6話 義眼台と身の上話
注意:身体にかかわる具体的な描写がございます。
人によっては不快感を感じるかもしれません。注意してお読みください。
また、本編における医学的な描写は全てフィクションです。脚色や架空の設定を多分に含みます。
ユヴェールさんはゆっくりと義眼を外し、机の上に置いてある容器のひとつにそれを入れる。
その義眼は俺のイメージとは違い、球状ではなくいびつな楕円形だった。よく見ると少し薄く、かなりの角度で沿っている。
これが義眼なのかと意外に思い、ユヴェールさんを見ると、口元に手を添えてクスクスと笑っている。
「義眼、思ってたのと違いますか?」
「はい、玉のような形だとばかり」
「皆さん、そう思われるみたいですね。でも、球状だと義眼は上手く機能しないんですよ」
ユヴェールさんは指をピンと立て、口元に笑みを浮かべながら説明を始める。
どこか楽しそうな彼女は、普段と違って左の眼孔に目がなくても、いつもの通り優雅で美しく見えた。
「まず、眼球が常に正面を向いていられるのは、目の奥にある筋肉に繋がっているからなんです。義眼を球状に作っても、向きを固定することができないので、あっちこっちに転がっちゃったりするわけですね」
なるほど、丸のままだと眼孔の中で回転してしまうのか。たしかに、急に白目を剥いたり顔を動かすごとに別の方向に回ったりしたら、見ている人は恐怖を感じるだろう。
見た人を怖がらせてしまうのでは、義眼を付ける意味がない。球状にできないのも当然だ。
「なので義眼を作る場合、はじめに義眼台と呼ばれる土台を眼孔の中に作るんです。するとその上から、義眼を被せるようにして付けられるようになります。見てください、これが義眼台です」
彼女はそう言い、自分の瞼を指で押さえて強く広げる。発言の通り、目の中の皮膚の部分が盛り上がり、義眼がぴったりと被さりそうな形になっている。
俺がひとしきり見終わったのを確認して、ユヴェールさんは義眼を付け直した。
「さて、義眼台の説明は以上です。大丈夫ですか?」
ユヴェールさんの質問に、俺は頷く。
専門的な話も噛み砕いて教えてくれているようで、説明に不足がなく、理解しやすい。当然のことだが、義眼に関する知識が半端じゃないんだろう。
「一口に義眼と言っても色々あります。私の義眼は義眼台に被せるタイプですが、眼球を欠損した方だと、スペースを広く作って半球状の義眼を入れることもあるんですよ」
もともと目が無い人だと、大きめの義眼もいれられるってことか。だとしたら、目を負傷した俺は被せるタイプになるんだろう。
「それで質問なんですが、オーヴィスさんはなぜ、義眼を作らなければならないほどの怪我を負われたのですか?」
うーん、その手の話は避けてきたんだが、ここで話さないわけにはいかないよな。グロテスクな話ではあるが…ユヴェールさんなら聞き慣れているだろうし、問題ないか。
「3ヶ月ほど前の話なのですが、北の方で山賊の集団による、大規模な襲撃があったんです」
「お聞きしています。なんでも、近代最悪の悲惨な事件だったとか」
「ご存知でしたか、その通りです」
ユヴェールさんの言う通り、あれは酷い事件だった。
数百単位の山賊の集団が、近隣の村や街を次々に襲い、人々を虐殺。金品や食料の略奪を繰り返し、地元の騎士団も多くの犠牲者を出していた。
騎士団による大々的な排除作戦が行われ、北部だけでなく、東部騎士団までが大勢駆り出される。
俺も、そのうちの1人だった。北部騎士団長の指示のもと、山賊集団を山ごと包囲。殲滅作戦がなされる。
「そこで起こった山賊との戦闘の時、投げられた短剣にギリギリまで気付かず…」
「では、片目どころか命まで危なかったのでは…」
「一応、避けたつもりだったんですけどね」
あれは確か、死にかけた山賊の1人が投げたものだった。背後からの投擲で、振り向いた時には眼前に迫っていたのだ。比喩ではなく、眼前に。
左目の負傷で俺は戦線を離脱。
その後、騎士団側も負傷者、死者を出しつつも、どうにか山賊集団を壊滅に追い込むに至った。
「それは…本当に、この国のためにありがとうございます」
「いやいや、俺は大したことはしてないですよ。山賊も、残党が多くいたって話ですし」
そう、壊滅はしたが、殲滅には至っていないのだ。散り散りになりながらも包囲を突破した山賊はある程度いて、各地に身を潜めている。現在も騎士団が足取りを追っているそうだ。
「しかし、そうなると状態はあまりよくなさそうですね。というか、回復が早すぎるくらいですよ」
「ええ、地元の医師の方に処置していただいたんです。1ヶ月ほどでほとんど完治していました」
普通の切り傷にしたって、治るのに1ヶ月以上かかることはある。それなのに顔面の、それも目の傷が1ヶ月で完全に止血され、痛みも無くなったのだから驚きだ。
あの時の医者はよっぽどの凄腕だったのだと、今でも感謝している。
そんなことを思いつつ、俺は左目の眼帯の紐を解く。
「それじゃあ、左目の状態確認から、いいですか?」
「はい、眼帯を外す他に何かありますか?」
「いえ、特には。楽にしていてください」
そう言ってユヴェールさんは、手袋をつける。
その手袋がまた不思議なものだった。信じられないほど伸縮性があり、彼女の手に吸い付くようにピッタリとはまった。
表面には謎のツヤがあり、ツルツルとしているように見える。縫い目がなく、とても薄い。材質すらわからないそれは、手の動きを制限している様子もない。
「これ、すごいでしょう?ある木の樹液を特殊に加工したんです」
鼻高々に言っている彼女の口ぶりからするに、それは彼女の発明品のようだ。
「人体に害はないですし、殺菌も完璧なので安心してください。汚れも汗も通しませんから」
…その話が本当ならかなりすごくないか?
