序章……(零)【序開と変容】
◇◇◇
最新ゲームにウキウキ、ワクワクだ!
電源を入れ、本体の初期設定への案内。
苦戦しつつ設定を終え、タイトルを選択した。
【New Loading~! New Loading~!
配膳してます! 少しだけ待ってて下さいね?】
はーい! 待ってまーす!
目の前に表示される、可愛らしいフォント。
スローテンポな和楽器のジャズ風BGM。
背景には自然豊かで長閑な街並み。
ローディングの進行状況を示してると思われる数字ボードを運んで来た登場人物達だろう複数のシルエットが、慌ただしく右へ左へと走り回る。
妙に凝った演出を眺めていると、その内だんだんとシルエットは減り、減った人数分だけBGMに加わるハミング。最後に残った一人はボードをそっと廃墟風の建物の塀に立て掛け、その輪郭を薄れさせながら画面の外に走り去ってしまった。
ハミングが止み。放置されたボードのもとに花を咥えた鳥が飛んで来て、その花を添え──。
……てこれ、まだロード画面ですよね?
エンディングとか始まりそうじゃないこれ?
なんだこれは? なんだこれ……?
いや、これは……独創的で良い感じかも?
せっかくだからテンション上げていこう!
──素晴らしい! 素晴らしいぞぉ!!
始まる前から、なんかもう完璧な雰囲気だ!!
プレイヤーを世界観に引き込む完璧な導入だ!!
そこはかとなく鬱ゲーな香りもしてくるが、きっと自分の気のせいだろう! だよね? 泣きゲーだからって鬱ゲーとは限らないよね……?
ふふふっ! ふはははっ!
楽しみだ! 楽しみでしかたがない!!
無垢な人外美少女達との、ほのぼの生活!!
先行レビューからの大まかな内容によると。
女の子の姿で目覚めた記憶喪失の主人公が、植物に覆われゆく退廃的な世界観で人ならざる少女達と喫茶店を営むという内容の泣きゲーらしい。
あぁなんて、心が踊る仮想生活だろう。
──事前情報からして個人的な好みだった!
製作陣の意図で、世界観などを含めた明確なあらすじやキャラ設定が未公開なのも独創的!
和風要素を含む退廃的世界観に儚げなキャラデザや物寂しいBGMが最高にマッチしていて、それになんと言っても登場キャラクターの皆から女の子として扱われる顔に影が差した主人公のコンセプトアートやPVが個人的に超の付くツボでした!
やたら明るい曲調なのに歌詞が悲しくて不穏な別れのテーマソングも気に入ってしまって、発売前に公式がアップしてから日課で聴いているし!
注目の作品タイトルは、
【|閉店前に最高のご注文をどうぞ!《ロスト・ラスト・オーダー》】
…………ん?
あれ、コレやっぱ鬱ゲーなんじゃない?
辛い別れとか、悲しい真実とかあるやつじゃ?
かっ、可哀想なのは……ちょっと勘弁を。
曇り顔や泣き顔もイケるけど。やっぱりさ、女の子は笑顔が一番です! まぁ最終的にちゃんと救われるなら、多少の鬱要素は容認しますがね!
──ともかくっ!!
自分の趣味嗜好に浸れる、理想の世界観。楽しい楽しいゲーム没頭日和がもう直ぐに始まる。
このゲームはVRゲームハードの新型【Priz=n】と同時発売という事で、ついつい発売初日にゲーム同梱(最初から本体にゲームのDL版データ入り)で更に限定資料集にブックレットとアクリルスタンド付きの豪華特別版を購入してしまったぜぃ!!
