何かに依存せずにはいられない生き物
冒険者とコンピューターゲームの親和性は高い。
特に、剣と魔法とモンスターが登場するRPGは
戦術眼を鍛える目的で生徒に推奨しているくらいだ。
しかし例外も存在する。
MMORPG──俗に言う、ネトゲである。
プレイ人数を1人としている個人向けRPGであれば
自由にパーティーメンバーを編成することが可能で
じっくりと戦術を構築しながら遊ぶことができるが、
オンラインでのプレイを前提としたネトゲでは
望んだ仲間を加入させられるという保証は一切無く、
リアルタイムで戦況に対応しなければならない。
それも現実世界での冒険活動の参考にはなるのだが、
最大の問題点は“時間が溶ける”ことである。
ネトゲにのめり込んで人生を狂わせた者は多い。
ここにまた、沼に浸かろうとしている男が1人──。
「……ますか?」
「ん……今なんと言ったんだ?
っておい、勝手に画面を覗き込むな!
いくら俺たちが長いつき合いとはいえ、
守るべきプライバシーというものがあるだろう!」
「『学園長、俺の声が聞こえてますか』
と言ったんですよ
その様子じゃ全然聞こえちゃいませんでしたね」
落合主任訓練官はやれやれと言わんばかりに、
大袈裟に肩をすくめながら首を横に振ってみせた。
実際、やれやれである。
内藤学園長がネトゲをプレイしているのだから。
「それで、それは一体どういうおつもりですか?
あなたには息抜きが必要なのは理解できますが、
今は勤務時間中なんですよ
キャンディー舐めるだけで我慢しときましょうよ」
「うむ、全くもってその通りだな……
たしかに今は仕事に専念するべき時間だ
俺は学園長という責任ある立場にありながら、
その意識が欠落していたと反省しよう
だが、」
「だが……?」
「だが俺は今、大きな選択に迫られている
それこそ今後の人生を左右するくらいの、
よく考えてから決断せねばならない選択にな
これはその気晴らしというかなんというか……」
「とりあえず手ぇ止めてくださいよ
俺には学園長がただ遊んでるだけにしか見えません
とても人生の分岐点に立つ男の顔じゃないですね」
「まあ、待て……もう少しだけ待ってくれ
今はパーティーを組んで狩りをしている最中なんだ
アタッカーの俺が急に抜けたら仲間が困るだろう」
「アバター名は“電光石火”、しかも魔法剣士ですか
若かりし日の栄光を取り戻そうとしているんですね
0と1の数列が支配する電子の海で……」
「だから、画面を覗き込むなと言っただろう!!
これは学園長命令だぞ!!」
「仕事に関係無いことで職権濫用はいかがなものかと
……まあとにかく、もう見ちゃったんで手遅れです
諦めて白状してもらいますよ
学園長はいつからそれをやってるんですか?
レベル92がどの程度なのかは知りませんが、
上限が99だと仮定すると相当やり込んでるはずだ」
「いや、それほど長くはプレイしていないぞ
俺なんて最近始めたばかりのひよっこに過ぎない
とても十年選手たちの足元にも及ばないさ
それにこのアバターは未転生の一次職だ
転生を繰り返した者たちとは数字の価値が違う」
「もう一度質問しますね
いつからやってるんですか?」
「……4月だ」
「名倉が失踪した月ですね」
「いや、待て
当時は誰も名倉の件を重要視していなかっただろう
警察が捜査に乗り出したのはその翌月からだ
俺にはまだ遊んでいられるだけの余裕があったんだ
その点は考慮してくれるよな?」
「それからずっと仕事をサボっていたわけですね?」
「……」
「……まあいいでしょう
学園長を責めたところで状況は何も変わりません
それで、大きな選択とは一体なんなんですかね?
1人で抱え込まないでください、俺が力になりますよ
上司と部下という立場はひとまず置いといて、
友人として頼ってもらいたいものですね」
「いや、それは、その……」
「なんでそこで口籠るんですかね……
もしやくだらない悩みとかじゃないでしょうねえ」
「くだらなくなんてないさ
端的に言えば、金の悩みだ」
「金の悩み……
それは学園の運営に関わる内容ですか?」
「……」
「ああ、どうやら違うようだ
それじゃあ個人的な悩みということになる
それなら尚更、俺に打ち明けてくださいよ」
「なら打ち明けるが、俺は今……
RMTに手を出すべきか悩んでいるんだ」
「RMT……ああ、リアルマネートレードか
つまり学園長はゲーム内のアイテムが欲しくて
現実世界の金でそれを買おうか悩んでいる、と
……くっだらな!!」
「おい待て、くだらなくなんてないと言ったはずだぞ
この機会を逃したら一生後悔するかもしれないんだ
俺の話を聞けば、この苦悩を理解できるだろう」
「苦悩、ねえ
まあ聞くだけ聞かせてもらいましょうか
悩みを打ち明けるように促したのはこちらですし」
「──事の起こりは去年の冬に遡る
俺はいつものように真面目に働いていたところ、
一本の電話が入ったので応答したんだ
それは娘からの連絡だった
不仲ではないが、長らく顔を合わせていなかった
娘から突然の連絡……俺が舞い上がったのも当然」
「え、ちょっと待ってください
娘……?
