義務
気がつけば安土は何者かに背負われていた。
運び手は、肩幅の広さからして男性で間違いない。
目線の高さから計算して彼の身長は170cm代後半、
こうなる以前の状況を思い返し、現場に居合わせた
メンバーの中から条件に当てはまる人物を絞り込む。
「猿渡、降ろせ」
「お、目覚めたのか安土
まあ遠慮すんなって!
このまま医務室まで運んでやるよ
ごっつい鎧のおかげで無傷とはいえ、
ちょっとヤバそうな状態だったからな」
「……どうヤバかったんだ?」
「ん〜、なんか意識朦朧って感じで、
虚ろな目でアウアウと口を動かしてたな
鬼島先輩もおんなじ症状だったぜ」
「そうか……
それはいつの出来事だ?
俺たちが気絶してからどれだけの時間が経った?」
「時間か……
正確には測ってないけど、3分から5分くらいかな」
「首切姫……俺の刀はどこだ?
まさか誰か触ったりしてないだろうな?
あれは危険な物だと同行者には伝えてあるが……」
「ああ、マジでそうらしいな
犬飼さんがちょっと触っただけで、
コロリとぶっ倒れちまったからな」
「なっ……あの馬鹿!!
のんびり歩いてる場合じゃない!!
大上、今すぐ犬飼を医務室に運べ!!
他の奴らは魔力干渉能力を持つ人間を集めろ!!
急いで犬飼の魔力を安定させないと、
最悪の場合、死ぬことになるぞ!!」
クールな安土が突然取り乱し、一同は困惑する。
最悪の場合、死……なんとも物騒な言葉である。
「みんな、ぼーっとするな!!
早く動いてくれ!!
犬飼さんの命が懸かってるんだ!!」
そう叫ぶ大上は既に犬飼杏子を背に乗せており、
ダンジョンの出口がある方角に走り出していた。
そして安土は猿渡の背から強引に脱出し、
反対の方角へと駆け出した。
「あっ、おい安土!!
お前はどこ行くんだよ!?」
だが安土は猿渡からの問いには答えず、
ダンジョンの奥に消えていった。
まあ、少し考えればわかることだ。
現場に残された危険物の回収に向かったのだと。
彼には二次災害を防ぐ義務があるのだと。
──ほどなくして、犬飼杏子の魔力は安定した。
魔力干渉のスペシャリスト、調査隊の進道千里が
関東魔法学園に常駐していたのは幸いであった。
かつて学園最強の魔法使いと呼ばれた男にかかれば、
暴走状態の鎮静化などお茶の子さいさいである。
彼らは学園ダンジョン深層の調査活動ならびに
名倉友紀の行方を追っていたのだが、これといった
成果を挙げられずに行き詰まっていた。
そんな折に今回のトラブル解決に立ち会い、
自らの得意分野で1人の生徒を救うことができたので
気分が良くなろうというものだ。
「まったく、不注意にも程があるぜ
とんでもなくやべえ代物を持ち込んだ安土もだが、
それを知ってて触っちまった犬飼も迂闊だったな
他の物で例えるなら熱したフライパン、
中身が剥き出しの電源コード、回転中のタイヤ……
手ぇ出せば怪我するに決まってんだろうが
こういう事故があるから、強力な装備品には
使用者の登録制度ってもんが存在すんだよ
ここまで極端に魔力が暴走するケースは稀だが、
登録者以外が専用装備を無理矢理使った場合、
大抵は眩暈や吐き気、胃痛、胸焼け、手足の痺れ、
息切れ、肩凝りなどの症状に悩まされることになる
あと顔のむくみやら脱毛の原因とも云われてるが、
因果関係は不明で研究中の段階だ
まあその辺の知識はとっくに履修済みだろうが、
いい機会だからおさらいしといて損はねえよな」
改めてなんて恐ろしい症状だろう、と
レンタル装備の生徒たちは頭を抱える。
そんな中、神楽は挙手して進道氏に質問した。
「魔力の暴走が長続きするとどうなるんですか?
あ、あたしは上級生なんで当然知ってますけど、
おさらいついでにお願いします、後輩のために」
「もう6月だし、その辺もとっくに習ってるよな?
ここはひとつ抜き打ち小テストといこうじゃねえか
そんじゃ……一番馬鹿そうなお前、答えてみろ」
一番馬鹿そうな鳩中に注目が集まる。
「たしか短時間なら強力な武器にもなり得るけど、
その状態が長時間続くとまずいんですよね?