この特別版は、なんということでしょう。本体であるVRゴーグルに登場人物のケモミミ美少女の顔がデカデカとプリントされた痛々仕様である。
いざVRゴーグルという名のメットを被れば、何本ものケーブルに繋がれたケモミミ美少女フルフェイスメットをした、どう見ても拘束具の『疑似触感再現手袋』と『|腹部各種センサーベルト《きんぞくせいのコルセット》』に『|脚部固定式疑似歩行再現センサー《きんぞくせいのつながれたあしかせ》』を着用した最悪絵面の変態囚人が完成する。そんなんだから、ネット販売でも量販店でも本体が完売御礼の中でこの特別版だけ少し売れ残っているという話で……。
いやまぁ特別版でなくとも、フルフェイスメットをした拘束具囚人姿になるのは仕様だが。
そこは発売前から色々と言われていたし。創作物にある『フルダイブVR』なんてまだまだ技術的にも安全性でもムリな現実で、精一杯に空想を実現しようとした技術者さん達の努力は笑えない。
そう、色々と言われていたハードなのだ。転売を生業とする輩さえ見向きもしないレベルの。なのにこんなに売れてしまうとは思わなかった。ちゃっかり“予約しておいた”自分を誉めてやってもいい。まぁ件の特別版は売れ残ってるんだけども。
発売前の評価は『準備がめんどくさくてやらなくなりそう』『家族が居る奴はできないハード』『絵面がもう通報案件』『そういうプレイでしょ?』『急にトイレ行きたくなったらどうすんの?』『人体実験されてるコスプレ』『VRハードの現行最高進化系拘束具キリッ(笑)』『こうして人類は機械に支配されました』『溢れ出るディストピア感』『とりま35万は高杉さんよ』とか何とか言われてたが、先行体験会などのレビューが公開されるや直前までの超ボロクソ酷評は何だったのか、結局は発売初日に完売御礼の手の平返しである。
友人と暇な会話をしながら、それとなく家電量販店の前まで足を運んで「今日って新型VRハードの発売日らしいなー! あんまし興味は無いけど、どんくらい売れてるか見てみないかー?」と。
店頭でディスプレイが並んでいた、複数のゲーム同梱特別版の一つを指差した自分は「拘束具ハードがほぼ売り切れかよ! 少しだけ興味出た! ならしかたないなー! あの特別版を買うかなー?」と一緒に居た友人に言い訳をしながらレジに向かい“最初から予約していた”特別版を受け取った。
ゲームの事前情報から唯一判明している、主人公が『生まれつきの女の子ではなく、女の子になってしまった誰か』というややニッチな要素が必要かどうかはネットでも意見が割れていたが、でも個人的には必要不可欠です。直前で予約しVRハードごと購入に踏み切った理由です。そういった作品からでしか摂取できない栄養がありましてね。
本当の正体を隠した女の子が、変化した身体に恥じらったり、異性とのスキンシップや歪な関係性に戸惑ったり苦悩したり、身体だけでなく心までが変化して困惑してしまう過程等、それら要素によって描かれるギャップ、シチュエーション、アブノーマルなストーリーに興奮してしまう。しかも作中世界には主人公以外は何かしらの理由で魅力的な人外美少女だけが生息しているという理想郷。間違っても自分が当事者本人には成りたくはないのだが、神の視点からその全てを観測してその運命を弄び、日頃のストレスの捌け口にしたい。
──ふふふっ! 昂ってきたぜぃ!!
でも恥ずかしいから、趣味嗜好は誰にも秘密。
友人にさえオープンにはしてないのだっ!!
そして帰宅後、いかにも興味ありませんよという口振りで。同梱のケモミミ美少女が登場するゲームを遊ばないのはもったいないなぁと。そういったジャンルのゲームは興味が薄くてあまり詳しくはないけど、買ってしまったからには一度は遊ぶしかないかなぁと。そう……電話越しに友人に対して凄くしょうもない言い訳をしてから通話を切り、件の痛々VRゴーグルと拘束具を上機嫌で装着。待ちに待ったゲームの起動をした自分であった。
…………。
我ながら、本音と建前がめんどくさい奴だ。
こんなんだから昔から自分は、身の丈に合わない評価を、つまらない勘違いや誤解を、真実とはまるで異なる解釈やらをされがちなのだ。
しかしそれを今更に改善しようとも思わない。これまで取り繕って来たもの……上部だけの空っぽの人間性、自分の稚拙さや不器用さ、自己嫌悪ばかりで人間不信な本性等を、全て隠し通して明かさない方が社会で上手く立ち回れるならそれに越したことはないから。自分はそういうズルい人間。
まぁズルくて結構、誰にも迷惑はかけない。
自分はこれからもせめて可能な限りの善人でいようと心がけて、人道や倫理から外れない程度に、騙して嘘をついて偽って生きて行くのだろう。
シリアスな話じゃない。ただの戯れ言。
そう割り切っている。割り切ってはいるが。
たまには、日頃のガス抜きをしたくなるんだぜ。
だからゲーム中くらいは、良いだろう?
