純粋なる悪
それは夏休みに入る直前の出来事であった。
神楽は疲弊していた。
連日の上映会で大量の魔力を消費し続け、
その回復が間に合っていなかったのだ。
彼女には心休まる時間が必要である。
神楽本人はまだまだやれると意気込んでいたのだが、
安土が出した司令は『MP使うな』。
まあ、たまにはゆっくり休めということである。
その日はよく晴れた日曜日、
照りつける夏の日差しが肌に痛いものの、
休日を過ごすには不足無い1日だった。
日本の夏ゆえに湿度が高く蒸し暑いのが難点だが、
それでも絶好の行楽日和であったと言えよう。
神楽は特に目的も無く、ただ街をぶらついていた。
女子寮の自室でゴロゴロするのでもよかったが、
せっかくの休みを無為に過ごすのでは味気ない。
そう思い立ち、最寄りの駅から3つ先まで足を運び、
知らない街の探索に時間を費やしていたのだった。
果たして収穫はあった。
初めて入るロヂャースで購入したメンチカツ弁当。
これが大変美味であったのだ。
それを食す前には(300円以下の弁当なんて……)と
疑心に満ちていたのだが、いざ実食してみたところ、
一瞬で全ての偏見が吹き飛んだのである。
次回はアジフライ弁当を試してみよう。
そう心に誓い、神楽は公園のベンチを立った。
その時、公園に刈り上げ頭の大男が駆け込んできた。
ツーブロックというお洒落な名称もあったはずだが、
彼の醜悪な人相にそれは似合わない。
もういっそ“刈り上げデブ”でいいだろう。
デブに続き、推定10歳前後の男子が2人やってくる。
彼らは全員憎たらしい顔でゲラゲラと笑っており、
これは偏見だが、育ちの悪い連中であると確信した。
神楽は手元のゴミを廃棄したかった。
しかしゴミ箱は公園の入り口付近に設置されており、
あの連中には近づきたくないので動けない。
連中が立ち去るのを待つか、諦めてゴミを持ち帰るか
迷っていると、意外にも連中は速やかに立ち去った。
今のは一体なんだったのか……そう疑問に思いつつ、
神楽はそそくさとゴミ箱の設置場所へと移動する。
いざ目的を果たそうとゴミ箱の中に目をやると、
そこにはある物が捨てられていた。
トレカ──トレーディングカードの略称。
それがケースに収められた状態で捨てられている。
未経験者の神楽にはトレカの価値などわからないが、
どのカードも傷や汚れがあるわけではないので
大切に使われていたであろうことは察しがついた。
あの連中はこれを捨てるため公園に立ち寄ったのだ。
……なぜ?
意味がわからない。
それはいかにも男子小学生が好みそうな遊具であり、
もしそれに興味が無い、あるいは飽きたのだとしても
友達にあげるなり売るなりするのが第一だろう。
わざわざ公園のゴミ箱に捨てる必要があるだろうか?
しかも連中はゲラゲラと笑っていたのだ。
何が面白いのか理解できない。
それに、どのカードも綺麗な状態なのだ。
育ちの悪い連中が物を大切に扱うはずがない。
サイコメトリーを使えば疑問を解消できるだろう。
だが、育ちの悪い連中の過去など知りたくもない。
それに今日はMP無消費デーなのだ。
赤の他人のどうでもいい過去を知る目的で、
貴重な魔力を無駄遣いするべきではない。
しかし、神楽は能力を使用した。
なんだか嫌な予感がしたからである。
この件を放置してはならないと直感が告げたのだ。
──今から1時間後、この公園で勝負が行われる。
無論、トレカによる1対1のカード勝負である。
1人は熱い魂を瞳に宿す男子小学生、並木一真。
もう1人はさっき公園で見かけたデブ、谷口純平。
てっきり彼は保護者か何かだと勘違いしていたが、
なんと、カズマ少年と同じく男子小学生であった。
とにかく2人の少年が向かい合っている。
一方は至って普通の少年、もう一方はゲヘゲヘと
いやらしい笑みを浮かべる刈り上げ頭の肥満児。
どちらが主人公で、どちらが悪役かは一目瞭然だ。
だが、今回の主役は刈り上げデブらしい。
サイコメトリーの仕様上、仕方のないことだ。
対象物にまつわるエピソードに関わった人物の中で、
最も強い想いを残した者が主役に抜擢される。
その感情もしくは感覚がなんであれ、だ。
『お〜い、カ〜ズ〜マ〜く〜ん!
