安土家の人々
桃之進の住処は安土家の別邸であり、
他の家族とは離れて暮らしている。
当主から疎まれて本邸を追い出された結果だが、
桃之進自身はその方が気楽に生きられると思い、
その件で父を恨んだことはない。
さて、その別邸だが、
ここには23人の女が住み込みで働いており、
男は屋敷の主である桃之進ただ1人だけである。
女たちはどれも戦災孤児や口減らしで捨てられた者、
親の借金のカタとして売られそうになった者など、
その他様々な理由で身寄りの無い者たちであった。
女たちは住む場所と働き口を与えられ、
衣食住に困らない生活を送れることに感謝していた。
しかも屋敷の主は、誠に雅な男である。
端正な顔立ちもさることながら背も高い。
現代の日本人男性からすれば平均以下ではあるが、
当時の身長165cmはまあまあ高い方なのだ。
そんな雅な男がさりげなく頭をポンポンしてきたり、
唐突に壁ドンをサービスしてきたりするのだから、
女たちにとっては非常にスリリングな職場であった。
ちなみに、それらの行為は桃之進のやらかしである。
雅な主の下で働くことができて満足ではあれど、
何も不満が無いというわけではない。
美的感覚のズレである。
「桃之進様
これから当主様とお会いになるのでしょう?
こちらのお召し物になさった方が……」
「いや、これでいい」
「しかし、なんと申しますか……
その衣装は大変派手かと存じます
相手を不快にさせないか心配になります」
「何を言うか
これは俺の一番のお気に入りだぞ?
金銀宝石がふんだんに散りばめられておるのだ、
これほど雅な衣装を見て不快になる者などおらん
誰だって美しい物は好きだろう?」
「たしかに美しい物は好きですが……」
すると桃之進は女の頭にそっと手を置き、
目を合わせながら優しく撫で回した。
こんなことをされたらもう黙るしかない。
ずるいなあと思いつつ、夢心地になる女であった。
安土家本邸へと向かう主を笑顔で見送った後、
女たちはもう1つの不満点を睨みつけた。
鬼島輝夜が屋敷に来てから、もう3年になる。
客人という扱いなので働かせるわけにはいかないし、
そもそも両腕が無いので家事には期待できない。
足底に雑巾を仕込んで掃除に貢献した時期もあるが、
付け外しに人手を必要とし、結局面倒なのでやめた。
よく部屋で歌や踊りの練習をしていることが多く、
それがなかなか見事なので、その道に進んではどうか
と声をかけるも『公にしてはならぬ』とのこと。
ただの趣味にしておくのは非常にもったいないが、
本人が頑なに拒むので、もう諦めた。
さすが良家の生まれだけあって高い教養があり、
女中見習いの童に文字の読み書きや算術などを
教えてくれるのは助かるが、時折奇妙な言葉を使い、
『今の発言は忘れよ』と困惑させられることもある。
何よりも気に食わないのは、
主を独り占めしているという事実だ。
あんな女のどこがいいのか……まあ、顔だろう。
それから物知りで歌舞の才能に秀でており、
身分の低い者を見下さない寛大な心の持ち主であり、
身分の高い者に物怖じせず意見できる胆力があり、
童が好きで、童から好かれ、愛嬌があるからだろう。
クソッ!
勝てる気がしない!
──安土家本邸に到着した桃之進は弟に出迎えられ、
余計な寄り道をせずに当主の間まで直行した。
この家に振り返りたくなるような思い出などない。
桜之進が誕生して以来、厄介者扱いされてきたのだ。
追い出してくれた件には感謝しているが、
それ以外の面で父を尊敬することは終ぞなかった。
「して、父上
本日は何用で?」
さっさと帰りたい。
その気持ちが態度に出てしまっていたのだろうか?
当主は顔を真っ赤にしてプルプルと震えており、
桃之進に対して激怒しているのは明らかだった。
「桃之進、貴様ァ!!