はっちゃけて、好き勝手に振る舞ってやるぅ!
──くふふふっ!! ふはははっ!!
ちなみに没入感や臨場感を出す為、自分は現在パンツ一丁で例の拘束具一式を身に纏っている。見た目はやはり変態。だが変態ではない。これは公式が推奨している正式な着用方法だ。
さてさて、
ローディング中の自分語りはこれくらいだ。
よしそろそろ100パーセントになるぞぉ!
行くぜぇ野郎どもォ!! 出発だァ!!
……97%、98%で、99%と、完了ッ!!
……99%……99%……で固まる画面。あれ?
99%……99%……99%のままで何秒も経った。
99%で止まってから、徐々にノイズが走る画面。
これも演出? いいや、さすがに違うか?
えぇ何もしてないのに勝手に壊れたァ?!
あれー?! あれれぃーッ!?
ノイズが増してゆき、真っ暗になる世界。
まさか、初期不良とか? そんなー!?
とりあえずVRゴーグルを脱いで、取説を!!
自分はVRゴーグルに手を掛けて、
その時、硝子が割れるような音がした。
世界に亀裂が入り、あらゆる全てが綻んだ。
伸ばした手は何も触れる事はなく、
曖昧になる五感、意識、自分自身の全て。
これはゲームか現実か夢なのか、或いは。
もう何も分からない。何もできはしない。
瞬間、ぐるりと切り替わった世界。
どこまでも広がる青空とそれを映す澄んだ水面。青空と水面が永遠と続く世界の中心に生えた一本の大樹。よく分からない情景が頭の中を流れて行き、やろうとしていたゲームに登場するケモミミ美少女に似た存在に会った……ような気がする。
けれど直後、自分という存在が、濡れてふやけてしまったかのようにあやふやになり、後の事は詳しく覚えてはいられなかった。ただ一つだけ、誰かに何かの選択を迫られた事を除いて──。
◆◆◆
──ハッと、目が覚める。
狭い空間で膝を抱えて眠っていたらしい。
「──ここは? 我は……?」
気が付くと、薄暗い天然の檻の中。
知らない場所。周囲に無数の樹枝と蔓が伸びる閉ざされた空間。喩えるならば樹の虚の揺籃。
何故か生まれたままの姿の自分。肌寒さを感じてしまい、近くに有った毛皮を抱きしめる。すると臀部の先のどこかに触れられた感覚と、同時に柔らかな胸の膨らみに気が付く。そうして、
「な、にが?! 我に女の胸だと?
どういう事なのだ、これはッ──ッ!?」
自分の胸の膨らみを揉み。
つい声を荒らげてしまった。
高く淀みのない、凛とした声を。
「──我の身体に、獣の尾が……?!」
毛皮に意識を向ければ、動かせた。
臀部から伸びるそれは獣の尻尾。
普通の人間には無いものだ。
「──よもや…………っ!?」
無いはずの感覚が有り。
有るはずの感覚が無いのだ。
まさかと思い、股の間に触れる。
そこには有るはずのものが無かった。
ただ慎ましくてなだらかな秘所が存在し。
「──っ、ッ!!!」
驚愕。混乱。困惑。重なる感情の数々。
そもそも自分のものではない身体。
乳房、尻尾。失われた陰茎。
人の身ならざる身体で。
しかも異性の身体。
「……あぁ、何たる、事か──」
頭が真っ白になる。
何もかもが信じられない。
これが全ての序開だった──。
あるコンテストに出そうと書いたのですが、そのままお蔵入りとなっていた作品です。もう一つの投稿している作品のプロトタイプ的なもの。しかしもったいないので多少書き直して投稿。読者様々に面白いと思ってもらえるならば幸いです。( ^ω^ )