運命共同体
「……そんで、話し合いの結果どうなったのよ?
もしかしてあんた退学になっちゃったりとか?」
神楽は悪戯っぽい笑顔を浮かべながら言った。
内心そうなってほしいという願望があった。
彼女にとって安土は邪魔者なのである。
学園一のモテ男を排除することができれば、
ご馳走にありつける確率が上がろうというものだ。
「期待を裏切って申し訳ないが、俺は退学しない
それどころか停学も謹慎も無しだ
俺も被害者の1人である、と学園側は判断した
邪魔者を排除できなくて残念だったな」
「ぐぬぬ……」
2人はミーティングルームで落ち合わせて
現在自分たちが置かれている状況の再確認を行い、
今後の立ち回りについて話し合っていた。
死の運命を回避するにはどうすればいいのかを。
彼らは見てしまったのだ。
神楽が持つ特殊能力“サイコメトリー”で
首切姫に宿った記憶映像を再生し、
前周の自分たちが辿った末路を知ってしまったのだ。
ダンジョンに転がる2つの惨死体と、
仲間の仇討ちに失敗した神楽の無念を。
「さて、俺たちが死なないようにするためには
どうすればいいのかという具体案だが……
単純に『安土桃之進とは戦わない』のが正解だ
奴は強い
言えるのはそれだけだ」
「ちょ、ザックリしすぎでしょ
もうちょっとこう、なんかないの?
どんな経緯で戦ってたのかはわかんないけど、
今度も戦うことになるかもしれないじゃない
あれってどう見てもあんたのご先祖様的な何かよね
色々知ってるなら情報を共有すべきじゃない?
攻略のヒントとか思いつくかもしれないし……」
「逆だ
お前は奴について何も知らない方がいい
お前はあの映像……前周の記憶を見て、
何かがおかしいとは思わなかったのか?」
「あいつが着てた服はおかしかったわね」
「服はおかしくない
お前があの場にいたこと自体が不自然なんだ
亀山がいたのは納得できる
あれは俺のためなら死ねる女だからな
俺が命令すれば、喜んで地獄までついてくるだろう
だが、お前は違う
現時点でお前が俺を嫌っているのは一目瞭然だし、
俺もお前のことをただの馬鹿女としか思っていない
そんな2人がパーティーを組むと思うか?
互いに背中を預け合う関係になれると思うか?」
「あんた今、あたしのこと馬鹿女って言ったわね
ぐうの音も出ないじゃないの
……まあ、言われてみればたしかに変よね
あたしは美少女ハーレム以外には興味無いし、
あんたみたいな男と一緒に行動するはずがないわ」
「だが、前周はそうじゃなかった
安土桃之進に俺を殺されたお前は激情に駆られ、
刺し違えてでも仇を取ろうと飛び込んでいった……
あの時、思念体に流れ込んできた強烈な感覚は
紛れもなく100%純粋な復讐心だった
それだけ俺の存在を大切に想っていた証拠だ」
「なっ……誤解を招く言い方はやめてよね
あたしは女の子にしか興味が無いの
それはきっとあんたに対する想いじゃなくて、
他の美少女の無念を晴らそうとしたのよ
画面にはあんたと亀山さんが映ってたけど、
カメラの外にも誰かいたかもしれないでしょ?」
「ほう、いい着眼点だ
それについては俺も気になっているところだが、
やはり俺の仇討ちと考えるのが一番しっくり来る」
「なんでよ?」
「この顔だからな」
「うわ」
「それに頭が切れて剣の腕が立ち、カリスマ性がある
なんらかの拍子で惚れたとしてもおかしくはない
たとえ男嫌いのお前でもな」
「どんだけ自分に自信があんのよ……」
「逆に、俺がお前に惚れた可能性もある」
「は?」
「外見だけで判断すれば、
お前は俺の好みに合致している
和服の似合う黒髪美人で、特に脚に魅力を感じる
だが、頭と口が悪いせいで台無しだ
それがあるから俺がお前に惚れる展開はあり得ない
……しかし、だとしても何が起こるかわからない
俺も思春期だ、一時の気の迷いもあるだろう」
「……」
「そうやって黙ってれば良い女なんだがな」
「追い討ちやめろぉぉ!!
え、何? 愛の告白!?
冗談じゃないんですけど!!
たしかに寸胴だから着物が似合うだろうけども!!
あたしのそっくりさんには似合ってたけども!!
ああ、あたし和服を着ればよかったのね
まさかの盲点だったわ
……じゃなくて、褒めたって何も出ないわよ!!」
「とか言って変な汁が出てくるんだろ?
いらねえよ、汚いし……」
「変な汁が出る前提で拒絶された!!
屈辱!!
本当に出してやるんだから!! 変な汁!!」
「ふっ、冗談だ 本気にするな
……まあとにかく、むざむざ死にたくなければ
お互いに恋愛感情を持たないのが先決だ
そうすれば俺たちが手を組む機会は無くなり、
お前があの戦いに参加する理由も必然と消える
よって、お前の命は保証されることになる」
「あんた冗談とか言えたのね……
ってか、あたしが男に惚れるとかあり得ないから
その点は安心してちょうだいな
それよりそっちがあたしに惚れないかが心配よ」
「その心配は無い
本当に変な汁を出せる女なんて気味が悪い
いいか、くれぐれも俺に惚れるんじゃないぞ?」
「うっざ!!」
2人はお茶を飲んで一息つき、
生存戦略を煮詰める作業を再開する。
「さっき『お前の命は保証される』って言ったけど、
他の女の子たちはどうなんのよ?
