4話 食事
「頭が、痛い…」
ダンカンさんと食事した翌日、俺はものすごい頭痛と不快感でベッドから飛び起きた。
目の前がぐにゃぐにゃと歪み、立っているのも辛い。わかっちゃいたが、酒が全然抜けてないみたいだ。
衣服は乱れて皺がよっていて、眼帯もいつの間にか外れている。ベッドのシーツも床に散らばっていて、部屋の中は大惨事だ。
俺もそこそこ酒に強い自信はあったんだが、流石に飲まされ過ぎた。早めに切り上げようとしたはずなのに、帰る時には太陽は昇りかけ。村の農家さんが畑に出向き始めていたんだから大変だ。
時間感覚が狂うほど飲まされれば、そりゃあ二日酔いも酷いわけで…
「うおぇっ…ヤバ、吐きそう…」
こういう時はアレだ、朝風呂に入ろう。今やってるかはわからんが、水風呂でもいいからさっぱりしてこなければ。
壁に手をつき、ズルズルとつたいながら部屋を出る。ナメクジのような速度で床を進み、昨日の記憶を辿って風呂場に到着した。
震える手で扉を押し開けると、そこには清掃着をつけ、風呂場の床をブラシで磨くマナリーさんがいた。
「あらまあ、酷い顔ねえ!」
フラフラの俺を見たマナリーさんは、ブラシを放り出してこちらに駆け寄って来る。
「大丈夫…では無さそうね、お風呂入りたい?」
「はい…いや、でも…清掃中なら…」
流石にお仕事の邪魔をするわけにはいかないだろう。水場は外にもあるだろうし、そこでとりあえず顔だけでも洗って…
「そんな気遣いしなくていいから!今お湯沸かすから、服脱いで待ってなさい」
「すいません…」
ああ、やっぱり優しいな、おばちゃん…
ていうか記憶が朧げだけど、ダンカンさん俺にどんだけ酒飲ませたんだよ…
全っ然、気持ち悪さが無くならない…
ボサボサの髪に引っかかるシャツを半ば無理矢理脱ぎ捨て、ズボンの紐をほどき始める。指先が震えてなかなか紐に指がかからないが、どうにか緩めてズボンと下着を脱ぐことに成功した。
「ほら、まだちょっと冷たいけど二日酔いの頭にはちょうどいいでしょ!」
「ありがとうございます…」
お礼を言って、湯船に片足を突っ込む。確かに少し冷えているが、この気持ち悪さの中ではむしろ心地よく感じた。
「あぁぁ〜〜…」
声にならない声が出た。
温め始めとはいえ湯船の中、特に下の火に近い方はむしろ温かく、足先からじんわりと温度が伝わってくる。
お湯を少し手ですくってバシャバシャと顔にかけ、強めに擦ると、意識が少しはっきりした。湯船のふちにもたれて、足をぐいっと思い切り伸ばす。
「ありがとうございます、マナリーさん。お掃除中にわざわざ、すみません」
「いいんだよ、お客様なんだから。それにしても昨日は酷い有様だったねぇ」
昨日…というか今日か。正直後半の記憶は特に曖昧で、殆ど覚えていないんだが…そんなに酷かったか。
「見られてましたか、お恥ずかしい」
「他の男どもに比べたらまだマシよ。道端にゲロ吐いていったんだから」
うわあ…それは酷い。一番ダメな酔っ払いのパターンだな。
しかし、俺は吐かなかったのか。偉いな。あんだけ飲み食いしたんだから、限界だったはずなのに。
「アンタも限界だったみたいだけどねえ、よく我慢してたよ」
「やっぱり吐きそうでしたか…」
あぶねえーーー!泊まってる宿の店先でゲロなんてシャレにならないぞ。本当によくやった、昨日の俺。覚えてないけど。
「そういえばアナタ、私がいてもなんとも思わないのね」
「はい?」
「普通、若い男の子なんて少なくとも前は隠すものよ」
言われて気づいた。俺は、女性のいる場ですっぽんぽんになり、それを堂々と晒してお湯に浸かっているのだ。
「すいません、お目汚しを…」
「いや、構わないんだけどね、恥ずかしがらないのが珍しいと思って」