絞った雑巾から更に水を絞り出そうとして、
ねじりすぎて千切れるようなもんだとか……」
「おう、しっかり頭に入ってんな
ご褒美にジュースでも奢ってやるよ
……まあ意図的に暴走状態を引き起こすには
それなりの才能と技術が必要になってくるから、
普通の生徒にとっちゃあまり関係ねえ話だがな
で、ご覧の通り安土が持ってるやべえ刀は
使用者を強制的に暴走させる装備品ってわけだ
魔力制御が下手な奴は絶対に触んじゃねえぞ」
知識量が後輩以下の神楽は、少し賢くなった。
後日、安土は学園長室に呼び出された。
言わずもがな、仲間の命を危険に曝した件の始末を
どう付けるかという話し合いをするためである。
その場には安土と学園長の他には落合訓練官、
進道千里、そして安土桜夜が同席していた。
「安土さん、本日は大変忙しい中、
遠い所をわざわざ御足労いただき、
心より感謝申し上げます」
「いえいえ、どうかお気遣いなく
僕はモモ君の後見人ですからね
今回の件は監督不足だった僕の責任なので、
然るべき務めは果たさせてもらいます」
安土桜夜は安土桃太郎の伯父にあたる人物であり、
そして未成年後見人……親代わりの立場にあった。
「それに首切姫の管理責任者として、
事故の再発を防止する義務がありますからね
僕なりに今後の対応はまとめておきました
まずは被害者及び保護者への謝罪と賠償ですね
被害者本人への謝罪に関しては、当事者である
モモ君に一任するのがベストかと思われます
彼は加害者ですが、幸い、犬飼杏子という生徒は
モモ君にベタ惚れしているそうですから、
一言謝るだけで許してもらえるでしょう
彼女の保護者への説明はこちらで行います
今回の件は安土家の所有物が招いた事故であり、
学園には一切の非が無いという事実を伝えた上で
和解する方向に持っていくつもりです」
言い方は悪いが、金で解決するのがベストなのだ。
いくら謝罪の言葉を口にしようが、土下座しようが、
相手が納得してくれなければ全く意味が無い。
真に誠意を伝えるには形に残すのが手っ取り早く、
それは役に立たない物を渡しても逆効果になる。
万人にとって有用であり、普遍的価値のある物……
つまり現金。
現金こそが円満解決へと導く唯一の方法なのである。
「次にモモ君への処罰についてですが、
それは学園側の判断にお任せします
というか、そうするしかありませんよね
こちらに人事権はありませんから
謹慎、停学、あるいは退学になろうとも、
僕はその結果を甘んじて受け入れる所存ですよ」
「……と保護者は言っているが、
お前の意見はどうなんだ?
何か言いたいことがあれば聞いておこう」
「伯父に同意します
俺は被害者に対して誠心誠意謝罪し、
保護者同士の話し合いには関与しない
処罰については学園側の決定に従います」
「そうか
では次に例の物騒な刀をどうするかだが──」
と学園長が仕切ろうとすると、発言を遮るかのように
安土桜夜が口を挟んできたので、学園長は黙った。
事実、発言を遮られたのだ。
「引き続き、モモ君に持たせておきますよ
彼の強さは首切姫ありきですからね
むしろ『首切姫を装備可能』というのが
唯一にして最大の強みだと言えるでしょう
せっかくの才能を活かせる場所を失っては、
それこそ宝の持ち腐れというものです」
「何を仰ってるんですか、安土さん
再発の防止に努めるのではなかったのですか?
あれは人命を奪いかねない危険な代物なんです
今回はたまたま運が良かっただけですよ
もしまた同じような事故が発生したとして、
次も無事で済むという保証はどこにもありません」
「モモ君はお利口さんなので、
痛い目を見て充分に学習したはずです
同じヘマは二度とやらかさないと僕は信じてます
それに、他人より大きな力を持つ者には
それを使う義務があるとは思いませんか?
それを使わなければ生まれてきた意味が無い
ありがたいことに、モモ君にはその力があるんです
彼にとって首切姫とはただの戦いの道具ではなく、
成功者としての人生を送るための勝利の鍵……
あれは言わば、未来を切り拓く剣なんです」
「あなたはあなたなりに安土桃太郎の将来を
案じているのだとは理解できます
ですが他の生徒たちの安全面を考えると、
学園長の立場としては反対せざるを得ません」
「立場上、そう答えるしかないですよね
僕も人の上に立つ身なのでよくわかります
体面を守るために、心にも思っていないことを
発言しなきゃならない時がある
……ぶっちゃけどう思ってますか、学園長さん?
あなたは現役引退後も冒険者の心を持ったまま
前進を続けてきた人物なんだとお見受けします
代償を払うことで絶大な力を得られる剣と聞いて、
本心ではワクワクしてるんじゃありませんか?」
「反吐が出る
俺なら自分の子供にそんな危なっかしい物を
持たせるという選択は絶対にしない
あんたは親代わり失格だよ
それから、俺はまだ現役の冒険者だ
勝手に引退したと決めつけるな
……というのが個人的な意見ですね」
「親代わり失格、か……
はは、これは手厳しい
最高のおもちゃを与えたつもりなんだけどな……」
すると安土桜夜は机に両肘を乗せ、
ガクリと項垂れながら眉間をつまんだ。
安土桜夜が落ち込んでから数分後、
その甥が気まずい沈黙を破る。
「学園長、発言してもよろしいですか?」
「ああ、聞こう」
「俺は首切姫を封印するべきだと考えています
あの剣を手にするには時期尚早でした
いくら俺自身が反動を制御できるからといって、
結局は周りに迷惑を掛ける結果となりました
これでは真に使いこなせているとは言えません
再発防止のためには、もう持たないのが一番です」
「ほう……意外だ
てっきり駄々をこねるかと思っていたが、
どうやら本当にお利口さんだったようだな
でもいいのか?
首切姫を手放せばお前は弱体化し、
今までのようには戦えなくなる
お前を快く思っていない連中からの襲撃が増え、
冒険活動に支障をきたすようになるだろう
当然その点は理解しているとは思うが、
念のために確認しておかねばなるまい」
「ええ、俺個人は確実に弱くなるでしょう
ですが俺には有能な味方がついていますし、
魔物との戦闘は戦術次第で対処可能です
襲撃については……少し自信がありませんね
現時点では他の同期とまだ力の差があるにしても、
ゆくゆくは襲撃者たちも冒険者として成長を遂げ、
俺より強くなったとしてもおかしくはありません
彼らが手加減してくれればいいのですが、
学園長もご存じの通り、俺は嫌われ者です
つい熱が入りすぎて最悪の事態に……
いえ、今の発言は忘れてください」
一瞬、学園長の眉がひくつく。
それでいい。彼は不安を感じたのだ。
安土の作戦が通用したということだ。
相手が不安に思うであろう発言で危機感を煽り、
こちらに有利な方向へ流れを導く心理テクニック。
詐欺師の手口である。




