2・1話 異世界転生していた僕がとまらない
田中さんとの距離がまた詰まった気がする。
いまだ好かれてはいないが、下校中に手を握ることは成功した。将来の夢にまた一歩近づいた。子供をもうけ、結婚して、この日本という世界に根を張る、平穏な日常への一歩だ。
帰宅すると、強い眠気があった。露骨に瞼が塞がりはじめ、うとうとしてしまう。ここ最近気を張っていたからだろうか。
食事をすますと、いつもの授業の予習はせずに、風呂も歯磨きもせずにベッドへ倒れ込んだ。
一瞬で眠りに落ちた。
自分が眠りに落ちていると、僕は明確に理解する。
夢をみている、と自覚的になった。
寝ている自分を自覚し、夢を見ていることを自覚していた。
夢の中で、僕は椅子に座っていた。粗末な椅子だ。ところどころきしんでいる。足の長さが違うようでガタガタする。
真向かいにも、椅子が置かれていた。
僕が座っている椅子よりも三桁ぐらいは高そうな椅子だ。豪奢な装飾にふわふわのクッション性。王宮御用達といったありよう。
そして。
瞬き数回しているあいだに、その席に、僕が座っていた。
僕と同じ顔をした人間が、真向かいの席に座っていた。
僕がそれに自覚したことを理解するように、『僕』は軽くうなずいた。
「はじめまして。君が今、使用している身体の元の身体の持ち主だ、といえば、理解してくれるかな?」
僕の身体の持ち主である、鏡友哉がそこにいた。
僕が、僕の元へ帰ってきた。
もともとのこの身体で、日本という世界で、十五年間生きてきた僕。
鏡友哉の身体に、僕は異世界転生していた。
友哉の心と意識はどこかに消失してしまった、という認識が強かった。
友哉の身体に異世界転生した時点で、友哉の記憶や知識、人生は共有していた。
それを参照するに、教室内での立ち位置は、高いところにある人物ではなかったようだし、比較的自分の机の前から離れることもない日常だったようだ。友達はほぼおらず、教室内での存在感も、客観的な情報からのみ判断するなら、薄い。
僕という存在が、友哉という心と意識をどこかに追いやったもしくは消失させてしまったのだ、と半ば確信していた。
ただ友哉の意識は、消えていなかったようだ。
夢という媒体を経由して、真向かいから、僕に語りかけてきた。
友哉も友哉の状況を共有するように、説明してくれた。
「僕は異世界転生していた。おそらく君がもともと生きていた世界にね。僕は僕にとっての異世界、君にとっての故郷で、無双してチートしてハーレムして新しい人生を謳歌していたんだ」
僕が友哉の身体に異世界転生したように。
友哉は僕の身体に異世界転生していたようだ。
僕に異世界転生前の記憶が無いから、それが事実がどうか判断できないが、状況からして、そうであると判断する。
「僕は異世界を攻略しつくした。地位も名誉も女子も友達も手に入れてしまった。なので、僕の身体に帰ろうとしたんだ。いうても、もともと日本で生きてきた。両親とか気になったし。鬼畜ダンジョンクリアして、日本に再転生できる財宝手に入れて、実行したんだけど、再転生できなかった。僕の身体には、別の誰かがいたからだ。君がいて、君は僕として生活していた」
友哉は、異世界転生後の物語についても語ってくれた。僕の故郷である異世界で超絶チートパッシブ能力を発揮し、傭兵団の主力戦力として魔王軍をぶっ潰し、国王から地方領主としての地位と土地を与えられ、現在は古城にハーレムを築いて幸せにスローライフを送っているそうだ。
「僕が無双したこの肉体の持ち主は、君なんだよ」
どうやら異世界転生というより、肉体の入れ替わりが起こっていたようだ。
異世界で傭兵として生きていた僕の肉体に、友哉が。
日本国札幌平岸で生きてきた友哉の身体に、僕が。
友哉は異世界転生するなり、その秘めた才能才覚を覚醒させ、勇ましき者と呼ぶ以外呼びようのない活躍にて、僕の生きてきた異世界を平和に導き、地位と名声と平穏を手に入れた。立派だ。すばらしい。神々しさすら感じる。
僕なんかはどうすることもできずに、日常を謳歌して老衰するぐらいしかない、と考えていた。友哉との意識の違いに愕然とする。
でも友哉はそんな僕を責めることはなかった。
「それでいいんだよ。むしろ僕の肉体で、日本の高校で日常謳歌できたなら、君は凄い人だ」
友哉は優しく、気遣いもできるようだ。傷み入る。
「僕は再転生できなかった代わりに精神体として、日本と異世界を行き来できるようになった。疑似的な幽霊みたいなもんかな。君が僕の体にいる以上再転生は不可能なようだ。でもこうして夢という接点から、元々の身体の持ち主同士がつながれた。要は、君が元の自分の身体に戻りたいなら、僕はその手はずを整えることができるんだ。君が望むなら」
友哉は異世界でかなりの地位と名誉を得ている。それらを捨ててまで、僕に身体を返してくれようとしている。天使かもしれない。
それでも。
それなのに。
そんなふうに思ってしまう僕もいる。
嘘偽りない聖者の顔をしている友哉の顔を見つめる。
「少しだけ時間もらってもいいかな」
友哉の顔は少し硬直していた気がする。
「意外だ。即答かと」
「君の身体をつかって、僕はこの世界で好き勝手やってしまった。なので、その状態を精算しないといけない。クラスメイトとの関係性が多少変化している。それをゼロに戻してから、きっちり君に身体を戻すよ」
「あー、いや、それはむしろ、別に気にしなくていいというか、むしろ、今の状況がベストというか」
「気遣いありがとう。でも君が今の地位や名誉を捨ててまで、肉体を返還してくれるなら、僕としてもそれなりの誠意を示したい」
僕は、今の今まで築き上げてきた関係性をすべてリセットすることを求められた。
なるべく、荒波たてず、基本的に田中さんはじめ同級生らと仲良くなるように、生きてきた。
それでは、もう駄目なのだ。
当初の友哉は、そんなふうに同級生と接していなかった。
もっと孤独であり、もっと孤立しており、常に独りだった。
今の僕のように田中さんがいたり、実里さんや番犬さん、堂島くんと時々話したりするようなことは、けっしてなかった。
これを解消し、清算しないといけない。
想像以上に大変かもしれない。
僕は皆に、好かれるように努力してきた。
今日からは、田中さんや、堂島くんに嫌われないといけないのだ。
しかもできれば、あまり傷つけることなく、以前の無関心状態へ戻したい。
難しい。そしてつらい。
でもやらないといけない。それが勝手に友哉の身体をつかって生きてきた僕の責任なのだ。