ああ、確かに普通なら多少の羞恥心は感じるか…
「昔、そういう環境にいたので…慣れですかね」
騎士団の寮にいた頃は、こんなのは当然の事だったせいで、今でも特に気になることはない。
寮長さんも世話係の皆さんも女性だったし、こちらのことなどお構いなく風呂にもズカズカと掃除に来る人たちだった。プライバシーなんてあったもんじゃないのだ。
「あらそお?それにしても、なかなかいい体してるじゃない。傷も多いけど」
「まあ職業柄ですかね」
「そこら辺の農夫とか狩人よりよっぽどいい体してるわよ。昨日はあまりわからなかったけど…着痩せするのねえ」
そう言いながら、マナリーさんは俺の体をまじまじと見つめる。
女性がいるのに慣れているだけで、見られても構わないわけじゃないのだが…
気恥ずかしさを感じるが、何か言うのも変なので黙っておく。するとマナリーさんは掃除を終えたらしく、道具を片付け、俺の顔をじーーっと見つめてきた。
「うん、顔色もかなりマシになったわね。私行っちゃうから、出る時にそこの蓋だけ閉めておいてちょうだい。火、勝手に消えるから」
「わかりました、何から何までありがとうございます」
湯船の中ではあるが、彼女に向けてあらためて頭を下げる。
「別にいいわよ。恩を感じるなら美味しいお肉でも狩ってきてちょうだいな」
「はい、是非!」
狩りの経験はあまりないが、ダンカンさんもいる。滞在中に狩りに出て、手頃な獲物を持ってこよう。
そうして俺は、マナリーさんが出た後少しの間、風呂という極楽を堪能した。
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風呂を出た俺は、服を着替えて宿を出る。服の洗濯は宿の人たちがしてくれるらしいので、マナリーさんにお願いした。いたれりつくせりだ。
今の時刻はちょうどお昼頃。隣の酒場でパンを一切れ購入し、広場の場所を聞いてそちらに向かっている最中だ。
ユヴェールさんとの約束の時間にはまだ早いだろうが、彼女を待たせるわけにはいかない。こちら側が先についておくのは当然だろう。
パンを咥えながらそんなことを考え、俺は足を進める。
少し歩くと、広場らしきところが見えてきた。そこはかなり広い空き地のような場所で、中央には噴水が立ち、四方それぞれに道が続いている。
子供達がボールや鬼ごっこで遊んでいる中に、見覚えのある女性が見えた。
「ユヴェールさん⁈」
「こんにちは、オーヴィスさん。思ったよりかなり早かったですね」
それはこっちのセリフなのだが。こちらとしては待たせないように来たつもりなのに、それを上回る早さで到着しているとは…
ユヴェールさんは会った時とほとんど変わらない格好で、長いローブを羽織り、何かが入った皮袋を肩にかけている。
「じゃ、ここで話すのもなんですので、どこかでお昼を食べましょうか」
「え?」
まさか食事をするとは思っていなかったので、少し声が漏れてしまった。ユヴェールさんにも聞こえたようで、少し不安そうな顔をしている。
「あ、もしかしてお腹空いてませんか?」
「いえ、そんなことは無いですが」
食べてない、と言えば嘘にはなるが、パンを一切れ口に入れただけだ。当然のようにお腹は空いてる。
「それならよかったです。あちらのお店が美味しいので、行きましょうか」
彼女が指差したのは、広場のすぐそばにある食堂らしき場所だ。大きな窓が開いていて、中は人で賑わっている。
「一席空けてもらっているので、安心してください」
ユヴェールさんは自慢げに鼻を鳴らし、親指をぐっと立てる。
こういうとこ、可愛いの反則的だよな。大人っぽい印象と対比で余計に可愛く見える。そもそも彼女、いくつなんだ?もしかして普段が冷静すぎるだけで、こっちの方が年相応だったりする?
