無職安土桃太郎
はい、また全滅しました。
ループの記憶を持ち越してる私は、
アホブタが真っ二つにされるシーンを
もう何千回と繰り返し見てきたので、
すっかり慣れっこになってます。
ですが、犬飼杏子の主人格にとっては
生まれて初めて目撃する残虐シーンなので、
どうしてもそこで絶望しちゃうんですよね。
そして無意識に時間を巻き戻してしまう、と……。
まあ、どうにもできないことを考えたって仕方ない。
今の私にできるのは、コンビニで酒を呑むことだ。
今回は優雅にワインでも楽しみましょうかね。
ただし残り時間の関係でテイスティングとか無しで、
グビグビとラッパ飲みさせてもらいます。
我ながら行儀が悪いなあと思ってはいますが、
これくらいのペースで飲まないと酔いが回らず、
シラフのまま時間切れになってしまうのです。
そういえば前回は安土桃太郎が社長になったルートを
思い出しながら飲んでたなあ……。
ちなみに社長ルートはあれ以外にも存在しますが、
その中でも一番上手くいってたのを紹介しました。
じゃあ今回は社長ルート以外の思い出を肴に、
優雅なひとときを過ごしてみるのも乙ですね。
「お客様!!
せめて買ってからにしてください!!」
──このルートにおける安土桃太郎という男は、
控えめに言ってガチでマジのクズだった。
どんな経緯なのかは本人同士しか知り得ませんが、
学園生活2年目にして彼はある人物と喧嘩して、
なんとあっさり負けてしまったのだ。
大上隼斗に。
その一件がよほどショックだったのか、
彼は関東魔法学園を自主退学してしまいました。
彼を追って数名の女子生徒も退学していきましたが、
はっきり言って無意味な行動としか思えません。
それから安土桃太郎不在のまま時は過ぎてゆき、
亀山千歳と猪瀬牡丹は無事卒業できました。
私、犬飼杏子は無意味に退学した女子の1人です。
みんなの記憶から彼の存在が忘れ去られた頃、
なんと、私の前に彼……安土桃太郎が現れたのだ。
彼はとても悲しそうな瞳をしていて、
しかも都合良く土砂降りの日だったのも相まって、
まるでずぶ濡れの捨て犬のような印象を受けました。
なんかもう放っておけない雰囲気だったので、
私は彼を家に上げて風呂に入れてやり、
食事を与えて寝床も用意してあげました。
この時の私はフリーターの身分でして、
親元を離れて一人暮らしをしていました。
そんな所に、かつて恋した男性がやってきたのです。
狭い木造アパートの一室に若い男女が揃いました。
この状況で何も起きないわけが……
何も起きませんでした。
翌日、彼は事情を話してくれました。
どうやら彼は借金返済のために一攫千金を狙い、
D7攻略を目指していたそうです。
ですが甲斐晃という人に先を越されてしまい、
これからどうしたものかと悩んでいたようです。
そこでおバカな杏子ちゃんは何を思ったか、
「もう少し休んだ方がいいよ」と、
彼を甘やかす選択肢を選んでしまいました。
好きなだけ私の家に泊まってよし、という意味です。
一体何を期待していたんでしょうね、この女は。
まあ私がどんな見返りを求めていたかは置いといて、
とりあえず彼はお言葉に甘えることにしました。
それから10年間、安土桃太郎はろくに働きもせず、
食べ終わった食器を水に浸けることすらせず、
四六時中ゲームばかりする生活を続けました。
たまに外出することもありましたが、
私が家にいない時に自分で酒やタバコを買ったとか、
パチンコを打ってきたとか、そんな用事のためです。
幼い頃から遊ぶことを我慢してきた反動なのか、
とにかくこのルートの彼は完全に堕落してましたね。
当然、衣食住の面倒は全て私が見ました。
彼が遊びに使うお金も私が工面しました。
昼の仕事だけでは生活を維持できないので、
夜の店で働いてまで彼を支えてやりました。
そんな私の苦労を知ってか知らずか、
彼は私の財布からクレジットカードを拝借して、
何万円もする最新ゲーム機を買ったりもしました。
他にもギターとか限定トレカとかキックボードとか
ビリヤードの棒(※キュー)とか色々やられました。
あんな男とはさっさと別れるべきだよね、と
思い切って友人たちに相談したことがあるんですが、
『あんたたちはつき合ってるわけじゃないでしょ』
