2・2話 僕の奇行がとまらない
寝付けることもできずに、朝までベッドの上でどうすれば嫌われるのか、を考えに考えぬいた。
朝焼けに部屋が染まり、登校時間になるまでに思いついたのは、消極的かつ絶対的な意味のある行動だった。
話しかけられても、反応しない。殴られても無反応。目の前で苦しんでいる人がいても、見て見ぬふり。
つまりは世界に無関心を貫く、完全無視だ。
ここ数日は、登校中も田中さんとの遭遇確率が高かった。待ち伏せされていたのかもしれない。今日は運よく、そういうことなく、教室まで辿り着けた。
眠け眼で歴史の授業の予習を始めていると、いつものように、田中さんがやってきた。
前の席の堂島くんはすでに慣れたもので、朝のショートホームルームが終わると同時に席を立っていた。
僕はいつもそんな堂島くんに「すまないね」と声をかけるが、今日はなにもいわなかった。堂島くんは少しだけ眉をひそめながら他のクラスメイトの元へ去っていった。彼ともまともなコミュニケーションはとっていないレベルのクラスメイトにならないといけないのだ。
定期的に他人行儀な態度は大事だ。
「おはよ。どした、今日は怖い顔してるね」
堂島くんの席をまたぐように座った田中さんが声をかけてくる。
僕は次の時間の歴史の授業の予習をしていた。教科書に赤マーカーを引く。信長。家康。光秀。
田中さんは五秒ほど待っていた。
「え」
そして少し悲しげな声が聞こえてきた。僕は教科書から視線をはずさない。
「なんで。どしたの。怒っているの?」
地名にマーカーを引く。さらに五秒ほど経過する。一秒がいつもより重たく感じた。
「なんか嫌なことした? だから無視するの?」
声が少し震えている。
平安京。鎌倉幕府。聖徳太子。ほとどぎす。暗記だ。丸暗記がいい。なにを丸暗記しているのかよくわからなくなってきた。僕も少し動揺しているのかもしれない。
両頬に衝撃。温もり。顔が強制的教科書から正面を向かされる。
田中さんの両手のひらが、僕の頬を挟んでいた。
教科書を向いていたはずが、田中さんの両手のひらで頬を押さえ込まれ、そのまま強制的に田中さんと目が合わされていた。
田中さんの瞳は潤んでいる。僕の心に罪悪感と呼ぶべき感情が沸いてくる。それでも僕は歴史の暗記ワードを心で唱えることをやめない。
「どうしたの。なんでいきなりそんな態度とるの。なんで。ひどいよ」
予鈴が鳴った。
そのタイミングでいつも通り席に戻ってきた堂島くんが、この状況に対して硬直している。周囲数メートルの、いつもほわほわした空気をかもしているクラスメイトも凍り付いている。遠くの窓辺の席から実里さんがすんごい睨んでくる。番犬さんがいなくてよかった。普通に噛みつかれていたはずだ。
僕は目をそらす。なにも答えない。完全無視を完遂する。
頬の拘束が解かれた。田中さんは潤んだ瞳のままだった気がした。
「また来るから。納得できるまで何度でも何度でも、来るからねっ」
早足に田中さんは去っていった。
僕の周囲では、嫌悪感と憎悪感と拒絶感などの負の感情が蜷局を巻いている。
少しだけ悪手だったかもしれない。
僕のやることは仲良くなった田中さんらとの関係の清算である。
社会的に友達、と呼ばれるようになった状態から、教室カースト上位と下位の関係へ戻ることだ。
以前同様の、誰にも干渉されていない鏡友哉にならないといけないということだ。
このままでは田中さんをむげに扱った最低最悪の陰キャということで、いじめの対象になってしまうかもしれない。トイレの個室に閉じこめられてバケツの水を浴びせられるかもしれない。上履きに無数の画鋲をセロテープ付きでしっかり仕込まれるかもしれない。
せっかく僕に身体を返してくれる友哉に対して凄惨ないじめ状態になっている身体を渡すのはさすがに申し訳ない。
完全完璧無視はやめにしよう。