はは、娘さんがいらっしゃったんですね
初めて聞けたな、そういうの」
「貴様に娘はやらん!!!」
「なっ、いや……狙ってるわけじゃありませんよ
顔も名前も知らない相手なら尚更です
いきなり頑固なお父さんモードになられても」
「貴様に義父さんと呼ばれる筋合いは無い!!!」
「落ち着いてください、学園長
とりあえず落ち着きましょう
……娘さんから突然連絡が来た、
その続きを聞かせてください」
「ああ……すまんな、つい……
…………
娘の用件はこうだ
『ゲームの世界大会に出場することになったから、
是非とも応援に来てくれると嬉しい』と……」
「それが今、学園長がプレイしてるネトゲなんですね
娘さんとの繋がりが欲しくて始めた、と」
「まあ待て、結論を急ぐな
たしかに俺は娘との繋がりが欲しくて
このゲームを始めたという側面もある
というかそれが全てだ
……ああ、結論しかないな
なんで話を遮ってしまったんだ俺は」
「知りませんよ、続きをどうぞ」
「うむ……
それで娘は、というか娘のチームは無事優勝した」
「へえ、おめでとうございます
ちなみにそれはいつの話ですか?
俺の予想では2月の出来事かと
学園長が1週間ほど休んでいた時期です
風邪で寝込んでいたというのは嘘ですね?」
「嘘だ
それはさておき、俺は感動した
娘が世界一の栄冠に輝いたから、だけではない
全選手がただ1つの目標を目指して知略を巡らせ、
そのために努力を重ねてきたであろうという事実に
心が揺り動かされてしまったんだ
俺もあの人たちのようになりたい……そう思った」
「学園長がゲームの大会で感動していた頃、
予算会議は荒れに荒れまくっていましたねえ
せめてリモートで参加くらいできたでしょうに
もう代理で出席させられるのは勘弁ですよ」
「元気な姿を見られたら嘘がバレるだろう
まあとにかく俺は大会の翌日に娘と相談し、
ゲームを始めるために必要な機材を買い揃えた
親子でショッピング……ふふ、いい思い出だ
そして俺はようやく娘と繋がることができた
その日をどれだけ待ち望んだことか……」
「気持ち悪い発言だなあ……って、あれ?
4月から始めたんですよね?
速攻で快適なプレイ環境を整えておいて、
1ヶ月以上も放置していたとは考えにくい
本当は2月からやってたんじゃあないですか?」
「うむ
だが自分のアバターを作ったのは4月だ
それまでは娘の友人からサブ垢を借りて、
ゲーム内で何ができるのか色々と学んでいた
つまり試遊期間だ、ノーカンでいいだろう」
「つまり2月から遊んでいた、と」
「そう捉えることもできるな
とにかく俺はこれを半年以上プレイしている
まだまだ経験不足のひよっことはいえ、
右も左もわからなかったあの頃の俺ではない
レアアイテムの情報もある程度は頭に入っている」
「ようやくRMTの話に繋がりそうですね」
「──ある有名なプレイヤーがいた
サービス開始から1日も欠かさずに続けてきた、
いわゆる最古参勢と呼ばれる歴戦の猛者だ
どんな理由なのかは明かされていないが、
とにかくそいつが引退することになった」
「よくもまあ、そこまで続けられたもんだ
さっき軽く検索かけてみたんですが、
そのネトゲは10年以上稼働してるみたいですね
もっと有意義なことに時間を使えばよかったのに
サービスが終了したら何も残らないんですよ?
ぶっちゃけ俺には時間の無駄としか思えませんね」
「お前の言わんとしていることは理解できる
正直俺にも思うところはあったし、
娘に同じような意見を言ったことはある
……が、娘はこう返したんだ
『この楽しかった時間が無駄なわけがない』とな
おかげで目が覚めたよ」
「泥沼にどっぷり浸かってる人間の言葉ですね」
「話を戻すぞ
ネトゲにおける引退宣言というのは、
今後一切そのゲームには手を出さないという誓いだ
中には我慢できずに新規垢を用意して
何食わぬ顔でこっそり復帰する者もいるようだが、
それはさておき、引退者には果たすべき義務がある
引退式──決別の表明だ」
「決別、ですか
『もうやめます』の一言でよさそうなもんですが、
何かあるんでしょうねえ……例えば断捨離とか」
「おお、わかってるじゃないか
まさにその通り、アイテムの在庫やゲーム内通貨を
手放すことでネトゲへの執着を断ち切る必要がある
それを自らの手で行なったという実績が大事なんだ
そうすれば必然的に復帰しづらくなるだろう?