あんたの性格上、あのやばそうな相手に対して
たった3人だけで戦いを挑んだとは思えないわ
まず男友達ができるタイプじゃないし、
使える美少女を何人か連れ回してたはずよ
まさか、あたしさえ無事ならそれでいいとか
考えてるんじゃないでしょうね?
その、あんたの好みに合ってるらしいし……」
「そんなわけがない、全員助ける
現時点で判明してるメンバーは亀山だけだが、
他については大体目星がついてる
犬飼と猪瀬、つまり現在のパーティーメンバー……
卒業後も活動を共にしようと思っていた連中だ
よほどのことがない限りクビにする気は無いし、
これ以上人数を増やしても邪魔になる
前周の俺はあの3人を無駄死にさせたんだろうな
……で、生存させる方法はさっき言った通りだ」
「『安土桃之進とは戦わない』ね
あたしはもう顔と名前知っちゃったけど、
あの子たちには何も情報を与えないことで
戦闘を回避できるかもしれないって算段かしら?」
「その通りだ
ちゃんと話についてこれてるな
馬鹿女は訂正しよう、言いすぎた」
「あら、素直
絶対に謝らないタイプかと思ってたけど、
意外とそうでもなかったのね
……んで、あたしたちを戦いから遠ざけたとして、
あんた自身はどうするつもりなのよ?
まさか、鎧ごと真っ二つにされるとわかってて
ご先祖様に喧嘩吹っ掛けたりしないでしょうね?」
安土は手元のお茶を最後まで飲み切り、
湯呑みの底を少し眺めてから答えた。
「理由は話せないが、いずれは戦うことになる相手だ
ものすごく個人的な事情だから気にするな
まあ、奴に挑むのは10年ほど先を予定してる
その頃の俺は今より遥かに強くなってるはずだし、
あいつらを俺の事情に巻き込むつもりは無い
代わりに確かな実績のある傭兵を募れば、
あの映像通りの結果にはならないだろう」
「ふーん、個人的な事情ねぇ
それなら仕方ないわ
あたしが止める義理も無いしね
せいぜい殺されないように気をつけなさい」
「ああ、物分かりが良くて助かる
……それで、1つお前に頼みがあるんだが」
「うん?
美少女の命を守るためならなんでもするけど?」
「俺のパーティーに入れ」
神楽はこれまでの会話を振り返って反芻し、
やはりおかしなことを言われたのだと確信に至る。
「ん〜、どゆこと?
あたしと手を組むのはまずいんじゃなかったの?
それにこれ以上人数増やす気は無いんでしょ?」
「そうなんだが、あいつらを追い出すためだ
卒業後も俺についてくるという事態を避けたい
だが大した理由も無くクビを宣告した場合、
俺のブランドイメージに傷が付いて後々困る
気まぐれで味方を切り捨てるようなリーダーに
命を預けられる傭兵なんていないだろうからな」
「そりゃまあねえ
傭兵の皆さんは生きるために仕方なく、だもんね
無能な上司に従って命落としたら本末転倒だわ」
「そこで、お前の出番だ
あの3人が自分から離反するように仕向けてほしい
お前はただセクハラの限りを尽くせばいい
俺はそれを黙認する
するとあいつらは俺に対して不信感を抱くはずだ
結果、学園在籍中はしぶしぶ命令に従うだろうが、
それ以降も俺の下で働きたいとは思わなくなる
世間の俺に対する評価は多少下がることになるが、
金目当ての連中を雇えなくなるほどじゃない
お前はお前でいやらしい欲望を満たせるし、
お互いにとって悪い話じゃないと思うんだが……」
神楽が立ち上がった拍子にガタン!と椅子が倒れる。
だが彼女はそんなのお構いなしに、目を輝かせながら
前向きな返答をするのだった。
「福利厚生が充実した理想の職場だわ
美少女にセクハラし放題だなんて素晴らしい環境よ
OK、二つ返事でOK……!
早速明日からでもバリバリ仕事しちゃうんだから!
次の活動予定はいつなの!?」
興奮気味に机から身を乗り出す神楽に対し、
安土は両手で「まあまあ」とジェスチャーして
心を落ち着かせるよう促した。
その際、「椅子が倒れたままだ」と忠告したので
神楽は間抜けな怪我を負わずに済んだ。
気配りのできるイケメンである。
──安土はまだ全てを伝え切れていなかった。
だがミーティングルームの利用には制限時間があり、
続きはまた後日という運びで作戦会議を終える。
「別の場所で会議の続きをすればいいんじゃない?
教室とか食堂とか、他にも探せば色々あるでしょ
なんならあたしの部屋でも全然構わないけどね
もしくはあんたの部屋? まあどっちでもいいわ
お互いに恋愛感情は持ってないわけだし、
妙な気を起こしたりはしないはずよ」
「それはあまりにも無防備がすぎる
こうして2人でコソコソと会ってる場面を
もし誰かに見られでもしたら面倒だ
話してる内容もなるべく聞かれたくない
ここなら計画の打ち合わせの場として最適だろう
冒険活動の報連相に集中するための部屋だから、
周りから変に怪しまれることなく存分に話し合える
これもお前をパーティーに引き入れたい理由の1つだ
それにさっきも言った通り、俺は思春期の男なんだ
完全にプライベートな空間で2人きりになったら、
外見だけは魅力的なお前を襲わないとも限らない」
「……」
「本当に黙ってれば良い女なんだがな」
「リピートすんなバカぁ!!」
神楽は変な汁を噴射した。




