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水に取られた ―六月の贄(にえ)―  作者: 大西さん
第一章「水守村」
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第9話 子供たちの遊び

バスが停留所に近づくと、さらに奇妙な光景が目に入った。


子供たちが道端で遊んでいる。


一見、普通の光景。


でも、遊んでいる場所が変だった。


水たまりの周り。


この晴天続きで、なぜ水たまりがあるのか。


しかも、その水たまりは完全な円形。


直径は2メートルほど。深さは分からないが、底が見えない。


まるで、地面に開いた泉のような。


そして、子供たちは水たまりに向かって何かを歌っている。


バスの窓越しに、かすかに歌声が聞こえた。


「みーずーさーまー、みーずーさーまー」

「おーかーえーりーなーさーいー」

「みーんーなー、まーっーてーるー」


童謡にしては、不気味な歌詞。


そして、歌に合わせて、水たまりが脈動している。


大きくなったり、小さくなったり。


まるで、呼吸をしているように。


いや、もっと正確に言えば、子供たちの歌に応えているように。


水が、歌を聞いている。


歌を理解している。


そして、喜んでいる。


そして、子供たちの目。


バスが通り過ぎる瞬間、一人の子供と目が合った。


濁った目。


いや、濁っているのではない。


透明すぎる目。


水を透かして見ているような、底の見えない目。


その瞳の奥で、何かが渦巻いている。


水のように、ゆっくりと回転する何か。


意識?記憶?それとも、もっと別の——


子供が微笑んだ。


その笑顔は無邪気で、でも恐ろしかった。


まるで、私たちの運命を知っているような笑顔。


「気持ち悪い...」


結衣ちゃんが小さく呟いた。


でも、その声には恐怖よりも、別の感情が混じっていた。


羨望?憧れ?


まるで、自分もあの輪に加わりたいような。


確かに、この村は何かがおかしい。


水と人間の関係が、普通ではない。


まるで、水に支配されているような...


いや、違う。


共存している。


ただし、対等ではない形で。


人間が、水に仕える形で。


「終点、水守村です」


運転手のアナウンスで我に返った。


声が震えていた。


早く村を出たいという気持ちが、露骨に表れていた。


私たち三人の他に、老婆たちも降りた。


老婆の一人が、降り際に私の袖を掴んだ。


冷たい手。


氷のように冷たく、そして湿っていた。


まるで、水に長時間浸かっていた手のような。


「お嬢さん」


「は、はい?」


老婆の口元に、私は息を呑んだ。


唇の端から、一筋の水が流れていた。唾液ではない、透明な水が。


まるで、体内に水が溢れているような。


「水を、大切にしなさい」


意味不明な忠告。


でも、老婆の目は真剣だった。


恐怖と、諦めと、そして奇妙な希望が混じった目。


「ここでは特に」


そして、私の持つザックを見た。


いや、ザックの中を見通しているような視線。


まるで、中に入っている鈴の存在を知っているかのように。


「それを持っているなら、少しは大丈夫かもしれないけど...」


小声で呟いて、老婆は去っていった。


なぜ、鈴のことを?


でも、聞き返す間もなかった。


老婆たちは、不思議な歩き方で遠ざかっていく。


歩き方が、変だ。


まるで、水の中を歩いているような。


ゆらゆらと、流れるような歩き方。


足が地面から離れる瞬間、かすかに水音がする。


ピチャ、ピチャと。


そして、歩いた後の地面が、微かに濡れている。


足跡が、水の跡になっている。


人間の足跡ではない、水の足跡。


今朝、アスファルトで見たものと同じ。


この村の人々は、半分水になっているのか。


それとも、水が半分人間になっているのか。


もはや、境界線は曖昧だ。

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