さっさとデッキ出〜し〜な〜よ〜!
こっちはとっくに準備出来てんだからさ〜!
ぼくの貴重な時間を奪わないでくれますか〜?』
ああ、憎たらしい。
やっぱり思った通りのクソガキである。
30代半ばのおっさんのような顔立ちをしているのに、
甲高い声だけは年相応なのも無性に腹が立つ。
『そうだぞ並木ぃ! この時間泥棒が!』
『せっかく観に来てやったってのによー!』
取り巻きまで憎たらしいクソガキ共ときた。
こいつらもさっき公園で見かけた奴らである。
類は友を呼ぶ。クソガキフレンズだ。
『そんなこと言われても……
メインのデッキ、どっかに置き忘れたみたいでさ
ランドセルに入れてたはずなんだけどなぁ……
とにかく急いで探さなきゃ!
勝負はまた今度ってことにしようぜ!』
ああ……そういうことか。
まともに勝負したらカズマ少年には勝てないから、
このデブは対戦相手のカードを盗んで捨てたのだ。
なんたる卑怯者……人間の屑としか言いようがない。
激しい怒りが込み上げる。
が、この記憶の主役は刈り上げデブだ。
主役の感情が強制的に神楽の中へと流れ込んでくる。
サイコメトリーの嫌な仕様である。
このデブは歓喜している。
それも大歓喜と呼べるほどに心を躍らせている。
計画通りに事が運び、至上の喜びを感じているのだ。
『おやおや、逃げるつもりなのかな〜?
そんなにぼくに勝つ自信が無いのかな〜?
きみって全然男らしくないね〜?』
『いや、違うってば
お前とは初めて勝負するし、全力で戦いたいんだ
でもメインのデッキが手元に無い
たぶん家か学校にあると思うんだけど……
とにかく今日中になんとか見つけるからさ
勝負は明日、学校ででもいいだろ?』
『ハイ、うーそーだーねー!!』
『逃げんな卑怯者ー!!』
散々な言われようである。
勝つ自信が無いのはどちらか、卑怯者はどちらか、
神楽には全てお見通し……なのだが、
それをカズマ少年に伝えられないのがもどかしい。
そして強制的に悪役の感情が流れ込むのが鬱陶しい。
『このぼくがわざわざ来てあげてやったのに、
これじゃあなんにもならないじゃん!
どうしても逃げたいならそれでもいいよ?
だったら、せめて負けを認めなよ!
男らしくないよきみは!』
『だから逃げるとかそういうことじゃなくて……
ハア…………
それじゃ俺の負けでいいよ、もう
用件も伝えずに人を呼び出した挙句、
逃げんなとか男らしくないとかなんなんだよ……
だからお前とは関わりたくなかったんだよ……』
彼らは勝負の約束をしていたわけではないらしい。
そして、この刈り上げデブは嫌われているようだ。
……まあ当然だろう。
『カズマ君があああ!!!
負けをおおお!!!
認めましたあああ!!!』
突然デブが叫び、神楽とカズマ少年は困惑した。
デブの取り巻きは待ってましたと言わんばかりに
ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら飛び出し、
カズマ少年の左右に回り込んで両腕の自由を奪う。
『なっ、なんだよお前ら!!
やめろ!! 離せ!!』
『うっせえザーコ!! お前は負けたんだよ!!』
『おとなしく罰ゲーム受けろよな!!』
『なんだよ罰ゲームって!?
そんなの聞いてないぞ!?