と、ぐうの音も出ない正論を返されてしまいました。
そうなんです。恋人とかじゃないんです。
彼は私の家で休んでただけの人です。10年間。
私はブチ切れました。
ご近所さんから苦情が来るくらいには大声で怒鳴り、
泣き喚き、ギターやらなんやらを投げつけながら、
溜まりに溜まった不満を彼にぶつけました。
すると彼は『話をつけてくる』とだけ言い残し、
フラッとどこかへ出掛けてしまいました。
荷物を残したままで。
いや、そういうことされると困るんですよ本当に。
誰となんの話をつけてくるのかわかんないし、
この荷物勝手に処分したら絶対怒るよね……とか、
せめて行き先告げてから出てけよこんにゃろうとか、
私はグチャグチャになった頭のまま出勤しました。
その日、彼は帰ってきませんでした。
タチの悪いヒモの姿が見えないことに安堵する反面、
なぜか無性に寂しい気持ちになったのを覚えてます。
あの頃の私は彼を飼っている気になっていましたが、
どうやら飼い慣らされていたのは私の方でした。
翌日、次の職場の制服に着替えるために帰宅すると、
顔に青アザを作って正座するヒモ太郎がいました。
彼は昨日何があったのかを説明しようとしましたが、
私は仕事に遅刻するわけにはいかなかったので、
その話はまた今度ということになりました。
まあ状況から察するに京都の伯父さんに直談判して、
返済期限を延ばしてもらうように頼んだのでしょう。
私ならぶっ飛ばします、ええ。
とりあえずここで私の取るべき行動は
この寄生虫を駆除することでしたが、
当時の私にはそれができませんでした。
なぜならば、彼が賢い寄生虫だったからです。
彼は自らの生活環境を快適にするために、
宿主の行動を操作できる性質を持つ寄生虫でした。
彼は言ったのです。
『俺、変わるからさ……』と。
チョロい私は、その言葉を信じてしまいました。
それから彼は変わりました。
1日中家に引き籠ってゲームする日が減ってゆき、
ハロワでバイト先を探すふりをしてゲーセンに通い、
タチの悪いことにパチンコ、競馬、競輪、競艇などの
ギャンブルに手を出すようになりました。
まあパチンコやスロットは前からやってますけどね。
ここで1つ疑問が。
以前より出費が激しくなったというのに、
そのお金はどこから湧いてくるんだろう?
私はあの“俺変わるよ宣言”があった日以来、
彼には最低限のお小遣いしか与えてません。
どう計算しても足りないはず。
まさか別の所からも借金を……?
と気になった私は、貴重な休日を潰してまで
彼の行動を観察することにしました。
で、他に女がいました。
しかも私がよく知ってる相手です。
いや、2人が10年以上つき合ってた件は
全然知りませんでした。
私はその女──亀山千歳に文句を言ったのですが、
『あんたたちはつき合ってるわけじゃないでしょ』
と、以前にも言われた正論を返されてしまいました。
もう1人の女──猪瀬牡丹も同じような意見を言い、
更には自分たち以外にも資金提供者が複数存在し、
全員肉体関係アリという事実を聞かされました。
仲間外れは私だけでした。
しかも衝撃的な情報はそれだけではありません。
あの男の借金は10年前の時点で帳消しになっており、
私の家に入り浸っていた理由は、頼んでもいないのに
生活を支えてくれる都合の良い女がいたからでした。
ああ、はい。
言われてみれば確かに。
彼は一度も『〜〜してくれ』と言ったことはなく、
『〜〜したい』、『〜〜が欲しい』、『〜〜が無い』
と、その時思っていることを口にしただけでした。
クレジットカードを勝手に使われた件にしても、
もしも彼が緊急で現金が必要になった場合に備えて
いつでも引き出せるように暗証番号を教えてました。
まあ、要するに私が間抜けだったという話です。
ちなみに顔に青アザを作って帰ってきた件ですが、
ご近所に病気で寝込んでたお婆さんがいたそうで、
その旦那さんの怒りを受け止めた結果なんだそうな。
つまり彼は、大声で喚き散らした私の代わりに
ご近所さんたちに頭を下げて回っていたのでした。
丸一日戻ってこなかったのは、言わば冷却期間です。
で、トドメに彼は既婚者でした。
しかも子持ちです。
私は時間を巻き戻しました。




