0章2話 俺、まだ九歳なんだけど?
まず、第1話を読んでくださった方、本当にありがとうございます!
そして、興味を持ってくださった方、本当に本当に……ありがとうございます!
第2話では、ユウマと“バカ親父”のいつも通りの朝――
そんな「当たり前の光景」を描いています。
この回では、ユウマがどんな家庭で育ち、
どんなふうに“平凡な日常”を過ごしていたのかが見えてくると思います。
少しコメディ調の会話も多めなので、肩の力を抜いて楽しんでもらえたら嬉しいです!
まだ空が白み始めたばかりの早朝。
普段なら眠っている時間なのに、なぜか目が覚めてしまった。
ぼんやりと天井を見上げていたユウマは、やがて諦めたように布団を抜け出す。
家の中は静まり返っていて、母の気配もまだない。
けれど、外からは何かを動かすような音――革や金属が擦れる小さな音が聞こえてきた。
「……父さん、もう起きてんのか」
そう呟いて、ユウマは寒さに肩をすくめながら庭に出た。
「……さっむ」
冷たい空気が肌を刺し、身震いする。
空にはまだ夜の名残があり、うっすらと白む東の空が新しい一日の始まりを告げていた。
父はすでに弓と矢筒の確認をしていて、狩りの準備を終えたところのようだった。
「……お? 起きたのか、今日は早いな」
どうやらこちらに気づいたようだ。
「また父さんにボコボコにされに来たのか?」
「ちげーよ、バカおやじ」
本気で親父を殴りたくなる衝動が湧く。
だがユウマは拳を握りしめ、それを押し込めた。
「……これから狩り?」
「そうだ、だから構ってやれないぞ。」
「そういうのいいから」
この親は早朝だろうと息子をおちょくることはやめないらしい。
殴りたいが俺よりも強いからおそらく当たらないだろう。
やはりムカつく。
「あ、そうだ」
いきなりおやじが何かを思いついたように口にする。
「せっかく早く起きたんだ、お前が代わりに行ってこい」
「……は?」
目の前のバカ親父が何を言ってるのか、一瞬理解できなかった。
「わからなかったか? 俺の代わりに狩りに行ってこいって言ってんだぞ」
やはり何を言ってるのかわからない。
なぜなら俺はまだ九歳。
成人である十五歳でもない。
十歳にすらなっていないのに――狩りに一人で行けと?
「バカだろ」
「声に出てるぞ、バカ息子」
戸惑いすぎて口を滑らせてしまったが、改めて問いかける。
「……何で、俺を狩りに行かせたいんだよ」
「単純な話だ。」
親父は少し決め顔をして答える。
「お前があと少しで十歳だからだ!」
マジで単純すぎて、思わず顔をしかめる。
理解はできても、納得はしない。
「……普通に十歳になってからでいいじゃん! 決め顔はムカつくし、意味わかんないし」
「いや~俺……いい親父だな~」
「は?」
何言ってんだ、このバカ親父は…
「なんだよその態度はー」
「そもそも俺は納得してないし、顔がムカつくし自分に自信ありすぎ」
「じゃあ早く行けよ、夕方までに帰って来れなくなるぞ」
どうせうだうだ言っても行かされる。
そう思って、抵抗をやめた。
渋々だけど…
「……はぁ、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば……」
親父が持っていた弓と矢筒を受け取り森の方へと歩き出す。
「今夜、教会で修道女たちの演奏会があるらしいぞ~お前が“大~好きな”ユナちゃんも歌うらしいぞ~」
「う、うっせー!クソ親父!」
森――
村の子供たちの遊び場にもなっているほど、穏やかで安全な場所。
魔物の目撃情報も、ここ三十年は上がっていないらしい。
「思ったより、昔と変わらないな……」
俺もこの森でよく遊んだ。もちろんユナも一緒に。
「追いかけっこに、鬼ごっこ……かくれんぼもしたっけな……」
「ユナが修行を始めた六歳の頃からだったか……この森に来なくなったのは」
昔からユナは“聖女になってみんなを助けたい”と言っていた。
聖女見習いの修行は最初こそ穏やかだと聞くが――
あいつは才能の塊すぎて、修行の強度を上げられたらしい。
それでも、たまに話したり、昼飯を一緒に食べることはできたけど……
「……やっぱり、寂しいな」
ユナは俺よりずっと才能がある。
きっといつか――歴代最高の聖女になるんだろうな。
そんなことを考えながら森の奥へと進んでいるとガサガサと草むらから音がした。
瞬時に弓を構え備える。
この森は比較的安全だが、万が一ってこともあり得る。
「……!」
そして草むらから現れたのは――
「………うさぎ?」
別にこのウサギを獲ってもいいけど……
まだ子供っぽいし……
さすがにこんなにかわいい生き物を狩るなんて――
「無理だな…」
弓を下ろし、軽く息をついた。
「……イノシシでもいればいいんだけどな」
独り言のように呟きながら、森のさらに奥へと足を進める。
その時、突然――バサバサッと羽音が響いた。
驚いたように、数羽のカラスが一斉に木の枝から飛び立つ。
黒い影が空を舞い上がり、森の静けさを切り裂いた。
「……カラスの群れ、か。不吉だな」
思わず呟き、首の後ろをかいた。
気のせいだと思いながらも、胸の奥がざらつくような感覚が残る。
少し進むと、木陰の先に茶色い巨体が見えた。
地面を掘り返し、鼻をひくつかせている――大人のイノシシだ。
牙が地面の草を裂くたびに、土埃が舞い上がる。
大きさは大人の腰ほどもあり、子ども一人で仕留めるには少し荷が重い。
だが、バカ親父に「行ってこい」と言われた手前、何も持ち帰らないわけにはいかない。
「……やるしかねぇか」
ユウマは弓を構え、ゆっくりと息を整えた。
距離はおよそ十五メートル。
イノシシが頭を上げた瞬間、放つ。
シュッ――。
矢は風を裂き、狙い違わず胸を貫いた。
「っしゃ……!」
イノシシは短く鳴き声を上げ、暴れ回ったあと、やがて動かなくなった。
ユウマは慎重に近づき、息を整える。
「……初めてにしては上出来、かな」
安堵の息を吐き、矢を引き抜く。
まさか一撃で仕留めれるとは思っていなかったため、少し驚いたような表情をする。
その瞬間、森の中から――音が消えた。
鳥の声も、木のざわめきも、虫の音すらも止む。
世界が、息を潜めたように静まり返る。
「……?」
ユウマの背筋に、冷たいものが走った。
空を見上げると、太陽はまだ高いはずなのに、森全体が薄暗く染まっていく。
風が変わった。
「……変な天気だな」
だがそんなこと気にせず自分の足跡をたどり、村への獣道を進んでいく。
獣の足跡が入り乱れていたが、迷わず進めた。
その直後――
鼻をつく焦げたような匂いが漂ってくる。
「……まさか」
胸がざわつく。
嫌な予感が全身を貫いた。
弓を握り直し、ユウマは駆け出した。
仕留めたイノシシを抱え上げたまま走り出したが、胸の奥の違和感が突き上げると、身体は反射的に獲物を放り出していた。
少年の足音と獣の重たい体が地面に鈍く落ちる音――ドサッという音だけが、しばらく森に残った。
――焦げた匂いは、村の方角から漂っていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
第2話はユウマの日常、そして小さな“違和感”の始まりでした。
この物語は、少年がすべてを失う物語でもあり、
それでも立ち上がるための“始まり”でもあります。
次回――物語が動き出します。