お前らいい加減にしろよ!!』
力ずくで押さえ込まれるカズマ少年に対し、
刈り上げデブはグハハハとおぞましい笑い声を出す。
そしてカバンの中から小型の機械を取り出し、
スイッチを入れたり切ったりして存在感を強調する。
ヴィーン!ヴィーン!ヴィーン!
するとカズマ少年の顔がみるみると青褪めてゆき、
デブの心は果てしない幸福感で満たされていった。
バリカン。
それは主に毛髪の処理に使われる道具であり、
刈り上げデブはそれで髪型を整えているのだろう。
……。
この刈り上げデブはこれから、
カズマ少年の頭髪を無理矢理剃ろうとしているのだ。
『やっ、やめ……やめろおおおおお!!!!!』
少年の抵抗虚しく、処刑は執行されてしまった。
『ぶっははははは!!
何これ……なんだこれぇ、超ウケるんですけど!!
河童ぁ!!
完全に河童じゃん!!
ハゲ!! 河童ハゲぇ!!
きみさあ、そんな髪型して恥ずかしくないの!?
ひゃはははははは!!
ぼくだったら恥ずかしすぎて自殺しちゃうね!!』
『ザビエル!! ザビエルだよこいつ!!』
『本物のトンスラなんて初めて見たぜ!!』
クソガキ共の興奮は冷めやらない。
手を叩きながら、指を差しながら、腹を抱えながら、
カズマ少年の無残な姿を涙目で嘲り笑っていた。
デブは“ザビエル”や“トンスラ”の単語を耳にしても
ピンと来ない様子だったが、とにかく楽しかった。
今、目の前に面白い髪型をした人物がいる。
その事実がどうしようもなく楽しかったのである。
『なんでこんな……
こんなことするんだよ……
どうして、こんな酷いことができるんだよ……
俺がお前らに何をしたって言うんだよ……』
怒り。悔しさ。絶望感。無力感。
カズマ少年の心は今、グチャグチャになっている。
それは誰の目にも明らかである。
彼がサイコメトリーの主役ではないにせよ、
神楽には少年の心情が深く理解できた。
『きみが負けたからですぅーーー!!
ぼくが勝ったからですぅーーー!!
負けた方が悪いんですぅーーー!!
勝った方が偉いんですぅーーー!!』
理解できない。
サイコメトリーの仕様上、デブの感情は把握できる。
しかし納得はできない。許せない。
絶対に許してはならない。
このデブには人間の心が無いのだ。
人類に仇なす敵──魔物である。
『ほら、記念撮影してやるよハゲ!!』
『隠してんじゃねーよハゲ!!』
そして容赦の無い追撃が始まる。
カズマ少年は必死に抵抗を試みるが、
2人がかりの暴力には為す術もない。
その光景を大笑いしながら見ているデブ。
地獄は存在したのだ。
『クラスのみんなに送〜〜〜っ信!!』
『なら俺は世界中に公開してやんよ!!』
『やめろ!! やめてくれよ!!
お前ら一体……何が楽しくてやってんだよ!!!』
『お前の頭が笑えるからだバ〜カ!!』
『有名人になれるんだぜ!? 感謝しろよな!!』
『やめっ…………うわあああああ!!!!!』
地獄だ。
地獄しかない。
子供は天使などではない。
少なくともこいつらは絶対に違う。
ろくな子供ではないのだ。
ろくな大人になるはずがない。
こいつらには罪悪感というものが備わっていない。
人間が生きる上で必要最低限の感情が欠落している。
ただ楽しいのだ。
ただ己の欲望を満たすためだけに生を貪っている。
自分が面白おかしい気分になれればそれでよい。
他人の不幸こそが何よりの幸せだと思っている。
そんな歪んだ価値観に基づいて時間を浪費する何か。
生まれついての邪悪。
必要悪でもない、ただの悪。
悪魔だ。
『こら、こんな所で何してるの純ちゃん!』
ここで新たな登場人物が現れる。
『あ、ママ……』
デブのママもまた、デブであった。
そのデブママはデブに近づき、
デブの頭を軽くコツンと叩いたのだ。
『もうすぐ塾のお時間でしょ?
