第5話 仲間との合流
新宿駅で香織さんと結衣ちゃんと合流した。
「おはようございます」
「おはよう、美咲ちゃん。よく眠れた?」
香織さんの問いに、曖昧に頷いた。変な夢を見たとは言えない。
「あたし、全然眠れなかった〜。楽しみすぎて」
結衣ちゃんは相変わらず元気だ。ピンクの登山ウェアが、朝の駅で一際目立つ。
でも、よく見ると、結衣ちゃんの様子に違和感があった。
彼女の手元を見ると、ペットボトルを握りしめている。それも、かなり強く。ペットボトルが歪むほどに。
「結衣ちゃん、喉渇いてる?」
「え?ああ、うん。なんか朝から」
そう言って、ペットボトルの水を一気に飲み干した。500mlを、息もつかずに。
「わあ、すごい飲みっぷり」
香織さんが笑ったが、私は不安になった。
結衣ちゃんは、すぐにもう一本のペットボトルを取り出した。
「なんか、いくら飲んでも渇くんだよね。変なの」
そして、また水を見つめ始めた。ペットボトルの中で揺れる水を、じっと見つめている。瞳が、水の動きを追っている。まるで、催眠術にかかったように。
「結衣ちゃん?」
「あ、ごめん。ぼーっとしちゃった」
でも、その目には涙が浮かんでいた。
「どうしたの?」
「分かんない。水を見てたら、なんか...懐かしくて」
懐かしい?ペットボトルの水が?
「ところで、美咲ちゃん」
香織さんが私を見つめる。
「今日、何か違う?」
「え?」
「なんというか...雰囲気が」
確かに、祖母の鈴を持ってきてから、何か変わった気がする。
水の存在を、より強く感じるようになったような。
周りの人々の中に潜む、水の気配を感じ取れるような。
「気のせいじゃない?」
「そうかな...」
香織さんは納得していない様子だったが、それ以上は追求しなかった。
でも、視線は私の首筋に注がれていた。今朝見つけた、水滴型の痣がある場所に。
「御霊山、初めてでしょ?すごくいい山らしいよ」
香織さんが地図を見せながら説明する。
でも、時々言葉に詰まる。まるで、言いたくない何かを飲み込むように。
地図を見て、気づいたことがあった。
御霊山の周辺に、水に関する地名が多い。
水守村、清水峠、滝ノ沢、濁り沢、枯れ沢...
まるで、水の地図のようだ。
そして、香織さんの指が、ある地点で止まった。「大平ダム建設予定地跡」という文字の上で。指が、かすかに震えている。
「このルート、沢を何度か渡るんですね」
「そうね。でも、この時期なら水量は少ないはず」
香織さんの言葉に、なぜか不安を覚えた。
本当に少ないだろうか。
昨夜の雨を思い出す。
天気予報にはなかった雨。
まるで、山が呼んだような雨。
「実は私、御霊山に縁があるかもしれないんです」
香織さんが突然言った。
「縁?」
「曽祖父が昔、この辺りで仕事をしていたらしくて。詳しくは知らないんだけど」
香織さんの表情が少し曇る。
言葉を選びながら、慎重に話している。
「祖母は多くを語らなかったけど、曽祖父は若くして亡くなったって」
「そうだったんだ...」
「だから、一度来てみたかったの。曽祖父が働いていた場所を見てみたくて」
でも、その声には確信があった。ただ「働いていた」だけではない何かを、香織さんは知っている。あるいは、薄々感づいている。
香織さんの言葉に、胸騒ぎがした。
昭和三十二年のダム工事。
まさか...
でも、聞けなかった。
もし本当にそうだとしたら、香織さんは真実を知っているのだろうか。