特訓の成果
安土から呼び出された神楽は
ミーティングルームに入室するや否や、
机の上に積み上げられた本の山を見てうんざりした。
「いや、何よこれは……
戦闘レポート手伝えってんじゃないでしょうね?
そーゆー事務仕事は全部あんたの役目でしょ?
あたし上級生だけどリーダーじゃないし」
と神楽は断固拒否の意思を示すが、
それは彼女の早とちりである。
「安心しろ、レポートなら既に提出済みだ
ここにあるのは実家から持ち出した
安土桃之進と鬼島輝夜についての記録だ
以前、資料を持ってきてやると言っただろ?
楽しい歴史の授業をしてやるともな」
「キジマカグヤ……
ああ、あたしのそっくりさんね
あんたのそっくりさんに腕ぶった斬られた子……」
神楽は安土をギロリと睨みつけた後、
手元の文献をパラパラとめくって目を通す。
だがそこにはニョロニョロした文字が記されており、
現代人の彼女には解読できるものではなかった。
「読めんわ!!」
神楽はその貴重な歴史的資料を
メンコのように床に叩きつけた。
なんたる暴挙か。
それが彼女個人の所有物ならいざ知らず、
他人の財産に対して行なってよい行為ではない。
だが安土はその愚行を目にしても表情を崩さず、
いつものように淡々と伝達に努めるのだった。
「読む必要は無い
お前には便利な力があるだろう
俺が内容を教えてやってもいいが、
それより映像から情報を得る方が早そうだし、
より深く理解できるような気がしてな」
「なるほどねぇ
……でも、そんなに都合良くいくかしら?
サイコメトリーは『物の記憶を観る』能力だし、
『本に書いてある内容を理解する』ってのとは
大きくかけ離れてると思うの
第一、これって安土家に伝わる書物なんでしょ?
あたしや輝夜が触ったことがない物じゃないと、
そもそも映像を再生できないでしょうね」
「その可能性は大いにある
だが思い出せ
俺も首切姫の記憶を観ることができたんだ
記憶に関する能力なんて持ってないのにな……
断言はできないが、安土家と鬼島家の繋がりが
俺に何かしらの影響を与えているのだろう
……とにかく、お前なら安土家の所有物を通して
隠された歴史を紐解くことができるかもしれない」
「えっ……んん?
隠された歴史……?」
「ワクワクしてきただろ?」
安土がニヤリと笑う。
他の女子には決して見せたことがない表情だ。
ああ、操ろうとしているんだ。
それを理解しつつも、隠された歴史とやらに
興味を持ってしまったのは事実。
まんまと乗せられてしまった感は否めないが、
まあ、とりあえず流れに身を委ねるのも悪くない。
神楽は古びた書物を手に取り、魔力を集中させた。
──暗闇と静寂の空間。
神楽の魔力によって構成された世界。
物質は存在せず、あるのは意識と記憶だけ……
気がつくと2人はそこにいた。
安土にとっては約3ヶ月ぶりの体験であるが、
不思議と懐かしさは感じなかった。
まるでつい昨日も訪れていたかのような、
自室で寛いでいるかのような安心感があり、
座り心地の良い椅子に身を預けているような……
事実、座っていた。
よく見ればそれは2人のいる位置だけでなく、
同じ形の椅子が何列も配置されているではないか。
「おい、なんだこれ
どうして座席が並んでるんだ……?
俺たちは思念体だろ、現実の肉体じゃない
立ちっぱなしでも疲れないんだし、
こんな物は必要無いだろう」
「まあまあ、いいじゃないの
あたし的にはこの方がやりやすいのよ
前より映画館っぽくなったでしょ?」
「映画館……
まあ、お前の能力だからな
本人のやりたいようにやらせるのが一番か」
と納得しかけた安土の前に突然、人影が現れる。
「……!!」安土は声を上げることなく、
条件反射で腰の左側に手を回した──が、無い。
現実世界で常に持ち歩いている彼の得物が。
それもそのはず。
「当館への危険物の持ち込みは禁止です」
この空間では神楽こそがルールなのだ。
2人の前に爽やかな笑顔で立ち尽くす若い女性。
彼女は極めて短いミニスカートを履いており、
各種様々な飲食物を乗せたプレートを持っている。
とても1人で食べ切れる量ではない。
それが彼女のために用意された物ではない、と
勘のいい安土でなくともすぐに察せるだろう。
「……で、一体なんなんだこいつは?
