3学期
ミーティングルーム。
安土、神楽、調査隊の3人。
お馴染みのメンバーが集結しており、
今日はなんだか雰囲気が重苦しい。
招集したのは調査隊の進道氏であるが、
その彼が難しい顔をして黙りこくったままなのだ。
とはいえ実際には数分間の沈黙であり、
いつまでも黙っているわけにもいかないので
進道氏はようやく用件を伝えたのだった。
「学園ダンジョン第7層以降の調査は打ち切りだ
それに伴い、名倉友紀の捜索も打ち切られる
まあ警察の捜査は続くが、おれらは撤退決定だ
突然こんなことになって大変申し訳ないが、
上からの命令には従わなきゃなんねえからな」
「これ以上の調査は無駄だ、と
上層部はそう判断したわけですね?
ランダムMAP生成に法則性を見出せなかった……
主な原因はそれで間違いありませんか?」
「ご名答だよ探偵さん
出現する魔物の強さがデタラメってのもあるけどな
正式に発表されるのはまだ先の話なんだが、
第7層以降……おれらが裏ダンジョンと呼ぶ場所は、
“生存不可能領域”に指定されることになる
国内じゃこれが初だな」
生存不可能領域とは、ダンジョン内部の環境に
致命的な異常があるがゆえに踏破が困難であり、
生命に危険が及ぶ可能性が非常に高い場所を指す。
例えばハワイの火山地帯にある某ダンジョンでは
中の魔物を一気に殲滅する作戦が実行されたのだが、
その方法がかなりまずかった。
ダンジョン内に溶岩を流し込むという無茶な作戦を
米軍がやらかした結果、そのダンジョンの地面は
全てが“溶岩床”へと変質してしまったのだ。
1歩毎にダメージ……どころではなく、確実に死ぬ。
他の例では、フロリダ州にある某ダンジョンに
毒ガスを散布した結果、内部の空気が変質して
有害物質が充満する劣悪な環境になってしまった。
事前調査をしなかったのか、魔物に毒は通用せず、
ただ人間だけが生きづらい場所となったのである。
溶岩床や毒ガスの他にはマイナス150度ゾーン、
電流イライラ通路、硫酸の海など様々な種類があり、
いずれも人類の叡智が招いた悲劇と言えよう。
余談ではあるが、それら全ては米軍……というより、
当時の合衆国大統領が下した決断によるものだ。
世界にはそのような危険地帯がいくつも存在し、
今回裏ダンジョンが生存不可能領域に指定されたのは
“迷えば死”というのが大きな理由である。
正確な地図を描いて慎重に進めばなんとかなるが、
驚くことに冒険者の7割は地図の読み方を知らない。
それゆえ地図を持ち歩く習慣が身についていないので
確実に行き倒れる者が出るだろうと判断したのだ。
「んでだな、お前に例の預かり物を返しとくぜ
おれらが学園にいられんのは3月までだ
その後は今よりも忙しくなりそうなんでな
呪いのアイテム抱えながら仕事すんのは正直無理だ
ここは勝手知ったる我が母校ってこともあって
色々と手ぇ抜きながら任務を遂行できたが、
他のとこじゃそうもいかねえ
お前が卒業するまで保管できなくて悪りいな」
「まあ、仕方ありませんね
これまでの協力に感謝します」
「ほう、そう来るか
てっきり『学園を去るまで預かってろ』とか
言われんじゃねえかと身構えてたんだがな」
「言いたくても黙るしかない
あなた方の協力は善意によるものだ
こちらから何かを強制することはできない
それに新天地での任務に向けて準備が必要でしょう
手を煩わせるわけにはいきませんよ」
「物分かりが良くて助かるぜ
そんじゃあとっとと済ませるか」
そう言い、進道氏は黒くて頑丈なケースを開封し、
中から禍々しいオーラを放つ刀を取り出した。
ご存じ、首切姫である。
愛刀との再会に何か思うところがあったのか、
安土は一瞬ピクリと体を震わせた。
が、それは喜びを表す反応ではなかったらしい。
「以前よりも力が増している……?」
「おう、やっぱそうだよなぁ?
