安土家流教育法
安土製菓本社の社長室にて、
2人の男がそれぞれ書類に目を通しながら
仕事とは関係の無い雑談を交わしていた。
社長の安土桜夜とその甥、安土桃太郎である。
「そういえばモモ君
君が来てから今日で1週間になるね
最初に予定を確認してなかったけど、
夏休みの間はこっちで過ごすつもりかい?」
「ええ、そんなところです
あなたの自宅を勝手に使わせてもらってますが、
特に問題はありませんよね?
もしお邪魔なら速やかに拠点を移しますが……」
「いやいや、お邪魔だなんてとんでもない
好きなだけ使ってくれて構わないよ
というか君の家でもあるんだ、
問題なんてあるわけないじゃないか
拠点扱いするのは正直やめてもらいたいね」
「あの場所を自分の家だと思ったことはありません
あくまで都合が良いから利用してるだけです」
やれやれ、とため息を吐きたくもなるが、
安土桜夜はその衝動を必死に抑え込み、
話題を切り替えることでやり過ごす。
「ところで今朝のニュースで知ったんだけど、
甲斐晃って冒険者が一時帰国したらしいね
なんでも友人の結婚式に出席するためだとかで、
日本には3日ほど滞在する予定だそうだ
ついでに母校に立ち寄るとも報道されてたから、
学園で待ち構えてれば彼に会えるかもしれないよ
もしあれならプライベートジェット飛ばすけど?」
「いえ、その必要はありません
甲斐晃帰国の情報は俺の耳にも入ってますが、
特に会いたいとは思わないし、会う理由が無い」
「おいおい、そんなことないだろ〜
モモ君にとっては大先輩にあたる人物なんだし、
ちょっとは冒険者としての憧れとかあるでしょ〜」
その発言を受け、甥っ子が笑顔を見せる。
だがそれは無垢な表情とはとても言い難く、
人を小馬鹿にしたような黒い笑みであった。
「ふふっ、憧れ?
冗談はやめてくださいよ
たしかにそいつは冒険者の先輩ではあるけれど、
尊敬する要素が全く見当たらない人物なので
俺にとっては無価値な存在でしかない」
「ん〜、厳しい評価だなぁ
少し気になったからざっと調べてみたんだけど、
なかなかすごい経歴の持ち主のようだね
ティルナノーグ火災、新宿テロ、秩父防衛戦──
教養あるモモ君なら当然知ってるだろうけど、
どれも数年前に日本中を震撼させた大事件たちだ
彼はその全ての現場において常に最前線に立ち、
鎮静化に大きく貢献した人物だと伝えられている
しかも当時の彼はまだ魔法学園に通う生徒で、
免許取り立てのひよっこだったそうじゃないか」
「……学園卒業後は魔法大学を首席で卒業し、
国際冒険者免許を取得して海外進出を果たす
それから1年以内に100ヶ所以上のダンジョンを
完全消滅させるという前代未聞の偉業を成し遂げ、
国際冒険者連盟からその功績を認められ、
スペシャルチームのメンバーに迎え入れられる
現在はD7制覇を目的とした作戦に参加しており、
“テラ・ノヴァダンジョン”の攻略を目指して
南極基地を拠点に鋭意活動中──」
「はは、無価値な存在扱いしてる割には
甲斐晃について随分と詳しいじゃないか
聞いた限りじゃ最強クラスの冒険者っぽいけど、
どうしてモモ君はそんなに毛嫌いしてるのかな?」
再び甥っ子が鼻で笑う。
人生の先輩に対してまったく失礼な態度であるが、
まあさすがに本人の前ではやらかさないだろう。
……そう信じたい。
「そいつの記事を読んだのならわかるでしょう
やれ『500kgの鉄塊を片手で持ち上げた』だの、
『素手でゴーレムを破壊することができる』だの、
あまりにアホらしくなる作り話しか出てこない
学園の資料室にある記録もまるでデタラメで、
特に秩父防衛戦最終日に関しては、“闘気”とかいう
わけのわからないエネルギーの影響により
撮影機材が壊れたため映像が残ってないそうです
よほど本当の実力を知られたくないのだと見える
……とにかく何もかもが胡散臭い男だ
あんなのを崇拝してる連中の気が知れないね」
「武勇伝には尾ひれ背びれが付き物だからねぇ
まあ、当時の状況を考えたら仕方ないよ
あの頃は冒険者にとって冬の時代だったそうだし、
劣悪な労働環境を改善するためには
世間の関心を集める必要だったんだろう
たしかに設定を盛りすぎた感は否めないけど、
彼が時代を変えたヒーローであることは確かだよ」
「ヒーロー、ねえ……
それが気に食わないんですよ
俺たちのようにまともな神経の持ち主なら、
甲斐晃が虚構の英雄だと判断できるんですがね
中には記事の内容を1ミリも疑うことなく受け入れ、
自分も甲斐晃のように強くなれると勘違いして
無茶をやらかすアホが一定数存在するんだ」
「たとえば大上隼斗君のような、かい?」
「大上……ええ、まさにあいつがそうです
本人が明言したことはないけれど、
毎日無心でサンドバッグを叩いてるあたり
甲斐晃の戦い方を参考にしてるのは間違いない
それが無駄な努力に終わるとも知らずにね
もし大上にわずかでも魔力があったならまだしも、
残念ながらあいつにその才能は無い
どれだけ頑張って身体能力を向上させようとも、
ただの人間が拳で岩を壊すことなんてできやしない
典型的な“勉強はできるけど頭が悪い”タイプ……
フィクションと現実の区別がついてないんだ」
「いいじゃないか、無駄な努力
僕はそういうの嫌いじゃないよ
理想を実現させようと頑張る姿は美しいものさ
それに、『憧れは少年を英雄に変える』だろ?
