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水に取られた ―六月の贄(にえ)―  作者: 大西さん
第一章「水守村」
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第5話 仲間との合流

新宿駅で香織さんと結衣ちゃんと合流した。


「おはようございます」


「おはよう、美咲ちゃん。よく眠れた?」


香織さんの問いに、曖昧に頷いた。変な夢を見たとは言えない。


「あたし、全然眠れなかった〜。楽しみすぎて」


結衣ちゃんは相変わらず元気だ。ピンクの登山ウェアが、朝の駅で一際目立つ。


でも、よく見ると、結衣ちゃんの様子に違和感があった。


彼女の手元を見ると、ペットボトルを握りしめている。それも、かなり強く。ペットボトルが歪むほどに。


「結衣ちゃん、喉渇いてる?」


「え?ああ、うん。なんか朝から」


そう言って、ペットボトルの水を一気に飲み干した。500mlを、息もつかずに。


「わあ、すごい飲みっぷり」


香織さんが笑ったが、私は不安になった。


結衣ちゃんは、すぐにもう一本のペットボトルを取り出した。


「なんか、いくら飲んでも渇くんだよね。変なの」


そして、また水を見つめ始めた。ペットボトルの中で揺れる水を、じっと見つめている。瞳が、水の動きを追っている。まるで、催眠術にかかったように。


「結衣ちゃん?」


「あ、ごめん。ぼーっとしちゃった」


でも、その目には涙が浮かんでいた。


「どうしたの?」


「分かんない。水を見てたら、なんか...懐かしくて」


懐かしい?ペットボトルの水が?


「ところで、美咲ちゃん」


香織さんが私を見つめる。


「今日、何か違う?」


「え?」


「なんというか...雰囲気が」


確かに、祖母の鈴を持ってきてから、何か変わった気がする。


水の存在を、より強く感じるようになったような。


周りの人々の中に潜む、水の気配を感じ取れるような。


「気のせいじゃない?」


「そうかな...」


香織さんは納得していない様子だったが、それ以上は追求しなかった。


でも、視線は私の首筋に注がれていた。今朝見つけた、水滴型の痣がある場所に。


「御霊山、初めてでしょ?すごくいい山らしいよ」


香織さんが地図を見せながら説明する。


でも、時々言葉に詰まる。まるで、言いたくない何かを飲み込むように。


地図を見て、気づいたことがあった。


御霊山の周辺に、水に関する地名が多い。


水守村、清水峠、滝ノ沢、濁り沢、枯れ沢...


まるで、水の地図のようだ。


そして、香織さんの指が、ある地点で止まった。「大平ダム建設予定地跡」という文字の上で。指が、かすかに震えている。


「このルート、沢を何度か渡るんですね」


「そうね。でも、この時期なら水量は少ないはず」


香織さんの言葉に、なぜか不安を覚えた。


本当に少ないだろうか。


昨夜の雨を思い出す。


天気予報にはなかった雨。


まるで、山が呼んだような雨。


「実は私、御霊山に縁があるかもしれないんです」


香織さんが突然言った。


「縁?」


「曽祖父が昔、この辺りで仕事をしていたらしくて。詳しくは知らないんだけど」


香織さんの表情が少し曇る。


言葉を選びながら、慎重に話している。


「祖母は多くを語らなかったけど、曽祖父は若くして亡くなったって」


「そうだったんだ...」


「だから、一度来てみたかったの。曽祖父が働いていた場所を見てみたくて」


でも、その声には確信があった。ただ「働いていた」だけではない何かを、香織さんは知っている。あるいは、薄々感づいている。


香織さんの言葉に、胸騒ぎがした。


昭和三十二年のダム工事。


まさか...


でも、聞けなかった。


もし本当にそうだとしたら、香織さんは真実を知っているのだろうか。

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