表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
進め!魔法学園2  作者: 木こる
屍山血河
50/60

n周目

神楽は落ち込んでいた。

空は雲一つ無い晴天だが、

彼女の心は黒い雨雲に覆われていた。

体調はもう元通りだが、気分が優れない。

今は布団にうつ伏せになることしかできない。

胸が潰れる体勢だそうだが、失う物は何も無い。


ここ最近、サイコメトリーで観た記憶のせいである。

誰だってクソ映画を連続で視聴したら凹むだろう。

できれば1作だって鑑賞したくないと思うのが当然だ。


だが、彼女は観てしまった。

そして知ってしまったのだ。

人の形をした魔物が社会に溶け込んでいる現実と、

安土桃太郎が歪んだ人間に育ってしまった原因を。


あれから彼とは一言も交わしていない。

こちらから電話やメールを送ることはせず、

それは向こうも同じであった。

彼は元々必要最低限の連絡しかしない男ではあるが、

あれを観た後ではさすがに気落ちしているはずで、

今はお互いにそっとしておくべき時期なのだ。


そんなことを考えていると、部屋に母が入ってきた。

父と同じく、ノックもせずにだ。

女同士でもプライバシーは守るべきだと思うが、

今は怒る気力すら湧いてこない。

さっさと用件を伝えて部屋から出ていってほしい。


「神楽

 あんた今度は一体何をやらかしたの……?」


「ええぇ……」


げんなりする。

母は怒っているのではなく、呆れている。

いつも問題ばかり起こす娘だと思っている証拠だ。

実際その通りである。

つい先日、予約制の高級宿に飛び込みで宿泊し、

部屋で突然喚き散らして追い出されたばかりだ。

まあ、仲居の中井さんが強引に誘ってきた結果なので

神楽がお咎めを受けることはなかったのだが……。

とりあえずその件ではないのだろう。解決済みだ。


「なんか安土製菓の社長さんから電話が来てね

 迎えを送るから、本社に来てほしいそうなのよ

 とにかく今すぐ着替えて準備しておきなさい

 お母さん、二つ返事でOKしちゃったから」


「勝手に何してくれてんの……

 ってか、安土製菓?

 いや、心当たりは無い……はず」


「あんた、桃太郎君とデキてるんでしょ?

 きっとその件で呼び出されたんだと思うけどね」


「えっ……はああ???

 ちょ、いきなり何言ってんの……

 そんな事実は一切無いから!!

 お母さんまでデマに惑わされないで!!

 10代の乙女のように目を輝かせないで!!」


「あらあら、うふふ

 べつにいいじゃないの、恥ずかしがらなくても

 10年の歳月を経て初恋の相手同士が再会したのよ?

 これで何も起きないわけがないじゃない!」


「えっ……?

 んんんんん???」


混乱……混乱である。

母が何を言っているのか理解できない。

再会?初恋?

意味がわからない。

全く意味がわからない。


そうこうしていると父がノックもせずに入室し、

「なんか家の前にリムジンが停まってる」と言うので

神楽は急いで着替え、その場から逃げ出した。




安土製菓本社に到着した神楽は

犬亀豚の3人と合流し、ますます混乱する。

どうやら魔物の討伐依頼で集められたそうだが、

それなら近場の日本魔法学園に依頼するのが筋だ。

なぜわざわざ関東魔法学園の生徒に……?


しかも学園職員を通さない個人依頼ときた。

しかもしかも、依頼主はあの安土桜夜である。

桃之湯事件の映像では常識人のように見えたが、

その後、安土桃太郎を借金地獄へと導く悪党なのだ。


神楽は鬱憤をぶち撒けた。

「この偽善者!! 詐欺師!!」

その発言が決め手となり、安土桜夜は黙り込む。

少し言いすぎてしまったかもしれないが、

誰かが言ってやらねばならないと思ったのだ。

それが自分の使命であると、神楽は誓ったのだ。


神楽は、あの少年を救いたいのである。


しばらくすると社長室の固定電話が鳴り、

安土桃太郎が無間ダンジョンに向かったのだと知る。

そこは魔物となった安土桃之進が待つ決戦の場──

運命の終着点である。


7月31日。

とうとうこの日が来てしまったのだ。




ほどなくして安土と合流を果たす。

場所は第7層の出口付近、一歩先はラストフロアだ。

ギリギリ間に合った。

愚かな行為を止めることができた。


神楽は安土の頬を引っ叩き、説教しようとした。

だが、先に口を開いたのは安土だった。


「……俺が間違っていた

 本当にすまない」


そうだ。間違っている。

その間違いだけは犯してはならない。

そんな感じの説教しようとしたが、邪魔が入る。


「安土君……うん、私は安土君を許すよ!」

「私も許してあげるわ、チェリー」

「ほんならウチも許したるわ〜」


神楽は眉をしかめた。


……いや、許したらダメだろう。

安土は今、自殺を考えているのだ。

運命の日が訪れる前に自分1人が死ねば、

前周の通りにはならないとでも思っているのだろう。

あの3人はわかっていない。

まずはあっちを説教するべきなのか……?