もしかしたらいつか大上君の努力が実を結んで、
次のヒーローになる日が訪れるかもしれないよ」
「いや、そんな未来は絶対にあり得ない
それこそ笑えない冗談ですよ
まさか伯父さん……
さっきの与太話を信じてたりしてませんよね?」
「んー、とりあえず半信半疑とだけ言っておくよ
『人間の可能性は無限』なんて言葉もあるからね
絶対にあり得ないと切り捨てるべきじゃないと思う
大体、魔法とは無縁の世界で育った僕からすれば
モモ君だって充分ファンタジーな存在さ
それこそフィクションの登場人物のような……
さしずめモモ君は誰しもが認める主人公で、
甲斐晃は前作主人公といったところかな」
「勘弁してくださいよ
宣伝マスコットの後釜だなんて虫酸が走る」
生ける伝説を宣伝マスコット呼ばわり……。
甲斐晃を軽蔑する気持ちはわからないでもないが、
それにしても少し言いすぎだろう。
たとえ嘘で塗り固められた経歴の持ち主であろうと、
全くのド素人を危険地帯に送り込むはずがない。
それなりの実力と人望を兼ね備えているからこそ
国際冒険者連盟から重要任務を託されているのだ。
なにも彼を崇拝しろとまで言うつもりは無いが、
後輩冒険者として払うべき敬意があるはずだ。
この甥っ子には教えなければならないことがある。
「なあ、モモ君
あまり大人を──」
安土桜夜はそこまで言いかけたものの、
デスクの上にドサリと放り投げられた書類に
意識を持っていかれ、つい口をつぐんでしまった。
そんな伯父の反応などまるでお構いなしに、
安土桃太郎は淡々とした口調で業務報告を行う。
「さて、こちらの作業は終わりました
過去5年分のデータから推測して、
犯人はおそらく総務課の竹内奈々子かと
彼女の出勤日には決まって金の流れが怪しい」
「え、もう?
まだ数日はかかると思ってたんだけどなぁ」
「金銭の管理は得意ですからね
だから俺にこの仕事を任せたんでしょう
まあ、あとは弁護士と相談してください
ここから先は俺の出る幕じゃない」
と甥っ子は言うが、そもそも横領の証拠集めにおいて
義務教育を終えたばかりの少年が出る幕など無い。
しかも彼は安土製菓の社員という立場ですらなく、
ただ簿記の知識があるだけの部外者である。
おいそれと内部情報を漏らしていい相手ではない。
だが、安土桜夜は安土桃太郎に帳簿を見せた。
まるで友人におすすめの漫画を読ませるかのように、
棚に並んでいた内部情報をおいそれと手渡したのだ。
「しかし、あの奈々子ちゃんが横領とはねぇ
不正する度胸なんか無いタイプだと思ってたけど、
やっぱり人の本性ってのはわからないものだね
……あ、そういや机にイケメンの写真を飾ってたな
彼氏じゃなくて推しのアイドルなんだとか
今思い出したけど、飲み会の席ではっちゃけて
シャンパン一気飲みして潰れたことがあるらしい
それってホストクラブでありがちな事故だよ
……うわあ、男に貢ぐために横領するタイプだ」
「まだ犯人と確定したわけじゃありませんよ
あくまで俺の推測だということをお忘れなく
真相の究明は警察に任せましょう」
「いやいや、警察に突き出すつもりはないよ
本人の口から直接事情を聞き出して、
もしクロだったとしても、素直に罪を認めるなら
ちょっとだけお仕置きしたらそれで水に流すさ」
「何を甘いことを……
犯人が誰にせよ、相手は紛れもない犯罪者ですよ
会社の金をこっそり使い込んで誤魔化すような奴に
優しくする必要なんてないと思いますがね」
「フフッ」
と、安土桜夜が無邪気な笑顔を見せる。
それは新しいおもちゃを手にした子供の表情だった。
「本来、他人の弱みはお金で買えないものだけど、
今回はそれができたと思えばいいさ」
「なるほど」
これが一流企業代表の教えである。