なんだそのふざけた格好は!!
大道芸人にでもなったつもりか!?
この、安土家の面汚しめ!!
恥を知れ、恥を!!」
(やはり嫌われているな、俺は)
当主は当たり前の反応をしただけであるが、
美的感覚が狂っている桃之進には理解できなかった。
「父上、長居するつもりはございませぬ
用が済み次第速やかに退散しますゆえ、
ここは互いの時間を無駄にしないためにも
早々に用件を仰っていただきたく存じます」
要約すると『とっとと話せや』という煽りである。
当主の心象はますます悪くなる一方だが、
男の扱いが下手な桃之進には理解できなかった。
「ふん、まあよいわ
貴様と言い争ったところで得る物は何も無いからな
さっさと退散したがっている貴様に協力してやろう
……あの忌まわしい妖刀を持ってゆけ
今日から首切姫は貴様が責任を持って管理せよ
あれはあまりにも危険すぎる代物だからな
次期当主である桜之進のそばには置いておけぬ
万が一にも、よからぬ事故が起きてはならぬのだ」
「わざわざこんな所まで人を呼び出しておいて、
一体何を言い出すかと思えば……
耄碌するにはいささか早すぎますぞ、父上
危険な呪物を管理するのが安土家の使命でござろう
桜之進とて、それは重々承知しているはず
むしろ安土家の次期当主なればこそ、
その責務を果たす覚悟が出来ているはずだ
父上は桜之進の強さを知らんのか?
そこまで過保護にならずともよいのでは……?」
「貴様に断る権利は無い
これは安土家当主としての命令なのだ
逆らえば、この手で貴様の首を斬ることになる
そもそもあれは貴様が持ち帰ってきた刀であろう
そのせいで何人が犠牲になったと思っておる?
貴様には、事故の再発を防ぐ義務があるのだ」
「ん……犠牲ですと?
それは聞き捨てなりませんな
どういうことなのか詳しく──」
「つい口を滑らせてしまっただけだ、聞き流せ
なんにせよ、もう用件は伝えたのだ
あの刀を持って、さっさとこの家から出てゆけ!」
(横暴がすぎる……)
桃之進は口を噤んだまま立ち上がり、
さっさと当主の間から立ち去ろうとした。
……が、勢いよく襖が開かれたかと思えば、
血相を変えた桜之進が乗り込んできたではないか。
「横暴がすぎますぞ父上ぇ!!
よからぬ事故が起きてしまったのは、
全て父上の管理不足が招いた結果でござろう!!
その責任を兄上に押しつけるなど言語道断!!
恥を知るべきは父上の方ではござらぬか!?」
「ぬっ!?
桜之進、よもや盗み聞きしておったのか!?
行儀が良くないではないか!!
そのような、はしたない真似をしてはならぬ!!
もっと次期当主としての自覚を持てい!!」
「父上、またそんなことを……!!」
と、ヒートアップする弟の前に兄が立ち塞がり、
「まあまあ」と宥めつつ、部屋の外へと押し出す。
後ろの方で父が何かギャーギャー喚いていたが、
どうせ大したことは言っていないので気にしない。
とにかく今はこの場から離れるのが先決だ。
嫌いな相手とは物理的な距離を取るのが正解なのだ。
兄弟は保管庫までやってきた。
桜之進はすっかり落ち着きを取り戻しており、
厳重に施錠された扉の鍵を1つ1つ外しながら
『よからぬ事故』についての詳細を語った。
「最初の事故は5年前……
兄上がその悪趣味な衣装を着始めた頃ですね」
「悪趣味ではない
……って、首切姫が安土家に来たのは3年前だ
何が起きたにせよ、俺には関係無い」
「ええ、仰る通りです
ですがその後の事故に関連する話なので一応……」
「ふむ、ならばよい」
「兄上がその悪趣味な衣装を着始めた頃、
この保管庫から“夢見の宝珠”が盗み出されました
それによって被害が出たという報告は無きにしろ、
その原因が実にお粗末なものでして……
父上が扉の鍵を閉め忘れていたそうです」
「阿呆だな
俺の衣装は悪趣味ではないが、続きを申せ」
「はい
次の事故が起きたのは2年半前、
兄上が首切姫を持ち帰ってから半年後の話です
前回と同じ失敗を繰り返したくなかった父上は、
鍵の数を2つに増やすという対策を施していました
ですが、父上はまた鍵を閉め忘れたのです」
「Wでアホだな!」
「だぶる……?」
「あ、いや、気にするな
いいから続きを申せ」
「はあ、では……
鍵の掛かっていない保管庫に男が侵入しました
ですが今度は呪物を盗まれたわけではなく、
男は首切姫を握り締めた状態で死んでいたそうです
その男は賊ではなく、安土家の下人でした
まだ働き始めたばかりの若者だったそうで、
おそらくは掃除でもするつもりだったのでしょう」
「なんともやりきれん話だな……
して、男の亡骸はどうなった?