自分の痕跡が何も残されていない世界……
そこにあるのは虚無だけだ」
「やっぱり時間の無駄としか」
「それで、件の引退者が持っていたアイテムの中に
“スレイプニール”という装備品があってだな
これは防具としての性能は無きに等しいが、
移動速度上昇の効果を持っているんだ
その効果自体は他の手段でも得ることは可能だが
毎回スキルやアイテムを使用する必要があるし、
持続時間があることを忘れてはならない
だが、スレイプニールは装備品だ
身につけているだけで常時効果が発動するんだ
諸々の煩わしさから解放されるばかりか、
常に疾走感あるプレイを楽しめるというわけだ」
「そのスレイプニールとやらが欲しいと
……で、いくらで売られてるんですか?」
「スレイプニールはいわゆる“伝説装備”の1つでな
入手までの道程は長い
毎週日曜日に攻城戦という催しが行われるんだが、
まずはこれに勝たねばならない
最後に砦を確保していた者が勝利というルールで、
それを実現するには個人の強さだけではなく
チーム全体の強さ、そして何より知略が重要だ
娘はこの攻城戦の世界大会で優勝した……ふふ」
「はいはい、すごいすごい
それで一体いくらなんですかね?
無駄な時間を加速させるアイテムは」
「攻城戦に勝てばそれで終わり、ではない
獲得した砦内に毎日財宝が出現するんだが、
その中身はランダムで決定する仕様となっている
伝説装備の発生率は0.02%……5千分の1だ
しかも同カテゴリー内からの抽選となるので
実際の数字はもっと低い
それだけ価値が高くなるのも当然の結果よな」
「はぐらかさないでくださいよ学園長
スレイプニールの値段を教えてください
結構な金額するんでしょうねえ
それだけ明言を避けようとしているということは」
「うぐっ……
その、まあ…………ゲーム内の相場で30億程度だ」
「日本円では……?」
「およそ800万」
「馬鹿じゃねえの!?」
「──これでわかっただろう?
俺が苦悩している理由が」
「わかるわけがないでしょう
俺には何一つ理解できませんよ
ただのデータに800万円だなんて……
時間の無駄遣いに加えて金の無駄遣いとしか」
「だが、この機会を逃してしまったら
俺は今後一生悩み続けることになるかもしれない
『ああ、あの時買っておけば……』と」
「じゃあ買えばいいんじゃないですか?
どうせ俺の金じゃありませんし」
「いや、だが800万だぞ?
どう考えても大金だ
貯蓄はあるが、その金で他に何ができるのか……」
「じゃあ買わなきゃいいんじゃないですか?
その金をもっと有意義なことに使えますし」
「どっちだ!?
買うのか買わないのか、はっきりしろ!!」
「なんで怒鳴られてんだろう俺……
会話の流れから読み取ってくださいよ
俺はRMT否定派というかネトゲに興味無いんで、
そんな物は買うべきじゃないと思ってます
もし俺が学園長と同じ立場なら絶対に買いません
ほら、はっきり言いましたよ
是非参考にしてくださいね」
「う、うむ……」
「……つうか、まだやってんですか?
俺と話してる間ずっと遊んでましたけど、
途中で狩りが終わって解散してましたよね?
なんでまたパーティー組み直してるんですかねえ」
「2次会だ」
「だめだこりゃ」
──後日、学園長はまた仕事をサボって
勤務時間中に堂々とネトゲをプレイしていた。
そしてやはり、いくら呼び掛けても反応が無い。
何がそこまで楽しいのか……いや、それはわかる。
ゲームなのだから楽しくて当然だ。
こんなにも熱中してくれるプレイヤーがいて、
製作者たちはさぞかし喜んでいることだろう。
ふと、落合主任訓練官はあることに気づく。
今日の学園長はソロ、つまりパーティーを組まずに
1人で戦場を駆け回っているのだ。
その移動速度の、まあ速いこと速いこと。
5分、10分と画面をぼーっと眺めてみたが、
学園長が移動速度を上昇させるスキルやアイテムを
使用している場面は一度も見られなかった。
つまり彼のアバターは常時強化状態なのだろう。
この男は買ったのだ。
スレイプニールを。
ゲーム内のアイテムを。
およそ800万円の現金を支払って購入したのである。
ゲーム内のアイテムを……!
「買ったんですね」
「ああ」
「800万で買ってしまったんですね」
「いや」
「は?」
「最終的に1500万まで釣り上がってな……」
「はあ???」
「これだからオークションは怖い」
「はあ……」
「だが、無駄な買い物ではなかったぞ」
「無駄ですよ」
「無駄ではない」
「無駄ですよ」
「見よ、この動き…………俺は自由だ」
「責任ある立場ですよ」
「とにかく、これで心置きなく遊べるというものだ」
「勤務時間外に遊んでください」
「どうか見逃してもらいたいのだが」
「ダメです」
「今日は土曜日……経験値ラッシュの日なんだ」
「ダメです」
「これは学園長命令だ」
「職権濫用ですよ」
「職権濫用だ」
その後も学園長は仕事そっちのけで遊び続けた。