パッと思いつくだけでも病人の看病や治療、掃除なんかにも使えそうだ。
ユヴェールさんの技術力に感心していると、ユヴェールさんが椅子から立ち上がり、机をまわって俺のそばに来る。
「ちょっと指で奥まで触れるので、痛かったら言ってくださいね」
「わかりました」
まあ、多少痛くても耐える自信はあるが。自分でもそこに触ったことはあまりないので、どんな感覚なのか、少し気になっていたのだ。
彼女が見やすいように、顔を上に向ける。
瞼が、ユヴェールさんの指でそっと押しのけられた。
肌に触れた手袋の感触は、思っていたよりもずっと優しい。人肌に近い感触で、少し摩擦力が強いようだ。
眼孔がじっと覗かれる。なぜだか気恥ずかしさがありつつ、俺はされるがままに上を向き続けていた。
柔らかい指がゆっくりと瞼の中に入ってくる。特に痛みはないが、内側に当たった指先がやけにひんやりと感じた。
眼孔を探るように指先が動き、ジンと痺れる感触が脳に伝わる。数十秒の触診のあと、ユヴェールさんは指を抜き、手袋を外して左のゴミ箱らしきところに投げ捨てた。
そしてどこからともなく紙とペンを取り出し、ペンにインクをつけて何かをサラサラと書き始める。紙から顔をあげないまま、彼女は口を開いた。
「驚きました、とても綺麗に手術されています」
「そうなんですか?」
「はい、眼球自体が綺麗に取り除かれていて、感染症の心配がありません。術後の処置も完璧です」
へえ…目の専門家と言えるユヴェールさんが驚くってことは、本当に完璧な処置なのか。やっぱりあの人、凄腕だったんだな。
俺が感心していると、ユヴェールさんの顔つきが少し変わった。なんというか、真面目な顔をしている。同業の可能性がある人を見つけたからだろうか?
「確か、北の地方の医師でしたよね?ホークシアで治療を受けましたか?」
「はい、そうですが…」
「やっぱり。多分その医者、知り合いです」
なんだ、そういうことか。『義眼の魔女』の名前は知れ渡っているし、各地に知り合いがいても不思議じゃないが…
なんか違和感があったよな、今の言い方。どうしてだろう。
「というかオーヴィスさん、ホークシアまで行ったんですね。すごく遠いじゃないですか」
「ええ、そういう指示なので」
俺だって遠すぎると思ったし、正直言って面倒だった。しかし、当然だが召集を無視する方が面倒だ。だから俺や上司も同僚たちも、嫌々ながら応じたのだ。
職業の義務以上にあの状況を許せない正義感が強く働いたという話は、恥ずかしいので黙っておく。
「騎士団も大変ですね…馬でも3週間はかかりますよ」
「本当に、キツかったです。作戦ほどじゃないですけど」
「ふふ、それもそうですね」
冗談混じりにちょっと攻めた発言をするが、ユヴェールさんは笑って流す。
「それはそうと、義眼のことなんですが」
「はい」
「処置がよかったので数段階飛ばして、1日あれば義眼台の取り付けができます」
俺さえよければすぐにでも、って感じか。それはありがたい。しかしそれより先に、確認しておかなければいけないことがある。
「ユヴェールさん」
「なんでしょう?」
首をコテン、と傾げる動作が、これまた可愛らしい。ほんと、この人は一々可愛らしいよな。
…って、そうではなくて。
「あの、詳しい料金の金額を、説明していただいてもいいですか?」
そう聞くと、ユヴェールさんは何のことかわからないと言うかのように、パチリとまばたきをした。一種遅れてどういった話か理解したらしく、その顔はなにかを閃いた表情に変わる。
「ああ、、金額ですか、はい。金額…」
なぜか彼女は依頼料の話を想定していなかったらしい。普段はあんなにも冷静で、驚くほど察しがいいのに、こんなところが抜けているから面白い。
彼女には剣も貸してもらったし、いくら払ってもいいと言いたいところなのだが…
こちらとしては、義眼にいくらかかるのかは死活問題だ。多めの金額を用意してきたらよかったのだが、少々額が大きすぎた。
上司から貰った分を合わせてもギリギリだ。少し増額されたら払えない可能性だって出てくる。最悪、ダンカンさんに土下座するなりして差額を貸していただこう。それかユヴェールさんにツケてもらうか。
どっちにしろ最低だが、この村まで来ておいて、何もなしには帰れない。俺はユヴェールさんが優しめの金額を提示してくれることを、心の底から祈る。
「3000トスクでどうでしょう?」
「え?」
思わず気の抜けた声が出る。祈りが天に通じ過ぎたのだろうか。想定していた金額の3分の1にも満たない金額が、確かに彼女の口から発せられた。
