上がった勝気そうな少女は、腕を組んでいた。偉そうだ。彼女は偉そうにしていることが平時なのだろう。
「あんた悪くないね。そういう距離感で田中に話しかけてくる男子はいなかった。これからも田中をよろしくね」
「分かった。あと聞きたいことがあるんだけど」
「なに」
「君の名は?」
「ナンパ文句としてはそれもう古くない? 寒くない? 凍傷レベルじゃない?」
異世界転生の影響で本当に彼女の名前がわからないのだが、この話は気軽にぺらぺら喋っていいことではない。
勝気なクラスメイトがどこまで信頼をおけるかもわからない。少なくとも自分の目的のために、目の前の席に座っていた気弱そうな男子生徒を追いやってしまうぐらい、豪気だ。
数秒悩む。
それから正直に行くことにした。僕の特性だ。
「知ってはいるけど、直接名乗りあった記憶はなかったから」
「古風だね。あたしは村岡実里。よろしく。実里さんって呼んでいいよ」
「分かった、実里さん」
いわれた通りにしたのに、なぜか実里さんは数秒表情を固めていた。
少し頬の温度があがっているようだ。
最近こういう光景をよく見る。どういう状況なのか理解できない。もしかしたら恋愛感情に付随する何かかもしれない。詳細は分からないし感じ取れない。
あとなぜか教室の空気と視線を集めているような気がした。
深く意識していなかったが、客観的にみて実里さんが声をかけてきた段階から注目されているような気がする。
トゲトゲした空気からはじまり、今はどこかほわほわした空気に変化している。そんなに嫌いではない空気だ。
「いい度胸だね」
「よく言われる気がするよ」
「田中に飽きたら、あたしが遊んであげるよ。じゃね」




