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進め!魔法学園2  作者: 木こる
決死行
25/32

4分33秒

ここからは私の時間だ。(2回目)




「あ、気がついたみたい!

 よかった……」


そう発言したのは白鳥(しらとり)飛鳥(あすか)

去年、関東魔法学園を卒業した元生徒会長である。

美しい名前から腐ったゴミのような思想の持ち主で、

『全ての男はホモである』という信念に基づき、

同志を集めて精力的に創作活動を行なっている女だ。

いわゆる腐女子なのだが、他のブス共とは違って

身だしなみにはしっかりと気を配っている。

一見するとまともな女だから厄介なのだ。

杏子にとってはBLの師匠のような存在であり、

直接顔を合わせるのはこの時が初めてである。

ちなみに『腐った』は褒め言葉だ。私も尊敬してる。


「私は白鳥飛鳥

 去年の生徒会長なんだけど、覚えてるかな?

 あなたの話は隊員……後輩たちから聞いてるよ

 いつか挨拶に伺おうとは思ってたんだけど、

 まさかこんな形での出会いになるとはね……」


私は今、車の後部座席で目を覚ましたところだ。

運転しているのは落合訓練官、助手席には金子正数。

病院に向かっているのだが、最寄りの病院ではなく

少し離れた場所にある病院を目指している。

最寄りの病院は怪我をした冒険者で一杯なのだ。

彼らはチームブラックの面々が無事に帰還できるよう

ダンジョン内で退路を確保していた者たちだ。

毎度毎度、お疲れ様です。


「俺たちは今、隣町の病院に向かっているところだ

 現場近くの病院は満員でな

 道中であれだけの怪我人が出たんだ、

 あいつらが全滅したのも当然の結果だろう」


「せ、先生……!

 今その話はやめましょう!

 彼女は起きたばっかですし!

 ほら、運転! 運転に集中!」


「いや、今伝える

 関東(うち)の生徒が5人死んだ

 3年1組、鬼島神楽

 2年1組、安土桃太郎

 2年3組、亀山千歳

 2年4組、猪瀬牡丹

 2年5組、大上隼斗」


次の台詞は『俺がしっかりしていれば……』だ。


「俺がしっかりしていれば……

 お前たちがどんな依頼を引き受けたのか、

 ちゃんと確認しておくべきだった……」


落合訓練官はこの後「俺の責任だ」みたいな

自虐的な台詞を延々と垂れ流すのですが、

ものすごくウザいのでカットします。


「あの、トイレに行きたいです」


「ん……そうか

 ちょうどコンビニがあるな

 白鳥、念のため一緒についてってやれ

 外傷は無いが、さっきまで気を失っていたからな

 金子は適当に飲み物を頼む、俺は学園に報告だ」


「はい、わかりました」

「了解です」


そしてコンビニに着いたら……



ダッシュ!!!



「あっ、わんこちゃん!?」

「トイレはそっちじゃないよ!!」

「よっぽど我慢していたようだな」



コンビニ入ったら右!!

突き当たりを左!!

右に酒コーナー!!



はい、ビール!!!



プルタブ!!

開ける!!

飲む!!



……美味い!!!



「ちょっ……えええ!?」

「まだお金払ってないのに!!」

「それ以前に未成年だぞあいつ」


同乗者たちが目を丸くしている。

まあそうでしょうそうでしょう。

そりゃ驚いちゃいますよね。

可愛い可愛い杏子ちゃんが急にコンビニ駆け込んで

未会計の生ビールキメたら、そりゃ驚きもしますよ。


そこに追加ではい、プシュ〜〜〜。


「続いてレモン酎ハイ!!」

「2本目ぇ!!」

「反則取れよ審判」


おつまみは……まあ、スルメイカでいっか。

イカだけに。なんつって。わはは。

いやいや、その辺にある袋全部開けちゃえ。

はい、バリバリバリ〜〜〜っと。


「わんこちゃん……いや、金子!

 あんた生徒会長でしょ

 なんとかしなさいよ、これ……」


「なんとかしろと言われてもなぁ

 僕も未成年の立場なんで、

 お酒の弁償は別会計になりますよ」


「なんかズレてるんだよな、お前……

 まあいい、俺が責任者と話をつける

 お前らは犬飼を店から連れ出せ」


「はい」

「了解」


と、私は連れ出されそうになりますが、

ここでとっておきの秘策を発動します。



杏子ちゃんマジックその1……全裸バリア!!