お友達と遊ぶのも大事だけど、
お勉強も頑張らないとメッ!よ?』
『はぁ〜い、ママぁ……』
デブはデブママに手を引かれ、公園を後にした。
それに続き、取り巻き共がへへへと笑いながら退散。
現場には悔し涙を流す少年だけが取り残された。
この瞬間の感情だ。
カズマ少年が味わった屈辱…………ではなく、
刈り上げデブの中で芽生えた強い怒りである。
頭を叩かれた。
それがどうにも許せなかった。
力の強弱の問題ではない。
いつもは優しいママがいきなり殴ってきた。頭を。
ぼくは何も悪くないのに。ただ遊んでただけなのに。
しかも、取り巻きたちが見ている前でだ。
恥をかかされた。楽しい気分を害された。
これは虐待だ。訴えてやる。
今日からこの女は敵だ。
いつか絶対に殺してやる。絶対にだ。
…………。
まあ、逆恨みである。
誰がどう見ても完全なる逆恨みである。
そう思わないのは本人だけである。
その理不尽な怒り──殺意が込められていた。
公園のゴミ箱に捨てられていたトレカには、
谷口純平の強烈な殺意が宿っていたのだ。
神楽はこのクソガキの企みをぶっ潰すと決めた。
──急いでロヂャースに引き返した神楽は
栄養ドリンクとMPポーションを大量に購入し、
再び公園のベンチに座ってがぶ飲みを敢行。
用法・用量を守った飲み方ではないので
内臓への負担が心配されるが、今は緊急事態だ。
イベント発生まで、あと30分を切っている。
それまでに最善手を導き出さねばならない。
まず真っ先に思いついたプランは“先手必勝”。
要は連中を発見次第全員ぶっ飛ばすつもりでいたが、
それだと神楽1人が悪者になってしまう。
まだ何もしていない小学生を殴ってはいけない。
他にプランが何も思いつかないため、
ここでサイコメトリーを発動。
神楽は穏便に事件を解決するための方法を探った。
前周の記憶はもう消化してしまったので、
前々周、前々々周と遡ってトレカに宿る記憶を
掘り起こし、攻略のヒントを入手しようとしたのだ。
そして新たな試みを実行。
画面を分割して同時上映しようという作戦だ。
時間短縮になるし、その方が作業が捗るのである。
マルチタスカーの強みというやつだ。
2分割、4分割、8分割、16分割……これが限界か。
そして更に倍速再生。2倍、3倍、5倍、10倍……。
回収したトレカをカズマ少年に返した場合、
神楽はクソガキ共から泥棒呼ばわりされた挙句、
現場に駆けつけたパトカーに乗ることになる。
事情聴取のためなのだが、周りはそうは思わない。
しかもクソガキ共は隙を見て処刑を執行してしまう。
もちろんカード勝負は行われていないのに、だ。
このルートはバッドエンドだ。
ならば先手を打ってこちらが警察を呼んだ場合、
彼らは『お友達とは仲良くね』とだけ言い残して
現場から立ち去り、なんの役にも立ってくれない。
まあ当然だ。カズマ少年が被害を受ける前だからだ。
そして神楽は警察から厳重注意されることになり、
やはりクソガキ共は特に理由も無く処刑を執行する。
これもバッドエンドだ。
処刑執行中に警察が到着した場合はもっと酷い。
彼らはクソガキ共に口頭注意するだけであり、
子供同士の喧嘩には介入しない方針を示すのだ。
中途半端に頭を剃られたカズマ少年の惨状を見ても、