そう迷っていると、ある事実に気づく。

安土も眉をしかめているのだ。


「あいつら本当に邪魔だな……

 神楽、少し向こうで話せるか?

 帰還してから相談するつもりだったが、

 今この場にお前が来てくれたのは都合が良い」


「帰還してから……?

 えっ、あんた死ぬつもりだったんじゃ……」


「お前は何を言ってるんだ?

 まったく冗談じゃない

 こんな所でむざむざ無駄死にしてたまるか

 俺はただ、視察しに来ただけなんだが……」


神楽は恥ずかしさのあまり、

変な汁が出そうになった。




2人は場所を移して会話を再開する。

他のメンバーからは見えない位置へと移動したのだ。

コソコソと内緒話をするために移動したのだ。


イチャつくためではない。

イチャつくためではない。


「まず、妙な勘違いで叩かれた件だが……

 まあ許そう

 俺には自殺しそうな雰囲気があるらしいからな

 お前が変な勘繰りをしてしまうも無理はない

 あんな記憶を観ちまった後なら尚更だ」


「あ、それは……うん

 それでも謝っておくわ

 ごめんなさい

 ……んで、あんたの間違いって何よ?」


「運命を変える方法だ」


「大問題じゃない」


「ああ、まったくだ

 俺たちは首切姫に宿った記憶を参考にして、

 前周とは違う行動を取って結果を書き換えてきた

 だが、そこに落とし穴があった」


「だけど、そうするしかないでしょ?

 悲惨な未来を知っておきながら、

 何もしないわけにはいかないしねぇ」


「その『未来』の認識が間違ってるんだ

 俺たちが観てきたものは全て前周での出来事──

 結局は過去の記憶でしかない

 ……今が何周目の世界なのかはわからないが、

 とりあえずこの現在の周回を“n周目”としよう

 そしてサイコメトリーの対象はn-1周目の記憶だ」


「あ、そのことで報告があるんだけど

 ……って、話の腰を折っちゃダメよね

 まずはn周目の件に集中しましょう」


安土がフッと笑い、神楽もニヤリとする。

2人の間では、ある会話が交わされていた。

お互い言葉にせずとも通じ合っていたのだ。


「それで、これは以前何度か言った台詞だが、

 『俺たちは同じ時間を繰り返している』

 つまり、次の周回もn周目ということになる」


「次周で観る記憶もn-1周目の記憶になるのね

 あたしたちがn周目の記憶を観るためには、

 n+1周目の世界に行く必要があると……

 そんな方法あんの?」


「ある

 今までは過去に起きてしまった出来事を

 漠然と眺めて結果を書き換えるだけだったが、

 これからは自分たちの手で過去を作り出すんだ

 その結果を書き換える作業自体は変わらないが、

 そこに“未来を切り拓く意志”を介入させることで

 この先の運命に影響を与えることができるだろう」


「自分たちで過去を作る……

 って、具体的にどうすんのよ?」


「首切姫に現在の状況を記録すればいい

 ただし、感情や感覚だけを残しても意味が無い

 伝えたい情報をはっきりと言葉にするんだ

 その映像を次周の俺たちに鑑賞させて、

 今周の俺たちが選ばなかった選択肢を選ばせる

 すると運命の分岐点が発生する

 その分岐の中で最良の結果になる道を辿った先が、

 俺たちの目指す未来──」


「n+1周目の世界ってわけね」


「そういうことだ

 ちなみに、その未来を実現するには

 “時間逆行能力者を特定して能力の使用を阻止する”

 という難題をクリアする必要がある

 それを踏まえてのn+1周目だと思ってくれ」


「そりゃたしかに難題だわね……

 とりあえず早速やっちゃいましょうか

 名付けるなら『ビデオレター作戦』かしらね?」


「ああ、それで行こう

 あまり時間をかけたくないから手短にな

 あいつらを待たせすぎると変な勘繰りをされる」


「ええ、そうね

 ところで、この会話って前周にもしてるはずよね?