「なっ……脱ぎよった!!」

「イエローカード!!」

「レッドだ馬鹿!!」


今この場に居合わせたのは私、アスカ隊長、

金子正数、落合訓練官、コンビニ店員AとB。

計6人中4人は男だが、彼らは紳士的な性格なので

裸の女性を力ずくで押さえつけたりはできない。

そしてアスカ隊長は私と同じ性別ではあるものの、

この状況を楽しんでいるので何もしてこない。


3分後にはどうなっているかわからないが、

とりあえず3分後なんてやってこない。

警察を呼びたければ呼べばいい。

逮捕できるものならやってみろ。

どうせここへ到着するまでに時間切れとなり、

この世界は滅びるのだ。




世界の終わりまで、あと1分。




どうかそれまでは自由にやらせてほしい。

こうして私の人格が表に出ていられるのは、

1周につき4分33秒という短い時間だけなのだから。

それは何か意味のある数字だった気もするが、

遠い昔の記憶なんて綺麗さっぱり忘れてしまった。


1周を終えるまでが大体17年として、

それを100回繰り返したら1700年になる。

もう途中から数えちゃいないが

これまでに何千周もしてきたと思うので、

私は実質、スーパーウルトラお婆ちゃんなのだ。

お婆ちゃんなのだから物忘れしてもしょうがない。


というのは半分冗談で、私の物覚えが悪いのは

表の人格がとてつもない馬鹿女だからだろう。

こいつには学術的好奇心というものが無い。

そのため脳味噌ツルツルな生き方しかできないのだ。


犬飼杏子はいつも男のことしか考えておらず、

BLに目覚めて腐女子ルートに入ってからは

“男と男”のことばかり妄想している。

そういう興味あるものに対する向学心はあるのだが、

小難しい学問に惹かれたことは一度もない。


杏子が持っていない情報は、私も持っていない。

なので無限ループの原因や解決法などを考えようにも

思考材料が足りないので、私にはどうにもできない。

まあ、もしあれこれ考えることができたとしても

この馬鹿女は前回までの記憶を引き継げないし、

攻略のヒントを誰かに託す手段も存在しない。


詰みである。



この状況を打開できそうな時代はあった。


名倉(なぐら)友紀(とものり)