最初はおれの気のせいかと思ってたんだが、
毎日チェックしてるうちに確信できたことだ
なんかこう、上手く言えねえが……
お前の元に帰りたがってた感じだな
まったく、モテる男はこれだからつらいぜ」
進道氏が何か細工を施した……という形跡は無い。
首切姫は憎悪の念を吸収する性質の妖刀であるが、
あの仲良し3人組の周りで、そういった悪感情が
生み出されるような出来事があったとは考え難い。
もしかしたら安土の知り得ないドロドロの愛憎劇が
繰り広げられていた可能性は無きにしも非ずだが、
それならば気まずい雰囲気を醸し出していたはずだ。
首切姫は安土の手を離れてからというもの、
自分自身に宿る憎悪の念を反芻することにより
呪いの力を増幅させていたと考えるのが現実的だ。
安土は進道氏から教わった魔法を思い出す。
魔力を熟成させる魔法技術──マナストック。
それと似たような現象が起きていたのだろう。
調査隊の3人は現時点で既に忙しいようで、
首切姫の返却が済むとすぐに退室していった。
彼らは用済みだ。もう二度と会うことはないだろう。
「さて、俺の手元に首切姫が戻ってきたわけだが……
今後の戦略について話し合う前に、
1つお前にやってもらいたいことがある
前の世界で俺たちがどう動いていたのか、
それを知らない限りは死の運命を変えられない
幸い、俺たちにはそれを知る方法がある
必要な道具は首切姫、必要な能力は──」
「サイコメトリー!」
「そういうことだ
まず知りたい情報は、“俺たちがいつ死ぬのか”だ
以前、俺たちが観た首切姫の記憶……
あれは何年も先に起こる出来事だと思っていたが、
それは大きな間違いである可能性が高い
おそらく数ヶ月後、長く見積もって1年以内、
俺たちがこの学園を卒業するまでの期間だろう」
「だいぶ近くなったわね……
なんでそう思い直したわけ?
根拠は?」
「つい最近、パーティー全員の防具を一新しただろう
首切姫の記憶を思い出せ、亀山の衣装が一致する」
「あ〜、あのボンデージね
よく似合ってるとは思うけど、
あの子SMの気があるのかしら?
SとM、どっちだと思う?」
「両方だろ
それより真っ二つの死体が転がっていただろう?
あれは俺から猪瀬に引き継がせた鎧だ
つまり、あの死体は猪瀬ということになる
俺に従順な駒である亀山だけならまだしも、
猪瀬まであの場にいたとなると話が変わってくる
現時点であいつは俺をだいぶ嫌ってるんだ、
卒業後もついてくることはまずないだろう」
「あたしのセクハラ作戦が功を奏したのね
でも卒業前に追い出せなきゃ意味無いか……」
「とにかく、俺たちに残された時間は短い
それもまた間違いである可能性はあるが、
これからはその前提で動いた方がいい」
少しして、2人は作業に取り掛かった。
安全を考慮して首切姫は安土が握り締め、
神楽は背後から抱きつく形で
安土の両手に自身の両手を重ねた。
イチャついているのではない。
あくまで安全のためである。
「やっぱりちょっと待って
やっぱりおかしい
……たしかあたし、それ握ってたよねえ?
映像では『死ねええ』とか叫びながら、
しっかりと握り締めてたよねえ?
首切姫ええ」
「状況が違う
その時は戦闘中、それも死を覚悟していたはずだ
精神的に追い詰められることで何かが覚醒し、
おかげで呪いの力に打ち勝てたのかもしれない
俺たちが今いるのは危険とは程遠い場所だ
なんにせよ今はやめておけ
俺が生きているうちは、もう誰にも触らせない」
「だからって男の手なんか触りたく……
あ、そうだ
前に首切姫の記憶観た時ってさ、
あたし杖持ってたよねえ!?
それで触ればいいんじゃないの!?
肌と肌が触れ合う必要ナッシング!!」
「そうかもしれないが、今は持ってないだろ?
部屋まで取りに行ったら時間がかかるし、
俺たちの関係をコソコソと嗅ぎ回ってる連中が、
なぜ杖を持って再入室したのかと疑問に思うだろう
今日のところは我慢してくれ」
「くっ……
他に選択肢は無さそうね
あとでジュース奢んなさいよ?」
「お安い御用だ」
そして神楽はサイコメトリーを使用し、
2人は映画館へと移動したのだが……。
「……例の映像が見つからない?」
「ええ、いくら探しても出てこないのよね
上映期間が終了しちゃったのかも」
「それか、視聴できるのは一度きりなのかもしれない
今まで試したことはないのか?
同じ記憶をリピートしたことは?」
「言われてみれば、ないわね
アニメとか映画とか一度観たらそれっきりだし……
どうにかして再上映できないかしら
今のあたしならアングル変更が可能なのに……」
なんとも歯痒い。
能力の扱いが未熟な時期に視聴してしまったせいで、
今現在最も知りたい情報を得ることができない。
自分たちが命を落としてしまう、その正確な時間を。
「まあ仕方ない、諦めよう
その代わり他の記憶映像を再生するんだ
できないことを嘆くより、今できることをやろう」
「あら?