そんなことを考えながら入ったお店は、年季が入りつつも趣があっていい雰囲気だった。あたりから肉とも野菜ともわからないいい香りが漂ってくる。
店員さんはユヴェールさんを見るとすぐに駆け寄ってきて、空席に案内してくれた。といっても他にも空いている席はいくつかあるので、予約が必要そうには思えないが…
それを言うとユヴェールさんが怒りそうなので、心の中に秘めておく。
「ご注文はお決まりですか?」
「私は魚の煮付けでお願いします」
へえ、魚があるのか。都じゃなかなかありつけない食べ物だったが…田舎の利点はこういうところだな。
「お連れ様はお決まりですか?」
「同じ物をもう一つ、お願いします」
「はい、かしこまりました」
魚。興味があって頼んでみたが、実はまだちゃんと食べたことはない。上司の食事を軽くつまんだことはあるが、あれは確か海魚だったはずだ。この辺りで食べられるのは川魚だろうし、どんな味なのか想像できないな。
「お魚でよかったんですか?」
「はい。あまり食べたことがないので、興味があって」
「それはよかったです。このお店にして正解でしたね」
彼女の言い方的に、ここは魚料理が美味しいお店なんだろう。楽しみだ。
「では、料理が来る前に仕事の話をしておきましょうか」
「はい、お願いします」
「まずは結論というか、肝心なところから言わせてもらいます」
ユヴェールさんの真剣な面持ちに、俺も頷き、顔を引き締めて向き合う。
あらたまって話されると、少し怖いなあ。義眼はお作りできません、とかだったらどうしようか。
それだけで済むならさすがに食事に誘わないとは思うけども、少し様子が仰々しい。
「えっとですねえ…今、先生はこの村にいません」
ふむ、これは…どういう意味なのか。
いないから引き受けられません、ということか?それとも、そちらを訪ねてくれ、どういう意味だろうか。
「えっと、いらっしゃらないんですか?」
「ええ、都の方から依頼を受けて、そちらに出向いています」
ああ、なんだ、一時的なものか。なら戻って来るんだろうけど、問題はどれくらいの期間なのか、だな。長期の滞在を覚悟して来ているが、さすがに年単位で待つとなると、少々厳しい。
「一応、あと数週間で戻って来るんですが…」
なんだ、そのくらいか。それなら全く問題ないな。というかそもそも、義眼の魔女を見つけるためには、数ヶ月はかかると踏んでいた。
その期間がないんだから、むしろ想定より短いくらいだ。
「それくらいなら全然待ちます。問題ないですよ」
「ありがとうございます。それでですね、義眼を付けるために、色々と処置が必要なのは知っていますか?」
「いえ、まったく」
俺は上司に進められて義眼を作ろうと思ったわけで、当然ながら義眼については知らないし、調べてもいない。なんならさすがに調べておけばよかったと後悔しているくらいだ。
それにしても、何かやることがあるのか。まあ確かに、俺も目の中にまだ少し残ってるもんな。そういうのも除去しないといけないはずだ。
「簡単に言うと、義眼を付ける台がいるんです。食事時に見せるものではないので、後でお見せしますけど」
見せるって…そういえば、彼女も義眼だった。すごいな、この距離でずっと話していても全然わからない。
人間離れした色の目のはずなのに、違和感がないのだ。
義眼の下か。確かに、食事時に見せるものではないな。自分の“無い方”だって、今だに見ていて気分が良くないのだから。
「それを取り付けたり、中の余分な、その、モノを取って綺麗にしなきゃいけないんです」
「なるほど」
まあ、型を取って義眼作ってハイ終わり、とはいかなくて当然だよな。
「で、その処置なんですが」
「はい」
「私、できちゃうんです」
「え?」
できちゃうって、その、手術的なことがって話か?そりゃまたすごい話だが…弟子だからできるってことだよな?
彼女がいくつか、詳しくは知らないが、まだ若いのにそんなことまで習っているのか。
「先生が返ってくるまでの時間を無駄にするのももったいないですし、オーヴィスさんさえよろしければ処置だけさっと終わらせちゃいません?」
「それはかまいませんが」
早くなるに越したことはない、という意味を込めてそういうと、ユヴェールさんは驚いた顔をして俺の肩をつかんだ。
「それはなによりです。手術と術後の処置、合わせて1週間ほどですので、ちょうど先生が帰ってくるころになりますよ」
なるほど、それはまた案外短いんだな。
眼球の手術で1週間、経験は無いのでそれがどれほどのものかはわからないが、それが終わればいつも通り。
むしろ義眼ができたら見た目は以前のように戻るのだから、不自由が一つ消えてくれる。確かにありがたいな、義眼。
ただ、その手術に関しては一つ疑問がある。
「手術していただく分には構わないんですが、義眼は作っていただける、ということで大丈夫なんですか?」
「はい。依頼の選り好みとかはしない主義なので」
そうなのか。聞いていた印象とはだいぶ違うな。
もうちょっとこう、気難しい職人気質で、あまり依頼を受けない人なのかと思っていたが…ん?