『俺と一緒だな!』とハゲ頭を披露して笑いを取り、
やはりなんの役にも立たずに現場からいなくなる。
処刑の一部始終を撮影して警察に提出した場合、
『なんで助けてあげなかったんだ!』と怒られる。
しかも小学生を隠し撮りした変態扱いまでされる。
カズマ少年を救えないし、嫌な思いをするだけだ。
カズマ少年がトレカを発見できるよう仕込んだ場合、
それが自分の物であるという確証が無いために
基本的には回収しようとしない。
回収するルートではカズマ少年が泥棒扱いされる。
そして濡れ衣を着せられた彼は処刑されてしまう。
カズマ少年の自宅に忍び込み、回収したトレカを
こっそりランドセルに戻そうとした場合、
神楽は不法侵入の現行犯で逮捕される。
カズマ少年がサブのデッキでカード勝負した場合、
彼はあっさりと圧勝するが処刑されてしまう。
負けた腹いせだ。
デブママを現場に召喚した場合、
『あらあら』と笑いながら処刑を眺めるだけである。
……とまあ、どのルートも散々な結果に終わる。
前周の神楽も、前々周の神楽も、16周前の神楽も、
カズマ少年を救うことができなかったのだ。
ものすごい能力を持つ天才美少女でありながら、
たった1人の少年さえ救えないという無力感。
イベント開始までの時間が刻一刻と削られてゆく中、
ふと、安土の言葉が頭に思い浮かぶ。
『できないことを嘆くより、今できることをやろう』
そうだ……考えたって始まらない。
元々知恵を振り絞って何かするタイプではないのだ。
もう流れに身を任せて、アドリブでなんとかしよう。
──神楽は公園のベンチにぐったりと横たわり、
地面には栄養ドリンクの空き瓶が転がっている。
まるで酔い潰れたおっさんのような光景だが、
実際、神楽の内蔵は悲鳴を上げていた。
飲み過ぎが原因である。
もう1つ、能力を限界まで酷使した結果がこれだ。
安土からはMP使うなと指示されていたが、
使命感に燃えてしまったのだからしょうがない。
もしこれでまたバッドエンドを迎えてしまった場合、
カズマ少年諸共ぶっ飛ばしてやろうか、と
良からぬ考えが頭に浮かんでくる始末だ。
早い話、神楽はイラついていた。
「カズマ君があああ!!!
負けをおおお!!!
認めましたあああ!!!」
……ああ、とうとう来たか。
刈り上げデブの甲高い叫び声。
処刑開始を知らせる合図だ。
「なっ、なんだよお前ら!!
やめろ!! 離せ!!」
「うっせえザーコ!! お前は負けたんだよ!!」
「おとなしく罰ゲーム受けろよな!!」
「なんだよ罰ゲームって!?
そんなの聞いてないぞ!?
お前らいい加減にしろよ!!」
神楽はぼんやりとした意識のまま立ち上がり、
虚ろな目をしながらふらふらと歩き出す。
ヴィーン!ヴィーン!ヴィーン!
バリカンの音が聞こえる。
スイッチを入れたり切ったりと……やかましい。
「やっ、やめ……やめろおおおおお!!!!!」
このタイミングだ。
神楽は刈り上げデブの肩をチョンチョンと叩いた。
すると楽しい気分に水を差されたデブは腹を立て、
「ァアアン!?」と甲高い声で威圧の声を上げ、
元々醜い顔を更に歪ませて振り向き、そして、
「オラアアアァァァ!!!!!」
神楽の鉄拳が、刈り上げデブの顔面に突き刺さる!!