手厚く葬ってやったのだろうな?」
「いえ、それが……
当時の記録によれば、
犯行中に病死した賊として処理されています」
「なんて酷い時代だ……
父上の言う『よからぬ事故』とやらは、
その1件だけではないのだろうな」
「ええ、その半年後の話です
父上は鍵を3つに増やしただけではなく、
鍵閉めの作業に同伴させる者を雇いました
ですが父上は監視役がいない時に鍵を閉め忘れ、
運悪く働き始めたばかりの女中が保管庫に侵入し、
首切姫を手にしてしまった彼女は気が狂い、
それを振り回しながら邸内を走り回ったそうです」
「その女中と話がしたい
まだ生きていれば、だが……」
「残念ながら、その時に死亡したと記録にあります
ちなみに監視役の者は切腹を命じられたそうです」
「他の事故もそんなのばかりか?
父上が……否、耄碌糞親父殿が鍵を閉め忘れて……」
「ええ、いかにも
糞親父殿が監視役を担った時期もございますが、
2件のよからぬ事故が発生してしまいました
拙者がそれらの事実を知ったのは今から半年前で、
以降は拙者が鍵を管理しておりまする」
「一応確認しておくが、
お前が管理するようになってから
事故は起きておらんのであろうな?」
「ええ、1件も
1日3回の見回りを欠かさずにこなし、
見張りを置いて厳重に警備しております」
「今まで見張りがいなかったのだな……
よく生き残ってこれたな、安土家……
保管庫には近寄らぬよう言いつけられてきたが、
ここまで杜撰な管理体制であったとは思わなんだ」
「これからは拙者がしっかりせねば……
あいや、待たれよ
やはり拙者ではなく兄上が当主になればよいのです
呪力の制御において右に出る者などおりませぬし、
剣の才があり、頭脳明晰で、堂々としておられる
人の上に立つ者として充分な資質がございましょう
なんとか父上を説得して──」
「よせ、桜之進
俺はそんな堅苦しい生き方を望んではおらぬ
今のささやかな暮らしを気に入っておるのだ
余計な気苦労は背負わず、ただ自由でありたい」
「ささやか……?
大勢の女子を侍らせてやりたい放題としか……」
「桜之進、もっと自分に自信を持て
お前にはお前の強みがある
それを活かせばよいだけの話だ
いつかお前が安土家の当主になった暁には
ただ古臭いだけの無意味な伝統など捨て去り、
お前の望むやり方で安土家を支えてゆけばよい」
「父上の過保護には常々困らされてばかりですが、
兄上の過大評価もどうかと存じますぞ」
「ところで桜之進よ
まだ扉は開かぬのか?
一体いくつの鍵が掛かっておる?」
「全部で17個でございます」
「そうか……
たしかにあの刀は俺が管理した方がよさそうだな」
こうして桃之進は首切姫を持ち帰ったのである。