なんだかすごくポジティブな言葉じゃないの
結構気に入ったわ、それ」
「そうか、よかったな
で、今俺が観たいのは、今から30分後の映像だ
お前との打ち合わせが終わった後、
犬亀豚の3人がこの部屋にやってくる
そこで俺はある秘密を打ち明ける予定なんだが……
まあ、詳しくはその目で確認した方が早いだろう」
「え、秘密……?
あんたの秘密ぅ!?
何それ早く知りたい!!
さあ上映しちゃうわよオホホホホ!!」
神楽はいかにも楽しげに検索作業を進めた。
それにしても『30分後』とはややこしい表現である。
厳密には『前の周回での現在と同じ時刻から30分後』
なのだが、それだと頭がこんがらがるだろう。
省略できる部分は省略する。
それが有限の時間を無駄にしない秘訣だ。
ほどなくして30分後の映像は見つかった。
神楽はワクワクしながらそれを鑑賞していたが、
問題のシーンが来るとそれまでの楽しい気分は失せ、
ひたすら困惑しながら画面に注視するのだった。
『俺は、ある人物から金を借りている
借りたのは3億だが、借金には利子が付き物だ
細かい計算はお前らには難しいだろうから省くが、
最低でも7億5千万円を返さなくちゃならない
俺はそのために冒険者になる道を選んだ
世界にはD7と呼ばれる最難関ダンジョンが存在する
そのうち1ヶ所は黒岩大地の手によって完全消滅し、
国際冒険者連盟やブラジル政府、その他の機関から
多額の報奨金が彼に与えられたそうだ
具体的な金額の全ては明かされていないが、
少なく見積もっても300億ドルは下らないだろう
“ドル”だ、“円”じゃないぞ
俺は前例に倣い、いずれD7に挑戦する所存だ
もし攻略が成功すれば億万長者になれる
7億だろうが10億だろうが、そんなのは端金同然だ
だが失敗すれば、ほぼ確実に命を落とすことになる
……以上の事情を踏まえた上で答えてくれ
俺の戦いについてこれる奴はいるか?』
神楽は上の口をあんぐりと開けたまま固まっている。
それに伴い映像も一時停止状態となる。
しかし、いつまでもその状態は続けていられない。
こうしている間にも刻一刻と時間は過ぎてゆくのだ。
ミーティングルームの利用時間が終わってしまう。
その前に鑑賞を済ませなければならない。
神楽は一時停止を解除し、続きを再生した。
『私……頑張るよ!!
いっぱい頑張って、一緒に借金を返すよ!!
だからこれからも…………よろしくね!!』
『私もわんこと同じ気持ちよ
あなたには昔、助けてもらったことがあるからね
その恩返しをできる機会がようやく訪れた……
これから忙しくなりそうね、チェリー』
『あ、“チェリー”って安土君のあだ名なんやね
誰もそう呼んどらんけど……中学生時代のかな?』
そこまで視聴すると、安土は珍しく舌打ちをした。
そして「もういい」と神楽に伝えてから席を立ち、
さっさと上映を切り上げるように促すのだった。
「え、えっ、ちょっと何よこれ突然……
借金って……しかも3億…………いや、7億って」
「それについてはあとで詳しく説明する
だが今重要なのは、あの馬鹿女共の反応だ
『一緒に借金を返す』だと……?
ふざけるなよ、冗談じゃない
そのせいであいつらは死ぬことになるんだ
俺が億単位の借金持ちであると知れば、
あいつらは完全に離れてゆくと思っていた……
が、どうやらそれは間違いだったようだ
ここ最近、俺は間違えてばかりだな」
「えっと、ええとお……
あんたどうすんのこれから?
この映像を観て、一体何がしたかったわけ?」
「未来の改変に決まっているだろう
単純な理屈だ
前回の俺とは違う行動をすればいい
そうすれば必然的に前回とは違う結果になる
安土桃之進との決戦が行われるその時までに、
小さな運命──過程を引っ掻き回すんだ
その積み重ねが大きな運命──結末に影響を及ぼす
お前たちを無駄死にさせないために、
俺にできることはそれしかない」
そして2人は上映会を終了し、解散した。
その後、ミーティングルームに集まった3人に対し、
安土は“秘密を打ち明けない”道を選択したのだった。
基本情報
氏名:安土 桃太郎 (あづち ももたろう)
性別:男
年齢:16歳 (9月6日生まれ)
身長:165cm
体重:58kg
血液型:O型
アルカナ:死神
属性:無
武器:ごんぶと (木刀)
防具:阿修羅 (軽鎧)
能力評価 (7段階)
P:7
S:6
T:7
F:5
C:10
登録魔法
・ディスペル
・リフレクト
・マジックアーマー
・ディヴォーション
・ソウルゲイン
・マナストック




