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田中さんの奇行がとまらない  作者: 小柳和也
2部 僕の奇行はとまらない

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2・0話 田中さんの本気がとまらない

 今日も田中さんとの距離が近い。

 特別なきっかけや、事件が遭ったわけではない。


 気が付いた頃には田中さんが、授業が終わるたびに僕の目の前までやってきて、たわいもない話題をダベっている。堂島くんの席を占領して、僕の目の前に座っている風景が日常になっている。

 気が付いた頃には、一緒にお弁当を食べており、気が付いた頃には、一緒に帰りの市バスに乗り込んでいる。


 不思議だった。僕の頭の中にある知識を総動員してみると、男女の友達関係を通り越し、まるで付き合っているかのような関係なのだ。

 なので田中さんに僕のことが好きなんですか、という問いは、当然すませてある。

 返事は想定通りだった。


 田中さんはいつもするようなトマト顔をさらに一段階紅潮させたのち、

「君はいちいち自意識過剰っ」

 と、否定されてしまった。なのでやはり田中さんが僕を好きということはありえないようだ。


 そうであるならば、なにゆえ田中さんは毎日のようにコミュニケーションをとってくるのだろうか。暇なのだろうか。それはないように思う。実里さんや、番犬さんはじめ、田中さんの周りには多数の友達がうごめいている。ぼっちである時間帯の方が少ないだろう。

 そんな田中さんがどうして自分と定期的に会話したり、登下校したりしているのだろうか。

 どうして有限であるはずの時間を割いてまで、僕と一緒に行動しているのだろうか。


 謎すぎる。

 しかしこういうふうに状況を一個ずつ整理していくと、みえてくることがある。客観的にみれば、好意を持たれているゆえ、となる。

 しかしそれは田中さんの口からはっきり否定された。

 となれば、それ以外の理由で田中さんは僕との時間を共有している。

 つまり、だ。


 脅迫である。


 田中さんは脅迫されて、僕との時間を過ごしているのだ。

 そう考えると、好きでもない相手と時間を共有していることにも納得できる。僕以外の友達と接する時間を減らしてまで、僕と関わりを持つ理由も、脅迫されているのならば、納得だ。


「どした? なんか難しい顔してるよ?」


 市バスで帰宅中だった。

 平岸高校の生徒は僕と田中さんしかいない。あとは数名の高齢者。

 僕らは一番後ろの長椅子に並んで座っていた。当たり前のように太股が密着する距離だ。こういう近い距離感も、脅迫されていると考えれば納得だ。

 田中さんはセミロングの髪の毛を垂らしながら、僕の顔を覗いている。どこか挑戦的な表情。蠱惑的だ。

 このやりとりも、田中さんが第三者に強要脅迫されていると考えれば、納得だ。

 僕への距離感を縮めるように命令されているのである。僕に恋愛感情が理解できないからまだなんとかなっているが、僕にそういうたぐいの感情が理解できていれば、もしかしたらものの数秒で僕は田中さんの虜になっていたかもしれない。


 僕は考える。

 田中さん脅迫されているんですね、分かっています、なのでもうそんなふうに僕に接する必要はありません、というべきだろうか。

 仮に田中さんが脅迫されているとすれば、なにかしらの人質や、代償があるかもしれない。金銭面でも支援をする代わりに僕に近づけ、妹は預かっている無事に返してほしくば僕に近づけ、などなど。


 なのでここで愚直に答えを口にすることはいけないような気がした。

 田中さんを脅迫している相手が、田中さんの行動を把握するために盗聴器やGPSを使っている可能性はある。

 指摘することは結果として、田中さんの脅迫行為を妨害することになり、田中さんを傷つけることになりかねない。


「難しい顔、していますか」

「とっても面倒で、どーでもいいこと考えている顔している」

「田中さんは好きな人いませんか」

「な。なんをおっしゃっていますかっっ!」

 声が裏返っていた。

「世間話です。田中さんなら、いろいろな人から好意を持たれているでしょうから」

「そ、だね。確かに心配、だよね。わかるよ。先輩後輩、同級生、たしかにここ数ヶ月だけで告白やらLINEで付き合ってとか、めっちゃめちゃきているね」

「付き合ってもよさそうな人はいなかったんですか」

「その中には、いなかったかな。なんていうか。普通だったから」

「田中さんは普通の人は嫌いなんですね」

「嫌いって、わけじゃないけど。なんていうか、初めて付き合う人なら、もう少しなんか、ありそうな人がいいなっていうか」

「変人が好みなんですね」

「言い方っ!!」

「すみません。つまり田中さん的に、一般人なんか近づいてくるな、ということですね」

 この段階で僕はすでに範疇外ということだ。僕は異世界転生をしていること以外はTHE一般人だ。

「そんなこと言ってないからっ。ただ言いたいことあるなら、面と向かって言ってほしいかな。そっちの方が本気か遊びか分かるような気がするから」

「といいますと?」

「もしかしたらLINEとかだと本人以外がいたずらで送っているかもしれないでしょ。実際何回かあったし。度胸試しみたいなこと」

「そんなことする奴らは今すぐ去勢すべきですね」

「ありがと。でね、だからできれば直接顔を見て、目を見て、声を聞いて、そういう大事なことは聞きたい派かな。それでも遊びやゲームの時は結構あるけどね。でもやっぱ、そこまで近づいてきちんと声聴いて、目見れば、だいたい分かっちゃうかな。遊びでそういっているのか。本気でそういってくれていたのか」

 田中さんは僕の瞳を見つめていた。

 なるほど、と思った。

 残念ながら田中さんほどの共感力がない。目を見て、声を聴いても、田中さんが本気なのか、冗談なのか判断はつかない。

 田中さんの言葉は、すべて本当なんだと判断している。

「そうですか」


 僕は田中さんの手を握ってみた。華奢な手のひらの上から、軽くギュっと握る。


「なっなっなっ」

 田中さんから声にならない声が漏れている。

 握った掌のから、体温を感じる。

 嘘をついているか、本当のことをいっているのか、わからない。

「ちょっと握ってみました」

「なっなっなっな」

「人肌というのは、気持ちがいいですね。田中さんは温かい」

 相変わらず田中さんの声にならない声が漏れている。

「目を見て、声を聴いても僕には真実はわからなかったので、直接触れあった方が無難かなと思ったんですが。離しますね」

 田中さんがボソボソ何か言っていた。耳をすませると、握っていていいよ、といっていた。

 なので温かいのでしばらくそうしたまま、バスにゆられた。


 田中さんは脅迫されて僕と一緒にいるかもしれない。

 それでもそんな事実を時々忘れてしまうほど、田中さんと一緒に時間を共有していることを感謝している僕もいる。

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