9月
2学期開始。
杏子はこの日を待っていた。
結局あれから安土からの報告は何も無く、
こちらから連絡を試みても一切反応されずに
夏休みが終わってしまったのだ。
まあ、仕方ない。
安土桃太郎とはそういう男なのだ。
メールを既読無視したということは、
中身には目を通してくれたはずだ。
それでいい。
一方的な関係でも杏子は幸せだった。
と、その時。
始業前の廊下で出待ちをしていた女子たちが
ひときわ明るい声で「おはよう!」と合唱し、
対する安土は口をつぐんだまま1組の教室に入る。
無視された女子たちは気分を害するどころか、
恍惚の表情を浮かべて各自の教室へと戻ってゆく。
杏子もその中の1人であり、
遠巻きに様子を眺めていた友人たちに
抑え切れない喜びを報告するのだった。
「どうしよう……
安土君が影のあるイケメンになって帰ってきた!」
安土成分に飢えていた彼女にはそう見えていたが、
友人たちは共感していないようだった。
「元から根暗な奴がもっと暗くなっただけでしょ」
「あの様子じゃ取り戻せなかったんだね……」
どちらの意見も正解だ。
安土は首切姫の正当な持ち主との交渉に失敗し、
あの絶大な力を手放す結果となったのである。
杏子はその件についても内心大喜びしていたが、
それを表に出せば彼に嫌われそうだったので
自分からその話題に触れるのはやめようと思った。
その日の午後、安土はミーティングルームに
パーティーメンバーを招集して現状報告を行なった。
「お前らに残念なお知らせがある
もうなんとなく察してると思うが、
俺は首切姫を取り戻せなかった
よって、今までのような戦い方はできなくなる
結論を言えば、俺は弱体化した
……というより、元の強さになった」
「え、元の強さ?
それなら特に問題無いんじゃ……」
「問題大ありだ
首切姫のドーピングがなきゃ、
俺なんてそこらの連中と大差ない
例えるなら、スーツを着てない時の
変身ヒーローみたいなもんだ」
「そんなことないと思うけど……
だってほら、対人戦では競技用ソードで
対戦相手に何もさせずに圧勝してたでしょ?
あの刀が無くても安土君が強い証拠だよ」
「それな……
毎回、試合開始直前まで首切姫を握り締めて
体内にパワーを蓄えておいたんだ
試合時間がやけに短かったのは、
長引けばボロが出るのがわかってたから
さっさと終わらせるしかなかった……それだけだ」
「そうだったんだ……」
「まさにドーピングね」
「それで、元の安土君ってどんな感じなの?」
「サポート特化だ」
「「「 えええっ!? 」」」
女子3人は自分たちの耳を疑った。
サポート特化……仲間との連携を第一に考えて動き、
自身はあまり前へは出ずに裏方の仕事をこなす役割。
彼ほどその役割が似合わない男はそういないだろう。
「……そんなに驚くことか?
顔合わせの時点で俺の魔法構成は伝えてあったし、
首切姫を使いこなせるだけの制御力を持っている
ブーストが切れた今は前衛として信頼できない
少し考えれば支援役が適任だとわかるだろう」
「そう……かもしれないけど……」
「仲間との連携ってのがねえ」
「今まで安土君のワンマンライブ状態だったし……」
安土は壁際のホワイトボードを引っ張り出し、
そこにパーティーメンバーの名前を羅列して
丸や矢印などの記号を書き込んでゆく。
「そこで、だ
今までの戦い方ができないのなら、
新しいやり方に変えればいい
お前らの基本的な役割は回復、凍結、囮だが、
それに一手間加えて強化と弱体を多用する寸法だ」
「うぅ、難しそうな単語が出てきた」
「私は英語が苦手なんだけど」
「いや、基本的な戦術知識だよ……?」
「まずは犬飼
お前は攻撃と防御、両方の強化魔法に適性がある
その反対に亀山は
攻撃と防御、両方の弱体魔法に適性を持っている
この2人だけで全種類を賄うことは可能だが、
強化と弱体を重視するあまりMPを使いすぎて、
いざという時に回復や凍結を行えないのでは困る
本来の役割がおろそかになっては本末転倒だ」
「また難しい単語だ……」
「私は国語が苦手なの」
「最後の四文字熟語のことを言ってるのかな……?」
「幸い、猪瀬は回避度外視の重装甲守備だから
最前線に立ちながらも比較的手が空きやすい
それに加えて攻撃低下と防御上昇に適性があるから
ただでさえ頑強な守りを更に固めることができる
味方全体の耐久力を高めるという一点において、