なるほど、こんな辺境の土地に住んでいるから、そもそも依頼するのが難しいのか。出した依頼は受けてくれるようだし、単に母数が少なすぎただけのようだ。
「であれば是非お願いします。あ、別で料金かかりますか?」
「いえ、そこも含めての義眼製作ですから大丈夫です」
そりゃあありがたい。手術やらなんやらを諸々してもらえなら、あの目が飛び出るような料金もそこまで高く無いのかもな。
「あ、お料理こっちです〜。ありがとうございます」
話が終わり、ちょうどいいタイミングで料理が届いた。
香草の香りと湯気を立ち昇らせ魚が運ばれてきた。丸っこい木の器に入ったそれは、俺が知っている魚より少し大きい。
そして…これはちょっと、なんというかグロテスクだな。切り身で煮込まれているのかと思ったが、そのまま丸ごとなんだな…
この、目の部分が白く濁っているのがなんとも言えない。ユヴェールさんは気にならないのかな?
ちらりと彼女の顔を見ると、ユヴェールさんはケラケラと楽しそうに笑っていた。
「ふふ、初めてだと丸ごとはハードル高いですよね」
「バレましたか」
「顔に出てますよ、バレバレです」
表情には出さないように思ってたんだが、無駄だったみたいだ。俺たちは顔を見合わせて笑い合う。
「大丈夫ですよ、味は美味しいです」
「はい、僕も別に抵抗あるわけじゃ無いです。昔は虫とか食べてました」
「えぇっ?訓練とか、そういう話ですか?」
「そうですそうです、騎士見習いの時に、長期間森で暮らすことがあって」
アレはきつかったな、2度とやりたくない。当たり前のように泥水すすって、木の根を食って生きてたもんなあ。
って、これも食事中にする話じゃないだろ。
「すいません、料理食べる時にこんな話」
「全然、気にしないでください」
そう言って彼女は、魚の身を器用にナイフで切り分ける。そしてひとかたまりをフォークで指し、口元に運んだ。
それを見て俺も同じようにするが、魚が思ったより柔らかく、ほろほろと崩れてしまう。フォークですくうような形になりながら、俺は魚を口に入れた。
「あ、おいしい」
思わずそう言ってしまうほどに、この魚の煮付けは美味しかった。味は薄めでさっぱりしているが、しっかりと旨味がある。昨日は塩辛いツマミばかり食べていたせいか、優しい味が体に染み渡っていく。
煮汁をスプーンで飲んでみると、これまた美味しい。さかなの、味が濃縮されたような、そんな味だ。思わず、付け合わせのパンにスープを吸わせて頬張った。
美味しい。
「美味しいですよね、ここの魚料理」
「はい、紹介してくれてありがとうございます」
お礼を言い、魚の裏面に取り掛かる。たしかひっくり返さないのがマナーだったはずだが、知ったこっちゃ無い。フォークとナイフでひっくり返し、裏面の身を切り分ける。
この魚が他に比べて大きいのかはわからないが、俺にはちょっと足りないみたいだ。最後の一口を口に入れ、俺は食べ終わる。
ユヴェールさんも程なくして食べ終え、カトラリーを置いて水を口に含んだ。
「それじゃ、作業場に行きましょうか」
「はい」
今からすぐに行くのか。
ユヴェールさんって、無駄を嫌う感じがあるよな。でも、今のような料理を食べる時間とか、そういうのはちゃんと大事にしてるって感じもする。メリハリがあるのか、つかみどころがないのか…
不思議な人だ。でも、嫌悪感は欠片もない。むしろ居心地がいい。すごくいい。
5トスクとお手頃なお会計を支払い、二人して店を出る。ユヴェールさんについて広場まで戻ると、あたりがざわざわと騒がしい。
「なにか…」
あったんでしょうか、と言いかけたとき、一人の若い男が息を切らしながら広場めがけて走ってきた。
「みんな!今すぐここから逃げろ!」
男の必死の形相に、広場のざわめきがひときわ大きくなった。しかしそれでも、男の言うとおりに逃げようとする人はいない。
「早く逃げろ!北の道に大猪が出たんだ!」
こんにちは、煮込み昆布です。4話目、いかがだったでしょうか。面白いと思っていただけたのなら、ブックマーク登録やいいね、評価をぜひお願いします。感想もお待ちしています。
タイトルに義眼と入れつつ全然その話に入れなかったので、この回でようやく進んでほっとしています。導入って難しいですね…
トスクという貨幣の単位は当然架空のものなのですが、大体1トスク=100円くらいです。これは最初から決めていたわけではなく、気づいたらそれくらいになっていました。これからも作中で具体的な価値は語られないはずなので、ここで言っておきます。
それではまた、次回。