デブは「ブヒイィ!?」と情けない鳴き声を放ち、
盛大に鼻血を噴き出しながら転倒した。
結局これである。
神楽は穏便に事件を解決しようと頭を悩ませ、
辿り着いた結論がこの行動なのだ。
神楽は警察に連れていかれた。
が、逮捕されたわけではない。
事情聴取のためだ。
それも加害者ではなく、被害者として。
現場に駆けつけた警察官が目撃したのは、
30代と思われる大柄な男性が少年2人に指示を出し、
1人の少女に暴行を加えている光景だった。
そしてその少女を守ろうと立ち向かう少年が1人……。
どちらが主人公で、どちらが悪役かは一目瞭然だ。
通報したのは近所の住民であり、
2階の窓越しに一部始終を撮影していた。
彼には女子高生を撮影する趣味があり、
今回の被写体は神楽だった。
彼は涙ながらに証言したのだ。
少女は食後にゴミ箱付近でしばらくうずくまり、
その後、栄養ドリンクを飲んだ後に眠りこけ、
明らかに体調不良だったであろうことを。
そんな状態でありながらも少年のピンチに駆けつけ、
自分よりも体格の大きい相手に立ち向かったことを。
証言した結果、彼は盗撮の罪で逮捕された。
彼の証言が無くとも神楽の無罪は約束されていたが、
少なくとも警察の疑問を解消することはできた。
なぜ少女があの場所にいたのかは理解できる。
この街には埼玉が誇る優良店ロヂャースがあるのだ。
たとえ3駅離れていようが訪れるだけの価値がある。
だが女子高生が公園に1人というのは何か引っかかる。
それに1時間近く留まっていたのも少し不自然だ。
少女は考え事をしていたと言うが、どこか嘘臭い。
しかし、体調不良だったならば納得がいく。
少女は恥ずかしくて理由を言い出せなかったのだ。
うら若き乙女には秘密の1つや2つ、あるだろう。
警察はそう都合良く解釈してくれたのだった。
これにて一件落着……とはならなかった。
刈り上げデブの母親がギャーギャー喚くのだ。
『うちの純ちゃんはお友達と遊んでただけ』だの、
『バリカンは自分の髪を整える用に持ってた』だの、
『お友達の頭を本当に剃るわけがないでしょ』だの、
よくもあのクソ息子を擁護できるなと感心する。
そうやって徹底的に甘やかして育てた結果があれだ。
カズマ少年は『お友達』呼ばわりを嫌がっていた。
クソガキの友達扱いだなんて冗談じゃない。
余談だが、彼は調査隊の並木美奈氏の弟だそうだ。
世間は狭いなと思った瞬間である。
後日、神楽は学園長室に呼び出された。
学園長はスティックキャンディーを咥えつつ、
PCに向かって忙しそうに作業をこなしている。
その視線はディスプレイに釘付けであり、
よほど大事な仕事をこなしているのだろうと窺える。
「鬼島神楽
今回はよくやった、お前は誇っていい」
「……えっ?」
神楽は、てっきり怒られるものと思っていた。
経緯がどうあれ小学生を殴ったのは事実なのだ。
相手がおっさん顔だったことや証拠映像のおかげで
神楽の行為には正当性があったと認められたものの、
冒険者免許を持っている者が小学生を殴ったのだ。
その件で色々文句を言われるのだと覚悟していた。
「お前は誇っていい……が、」
「あ、やっぱり」
「谷口の親が今日もギャーギャーうるさくてな
これでは仕事に集中できない
俺は今とても重要な作業をしているんだが、
その邪魔をされては非常に困るんだ
そこで、とりあえずお前に罰を与えることにした
こちらの都合を押しつけるようで申し訳ないが、
あのクソ親を黙らせるためなんだ、理解してくれ」
「あ、はい……
覚悟は出来て…………ます」
神楽は包帯の巻かれた拳をグッと握り、痛みが走る。
だが歯を食い縛って耐える。
これから受ける罰に比べればなんともない……はず。
退学。
あるいは冒険者免許剥奪。
もしくはその両方ということもあり得る。
それだけの失態を犯してしまったのだ。
……と、神楽は考えていた。
「今日から1ヶ月の期間、お前を停学処分とする
以上だ」
「はい……
…………
……えっ、停学?
しかも今日から……?」
「ああ、他の生徒よりも早く夏休みに入るだけだな
お前は体を張って1人の少年を救ったんだ
何かボーナスがあったっていいだろう
……そういえば、お前は補習組じゃなかったな
これで心置きなく遊びまくれるというものだ
人生に遊びは大事だぞ、特に若い奴らにはな」
「あ、はあ……
ありがとうございます」
なんだかよくわからないが、助かったらしい。
これでは罰どころか、ご褒美だ。
学園長はもっと堅物な人物だと思い込んでいたが、
それは偏見だったと反省する神楽であった。