「すいません、少し高かったですか?あと少しなら、安くはできるんですが…」
「いやいや、何言ってるんですか!」
その金額でも十分安い。というか安すぎる。
なんだよクソ上司、ビビらせやがって。5桁は確実なんて話はどこに行ったんだよ。
俺の少しオーバーな反応に、ユヴェールさんはビックリしたみたいだ。
「すいません、取り乱して。2、3万トスクは確実だ、なんて話を聞いたので」
「ああ、それは貴族相手の話ですよ。普通のお客様相手にそんな額、出すわけないじゃないですか」
そういえばアイツも貴族から聞いた話だって言ってたか。貴族相手の釣り上げた値段というならそんな価格でも納得がいく。
…ぼったくり過ぎだとは思うけど。
「あ、今ぼったくりだと思いました?」
「う、いや、そんなことは…」
ユヴェールさん、鋭すぎる。
俺は両手を振って否定するが、誤魔化せた気がしない。怪しむような視線が気まずくて、俺は少し目を逸らした。
「貴族の相手は大変なんですからね!余計な装飾ばっかり入れようとするし、気に入らないと代金払わないし…」
ブツブツと文句を呟くユヴェールさん。どうやら貴族に対して並々ならぬ不満があるらしい。まあ、俺も貴族相手にいいイメージはないが。
任務のたびに邪魔なんだよな、あの人たち。困ったら頼ってくるくせに、文句ばっかりつけやがる。
「だから!少しくらい高くとっても仕方ないんです!」
どうやら不満を吐くターンは終わったらしく、ユヴェールさんは珍しくヒートアップしてそう言った。
「そうですね、仕方ないです」
「ですよね!まったく、あのボンボンどもと来たら…」
どうやら過去に一悶着あったらしい。口調も段々と悪くなってきているし、恨みは相当深そうだ。
貴族階級って嫌味な人多いんだよなあ。もちろん腰の低い人もいるにはいるけど、基本的に人を見下したような人間ばかりだ。
それに、最近の貴族は基本2代目3代目だ。成り上がりを嫌う風潮のせいで、平民にに優しい貴族はほとんどいなくなった。ユヴェールさんの言う通り、七光りのボンボンの集まりになっている。
「職人さんって大変なんですね」
「そうですよ、義眼職人も楽じゃないんです!」
「そうですよねえ…義眼職人さんは楽じゃないですよね」
あっ…と、ユヴェールさんの口から声が漏れた。
そう、思い返してみれば、昼間に会った時から、違和感はあったのだ。
義眼職人の『先生』の話が、自分の視点からの話にかわっている部分が、ところどころにあった。
さっきからの話もそうだ。
“知り合いの医師”も、“面倒な貴族”の話も、本来なら義眼の魔女の話のはずだ。ところがユヴェールさんは、自分の話であるかのように語っている。
それに何より、依頼料について話した時。彼女は、誰に相談するでもなく自分で料金を指定した。
たかが弟子がそんなことをするとは到底思えない。
「ユヴェールさん、教えてくれませんか?」
だからわざと、発言を少し誘導した。知的な彼女がこんな簡単に乗ってくれるとは思わなかったが、結果は予想通り。
「なぜ、自分が義眼の魔女の弟子であると、偽ったんですか?」
彼女自身が、義眼の魔女なのだ。
どうも、煮込み昆布です。第6話、楽しんでいただけたでしょうか。
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感想もぜひお聞かせください。
今回は義眼の説明が大変でした。私も調べていて知ったんですが、義眼って球状じゃないんですね。本編での描写が難しかったのです。大きくて分厚いコンタクトをイメージしてもらえたらわかりやすいでしょうか。そこに目の模様がついている感じですね。
ネットで調べた情報なので、どこまでが正しいかわかりません。なにかしらの間違いがあると思います。
医学に詳しい有識者様がおられましたら、是非ご指摘お願いします。
あと、本編の時代設定は歴史でいう1500〜1600年代あたりなんですが、なぜか病原菌の概念が知られています。
これは設定ミスとかではなく、一応理由が決まっている話です。他にもいくつか文明的な発展が早い部分がありますが、いずれ理由が語られるはずなのでお楽しみに。
(ツッコミやご指摘は勘弁していただけると…)
以上、煮込み昆布でした。
追記
ここ数日体調不良で更新が遅れていました、すいません。しばらく間が開くかもしれませんが、できるだけ早く以前のペースに戻す予定です。