彼がいた頃は良かった。

どうやら彼は特別な存在だったようで、

前回までの記憶を引き継ぎこそしないものの

周回毎に行動が少しずつ変化するという性質により、

それが他の人間に影響を及ぼして環境を書き換え、

結果として杏子の運命を大きく変えてくれていた。


こういう小さな変化がきっかけとなり、

やがて大きな変化をもたらす現象を

私は“ドミノ倒し効果”と呼んでいる。

おそらく無限ループについて研究してる識者たちは、

もっと堅苦しい名前で呼んでいるのだろう。

しかし私はそれを知らない。杏子が馬鹿だからだ。


それはさておき、名倉友紀がいなくなってからは

モモさん突撃ルートに運命が固定されてしまった。

アホブタが真っ二つになるとゲームオーバー。

私が目覚めてから4分33秒後に世界がリセット。

次に私の存在が発生するのは去年の4月3日午後3時、

杏子が『人生最良の日』を迎える96時間前である。

私はそこをループの開始地点と認識しており、

便宜上、“セーブポイント”と呼んでいる。


名倉がいなくなった理由はわからない。

ただはっきりしているのは、私の発生に合わせて

彼がこの世界から消失するというルールだけだ。

私は私なりに少ない頭であれこれと考えた結果、

『セーブ回数を使い切ってしまった』のが原因だと

結論づけて、それから考えるのをやめた。




世界の終わりまで、あと30秒。




さあ、ラストスパートだ。

最後はウイスキーと決めている。

この店に置いてある中で一番高いやつ。

名前は読めない。英語だからだ。たぶん英語。


「お客様、困ります!!」


ああ、困れ困れ。

思う存分困るがよい。

この私が、そなたを困らせて進ぜよう。

だが安心せい。どうせ時間は巻き戻るのだから。

どうせ全てが無かったことになるのだから。


迷惑な全裸女が店内に散らかしたゴミも、

死んだ仲間たちも、せっかくデレ始めたあいつも、

楽しい夏休みの思い出も、雪合戦した冬休みも、

カタログ見ながらワイワイやってたあの日も、

変態女に肛門を吸われそうになった日も、

初めて魔物と戦った時の緊張感も、

初めてあの男と出会った瞬間も……


どうせ全部、全部全部ぜ〜〜〜んぶ、

綺麗さっぱり消え去ってしまうのだ。


私はこれを何千回も経験している。



もうね、疲れた。



疲れました。


酒でも飲んで気分を紛らわすしかないのよ。


あ、一応20年以上生きたルートもあるんで

私の中では、これは未成年飲酒じゃありませ〜ん。

それに私こう見えてスーパーお婆ちゃんなんで、

20歳なんてとっくに通り越してますから。精神的に。

とにかく邪魔しないでいただきたい。


「お客様、ちょっと失礼しますね」


ホント邪魔すんなボケと言ってやりたい。

まあ、実際に言ったことはあるんですけどね。

そうすると口論に発展して時間を無駄にするので、

ここは年長者らしく大人の対応で切り抜けましょう。



はい、ジョボジョボショボ〜〜〜っと。



「お客様!!

 店内での放尿行為はお控えください!!」



杏子ちゃんマジックその2……おしっこ攻撃!!



「これは……マーキングね!!」

「アルコールの利尿作用ですよ!!」

「本当にトイレに行きたかったんじゃないか?」


はい先生、正解。

私はずっと尿意を我慢してました。

社長室でお茶をがぶ飲みしたせいですね。


車内で目覚めた時にはもう膀胱パンパンの状態で、

その場で漏らしたこともあります。

スッキリした気分で周回を終えることができるので、

この選択肢はそう悪いものではありません。

しかし、そうすると同乗者たちは何を勘違いしたのか

病院まで急ごうという流れになってしまうので、

コンビニで豪遊する機会が奪われてしまいます。


じゃあ排尿を済ませてから豪遊しようとすると、

これがまた思っていた以上にロングなおしっこなので

便器に座ったまま時間切れになってしまいます。

このルートも豪遊できないので不採用です。


そしてプランCがこれ。

豪遊しながら排尿もしてしまおうという、

食欲と排泄欲の欲張りセットです。

これなら周りの人間をドン引きさせて足止めし、

最後の瞬間まで気分良く過ごすことができます。


だから、ここまで我慢する必要があったんですね。



……と、ここで1つ補足をば。


前回と違う行動を取れる人物は、

どうも名倉君だけではないみたいです。


ただし彼ほどの影響力は持っていないようで、

ものすごく微妙な変化しか与えてくれません。

私は今、その前回とは違う結果に直面しています。


コンビニ店員Bが革靴を履いてるんですよ。


バイトの癖に生意気な、ということではなく

彼は前回まで安物の汚いスニーカーを履いてました。

最低賃金が上がったわけでも昇進したわけでもなく、

それ以外の要素で少しリッチになったのでしょう。


このバイト君が重要人物……じゃないですね。

彼は正真正銘のモブだと思います。

この世界のどこかに存在する主人公的な人物が

前回とは微妙に違う行動を取ったことにより、

微妙な変化が連鎖して微妙に環境が書き換えられ、

最終的に『バイト君が革靴を買う』という

微妙な結果に繋がったわけです。


だからなんだって話ですよ。


こいつが革靴を履こうがスニーカーを履こうが、

犬飼杏子の人生にはなんら影響を及ぼさない。

所詮は無意味な変化でしかない。


運命が変わることはない。


友の死を前にして心がグチャグチャになった杏子は、

世界一わがままな魔法に目覚めてそれを発動させる。

お馬鹿な杏子ちゃんには前回までの記憶が無いので

前回と同じ運命を辿り、前回と同じ結末を迎え、

前回と同じ魔法を使って人生をやり直すのだ。


あとは繰り返すだけ。

運命が変わることはない。


この先もずっと、ずっと、永遠にだ。




世界の終わりまで、あと1秒。




あ〜、死にたい。

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