これほど都合の良い存在はなかなかいない」
「ブタちゃんをベタ褒めしてる……」
「略してブタ褒めだわ」
「これは喜んでいいのかなあ」
「とりあえず、お前らにはこれから
今挙げた支援魔法を各自習得してもらう
俺はその強化や弱体の効果を増幅魔法で高め、
マジックアーマーとソウルゲインを駆使して
パーティーメンバーのMPを管理する形になる」
「頭がこんがらがってきた……」
「ボードが矢印だらけだわ……」
「はいはい、質問!」
「なんだ?」
「これから全員が全員に支援を回すようになったら、
攻撃役は誰が務めるのかな〜と思って」
「いい質問だ
それに関しては問題無い
新しい人員を確保してある」
「またブタ褒めしてる……」
「お気に入りなのかしら?」
「反応するべきはそこじゃないと思う」
「おい、そろそろ出てこい
もう充分楽しんだだろう」
安土がそう言うと、ガタンと何かがぶつかる音がして
一同はその方向に注目する。
すると、ホワイトボードの裏にあった教壇の下から
何者かがズリズリと這い出てくるではないか。
その位置は女子3人から見て真正面にあたり、
スカートの中を覗き込むには絶好の角度であった。
「いやあああぁぁ!!」
「あら、見覚えのある顔だわ」
「ちょっ……安土君、本気なの!?」
彼女たちが動揺するのも無理はない。
教壇に潜んでいた不審者は、鬼島神楽だったのだ。
清楚な印象を与える見た目をしているが、
心の中が純粋に汚れているあの女である。
「いや無理無理無理!!
この人、救いようのない変態だし!!」
誰もがこの女を苦手としていたが、
杏子は特に生理的嫌悪感を覚えていた。
なにせ彼女は、鬼島神楽から性的な対象として
明らかにロックオンされていたのだから。
「なっ……わんこちゃん!!
今あたしのこと変態って言った!?
もう1回言ってみなさいよ!!
うぇへへへへ……!!」
「ほらあ!!」
現場は騒然とするが、安土は涼しい表情のまま
淡々と報告業務を続けた。
「こいつを同行させるのは俺としても不本意だが、
いろんな大人の思惑が絡んで拒否できなかった
まず第一に、俺が首切姫を取り戻すための条件だ
しばらくこいつと冒険活動を共にすれば、
また貸してもらえるという話に落ち着いた
期限は今年度の3月末まで……つまり、
進級まで我慢すれば俺は復活できるということだ」
「おいコラ安土ぃ!!
あんた一体何様のつもり!?
『こいつ』とか馴れ馴れしいのよ!!
あたし上級生なんだけど!!
ちょっとは敬いなさいよ!!」
「第二に、訓練官から面倒を見るように頼まれた
こいつはいわゆる天才として期待されていたが、
去年様々な問題を起こしたせいで
何度も停学や謹慎処分を喰らった結果、
訓練不足により実力を伸ばすことができなかった
魔法を使えるようになったのは3月末……進級直前だ
技術も経験も他の1年生とほぼ変わりないし、
せっかくの才能を潰すのはもったいないから
俺の下で成長させてやってくれとのことだ」
「無視すんなコラァ!!
そーゆーとこがムカつくのよ!!
だから友達がいないのよあんたには!!」
「第三に、こいつの親からの指名だ
奇妙な偶然だが俺とこいつは地元が一緒でな、
安土家と鬼島家の間には少々因縁がある
両家に伝わる宝具が接触して謎の現象が起きたのは
何か意味があるはずで、その原因が判明するまでは
なるべく離れないでほしいそうだ」
「え、地元が一緒!? 嘘でしょ!?
ってか、そんな話あたし聞いてないんだけど!!
なんでうちの親があんたを指名すんのよ!?」
「さあな、信頼されてないんだろ
文句があるなら親に言え」
「キ〜〜〜ッ!!
ムッカつくわ〜〜〜!!」
安土は伝えるべきことを伝えた後、
もう用は無いと言わんばかりに
さっさと部屋から出ていってしまった。
杏子は野放しになった変態に追い回されたが、
友人たちの援護のおかげで逃げ切ることができた。
それにしても鬼島神楽……
とんでもないのが仲間になってしまった。
基本情報
氏名:安土 桃太郎 (あづち ももたろう)
性別:男
年齢:15歳 (9月6日生まれ)
身長:165cm
体重:57kg
血液型:O型
アルカナ:死神
属性:無
武器:ごんぶと (木刀)
防具:ブラックダイヤモンド (重鎧)
能力評価 (7段階)
P:5
S:5
T:5
F:5
C:10
登録魔法
・ディスペル
・リフレクト
・マジックアーマー
・ディヴォーション
・ソウルゲイン