人の形をしちゃいるが、生命の気配がまるで無い
こいつの持ち物から正体の見当はついてるが、
ここはお前の上の口から説明してもらおうか」
「ふふ、上の口……
あんたも気に入ったんじゃない
まあ見ての通り、“売り子”よ売り子
雰囲気出るでしょ?
本物じゃないけどコーラにポップコーン、
ホットドックなんかも販売してるわよ」
「これも雰囲気作りのためか
まあ、お前のやり方は間違っちゃいない
イメージトレーニングは大事だ
だが、これは映像を再生する能力なんだ
視聴環境の整備に魔力のリソースを割きすぎて、
肝心の上映会がおろそかになったら本末転倒だぞ
今回はお前が知らない記憶を再生しようとしてる
そっちに集中した方がいいんじゃないか?」
訝しむ安土の前にピンク色の物体が差し出される。
それを見た瞬間、安土は先程よりも大きく反応し、
座席を飛び越えて後ろの列へと移動したのだ。
そして無表情ではなかった。
彼は明らかに動揺しており、その険しい顔つきは
まるで恐怖に怯える子供のようであった。
「え、ちょっと何よその反応……
そんなに驚くことないでしょうが
あたしはただポップコーンあげようとしただけよ
自信作だから是非にと思ってたけど、
そこまで嫌がるならやっぱりあ〜げないっと!」
と神楽は冗談っぽく拗ねてみせるが、
安土の表情は依然として強張ったままだ。
何かまずいことをやらかしてしまったのだろうか?
自分にとってはなんでもないようなことでも、
他人にとっては許せない行為というのが存在する。
知らずのうちにそれをやってしまったのだろうか?
また誰かを傷付けてしまったのだろうか……
不安が神楽を襲う。
過去にさんざんアグレッシブなセクハラ行為で
数多くの女子の肛門を傷付けてきた彼女ではあるが、
弱い者いじめは絶対にしないと心に決めている。
しかし今、誓いを破ってしまったのかもしれない。
そういう不安だ。
「確認するが、それはストロベリーソースか?」
「へ?
ああ、うん
今まで食べた中で一番おいしいやつを
再現したつもりなんだけど……」
「それが俺の弱点だと知ってて、
敢えて食べさせようとしたのか?」
「え、弱点……?
ポップコーンが弱点って何よそれ
意味がわからないわ」
未だ警戒態勢を解かない安土からの問いに、
神楽も強張った表情になって答えた。
すると安土の態度は多少柔和なものになり、
なぜポップコーン如きに動揺したのか説明する。
「俺にとってそれは……毒だ
アレルギーという言葉を聞いたことはあるか?
もし知らないのなら、あとで自分で調べてくれ
この空間は精神世界のようなものだから
食べても現実の肉体に影響しないだろうが、
そうだとしても絶対に口には入れたくない」
「なっ、アレルギーって……
あんたトウモロコシにアレルギーがあったの!?
そりゃあ全力で忌避もするわよね
そうとは知らずに……本当にごめんなさい」
神楽が深々と頭を下げ、安土は眉をしかめる……が、
その口角は少し上がっていた。
変に言い訳せず素直に謝罪したのを快く思ったのか、
それとも悪意あっての行動ではないと安堵したのか、
はたまた彼女の天然発言にやられてしまったのか、
それはわからない。
とにかく安土桃太郎が笑ったのだ。
他人を意のままに操ろうとする時の顔ではない。
その知能犯のような表情に嘘偽りは無かった。