 まずはその時の選択肢を確認するのが先かしら?」


「ああ」


安土はその場で首切姫を構え、

背後から神楽が抱きついて両手を重ねる。

そして上映会を開始……はせず、

ごく短時間のビジョンを再生することに集中した。



『俺たちはこのまま引き返す

 安土桃之進の解析データは得られないが、

 それは後日、邪魔者がいない時にやればいい』



賢明な判断である。


「だが解析データ無しで挑んだ結果が、

 俺たちが最初に観た悲惨な結末なんだろうな」


「ここは多少リスクを背負ってでも、

 ラスボスの情報を持ち帰るべきってことね!」


愚かな選択である。






──最深部に突入した冒険者たちは、

その異様な光景に目を奪われる。


一面に生えたススキがサラサラと風に揺られる中、

黒薔薇の装飾を施された刀を構えた男が立っている。

金銀宝石を散りばめたギンギラギンな衣装──

彼こそがこのダンジョンの主、安土桃之進である。


だが、それより先に冒険者たちの目を引いたのは、

決戦の場上空に浮かんでいる見事な満月であった。

それを見ているとなんだかふわふわした気分になり、

頭にモヤがかかったように何も考えられなくなる。

そしてマラソンをした後のような疲労感が押し寄せ、

少しばかりの眠気が戦闘意欲を減衰させるのだ。




冒険者たちの思考能力は著しく低下していた。

それを本人が自覚できないという点が厄介である。


「お前ら、気を抜くなよ

 あいつは完全に俺の上位互換だと思え

 俺が使える剣技は全て……いや、

 確実にそれ以上のものを持ってるだろうな

 距離が離れていても安心はできない

 とにかくまずは様子見だ」


リーダーは戦う道を選んでしまった。

理由は単純、目の前に敵がいるからだ。

しかも相手は安土桃之進。

とうとうこの日が来たのだ、と勘違いしたのである。

メンバー構成に不自然な点は見当たらない。

卒業後も活動を共にしようと思っていた連中だ。


だがまあ、様子見という選択肢は悪くない。

余計な行動は控え、敵の観察に徹する方針だ。

それが事前に2人で打ち合わせた作戦でもあった。

残念なのは、本当に観察に徹してしまったことだ。

リーダーは解析魔法(アナライズ)を使わなかったのである。

以前にも犯したミスをまたやらかしたのだ。


そうやって雅な剣士をただ眺めて過ごしていると、

お馬鹿トリオが何やら金の話で盛り上がり始めた。

どうせ暇なので彼女らの会話に耳を傾けてみると、

どうやらあの敵を倒せば10億円が手に入るようで、

そんな情報は知らないリーダーは首を傾げる。

そこで少し頭を整理し、真実を導き出したのだ。


自分たちは今、混乱の状態異常にかかっている。

その事実に今頃気づいた自分が情けない。

リーダーは刀を地面に強く突き立て、自分を責めた。


「なんでだ……

 気を抜くなと言ったばかりだろうが……

 普段のお気楽なザコ狩りならまだしも、

 これはボス戦……ラスボス戦なんだぞ?

 それも、恐ろしく強いことが判明してる相手だ

 少しの油断が死を招くと、なぜわからない?

 どうしてわからなかったんだ……?」


あの満月のせいである。

そう確信し、二度と同じ手には乗らないと誓って

仲間たちに撤退の指示を出した。

ただし自分の思考能力が低下していた件は伏せて、

あくまで仲間割れを防ぐためという(てい)を装った。


仲間たちが撤退の準備をしている中、

猪瀬牡丹の様子がおかしいことに気づく。

これもリーダーのミスが招いてしまった結果だ。

刀を地面に強く突き立てたのがいけなかった。

その音が、彼女の心の闇を解き放ってしまったのだ。


そして惨劇が始まる。


猪瀬牡丹、胴体を両断されて死亡。

亀山千歳、首を刎ねられて死亡。

安土桃太郎、細切れにされて死亡。

鬼島神楽、胸を貫かれて死亡。


ただ1人生き残った犬飼杏子が隠された能力に目覚め、

そしてまた時は遡る……。






死の運命に抗おうとした者たちは、

前周の自分たちと全く同じ行動を取っていた。

サイコメトリーを利用した結果の書き換え──

それ自体が改変することのできない過去なのである。

しかし、彼らはそうするしかない。

他の選択肢が用意されていないのだ。

それがこのn周目の世界に定められた筋書きであり、

これまで幾度となく繰り返されてきた運命である。

そして、それはこれからも続くのだ。


何度も。

何度でも。


永遠に──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