演者
「マジかよ……」
安土は悔しそうに呟きながら眉間を指でつまみ、
ダンジョンの壁に背中を預けて徐々に足の力を抜く。
壁にも床にも小さな突起物があるので
衣服や皮膚を傷付けてしまいそうな状況だが、
彼は今、金剛石の鎧によって全身を守られている。
これなら安心してその場に崩れ落ちることができる。
ズルズル、というかゴリゴリと音を立てながら
力無くダンジョンの床に座り込む安土桃太郎を見て、
仲間たちはどんな感想を抱いただろう?
『あの安土君がこんなに落ち込むなんて……』
『よっぽど大切な刀だったんだね……』
そんな声が聞こえてくるものとばかり思っていたが、
実際には同行者の女子3人は彼に同情するどころか
この貴重な瞬間を逃すまいとスマホを取り出し、
頻繁にアングルを変えながら撮影を行なったのだ。
まったく、なんと失礼極まる女たちだろうか。
ここまであからさまに落ち込んでいる人間に対して、
それを面白がって撮影するなど非常識も甚だしい。
亀山がそういった行為に及ぶのはまだ理解できる。
彼女とは長いつき合いだ、度が過ぎるスキンシップの
1つや2つあってもおかしくない関係性にある。
だが、犬飼と猪瀬のあれはなんだ?
なぜあいつらまで亀山の悪ふざけに参加している?
あの女たちは俺を尊敬し、崇拝しているはずなのに、
どうしてこんな酷いことができるのか……
──しばらくして、安土はゆっくりと立ち上がって
仲間たちに帰還の準備をするように指示を出した。
ここはダンジョンの中、魔物の生息地だ。
用も無いのにいつまでも長居するわけにはいかない。
もう本日の目的は果たしたのだ。
“調査隊に首切姫を回収させる”というミッションを。
安土は懸念していた。
彼の中で安土桃之進と戦うことは確定していたが、
具体的にいつ実行するかまでは決まっていない。
それは少なくとも学園を卒業してから数年後、
確かな実力を身につけて万全の態勢を整えてからだ。
だが、もし何かの拍子で学園在学中に
あの強敵と剣を交える機会が訪れてしまったら、
首切姫が見せた記憶映像の通りになるだろう。
そこで安土は映像の再現を阻止するべく、
同じ状況にならないように先手を打ったのだ。
首切姫は、言わばカメラだ。
カメラが無ければ撮影はできない。
撮影しなかった場面は映像に残らない。
この撮影していない期間は無茶をせず、
いつもより慎重に動いてやり過ごす。
安土は己の限界を熟知しているので、
首切姫無しで安土桃之進に挑むなどという愚行は
まず選択肢から除外されることになる。
安土桃太郎が安土桃之進と戦わないのであれば、
仲間たちもその戦いに参加する理由が無い。
戦わなければ死なずに済む。
以上の理由から、
安土桃太郎は首切姫を手放すことにしたのである。
「……とはいえ、卒業まで預かっておける自信ねえな
いくらおれが魔力制御の技術に長けていようと、
やっぱり安土因子を持ってない人間には
相当な負担がかかっちまうからな
それ以前にお前の持ち物じゃねえんだし、
正当な所有者に話を通さずに又貸しなんかしたら
後々面倒なことになりそうなもんだがな」
調査隊の進道氏は迷惑そうな顔をして愚痴を溢す。
彼は共にループ問題に立ち向かう協力者ではあるが、
あくまで目的達成のために手を組んでいるだけであり
安土に対して心を許しているわけではない。
「伯父には俺から説明しておきます
ただしタイムループの件は伏せておきたいので、
あとで口裏を合わせる必要がありますね
……ところで進道さん
台本通りにやってもらわないと困ります
あんな場所で正座なんて強要しないでいただきたい
俺は刀を武器にしていますが、自己流なので
何か武道の心得があるわけではありません
あやうく足が痺れてしまうところでしたよ」
そう文句を垂れる安土の口調は淡々としており、
仲間の前で恥をかかされた件については
特に怒るでもなく、ただ伝達に努めた。
この人間味の無さが受け付けない。
思春期真っ只中で多感な時期の少年だというのに、
しかも、いかにもプライドの高そうな男であるのに
目的遂行のためにはオーバーすぎるリアクションも
平然とやってのける精神の持ち主なのだ。
これからしばらくはこの機械的な少年と協力し、
ループ問題を解決するために動かねばならない。
ただし現状、手がかりと言えるものは見当たらず、
本当に時間が巻き戻っているのかさえ怪しい。
根拠となる前周の記憶とやらは、首切姫を通して
安土と神楽の2人だけしか鑑賞できないとのことだ。
もしかしたら思春期特有の痛い妄想かもしれない。
そう考えると先が思いやられる進道氏であった。




