結末
少年たちはダンジョンの最奥部へと到達し、
討伐すべき存在──ラスボスの姿をその目で確認した。
事前にどんな外見をしているのか知らされていたが、
リーダーの少年以外は驚きを隠せない様子で
その面妖な出立ちの魔物を眺めて立ち尽くすのだった。
4人の少女はリーダーの声で我に返り、
今なぜ自分たちがこの場にいるのかを思い出す。
ダンジョン見学や探索のために来たのではない。
ただ1匹、あの魔物を倒すのが我々の目的であると。
まず動いたのはパーティー内で最も防御力の高い、
いわゆる防御役を務める長身の少女だった。
彼女は黒光りする重厚な鎧で全身を包んでおり、
武器は持たず、代わりに巨大な盾を携えていた。
見た目いかにもな防御特化の前衛。
これまでに経験した全ての戦いにおいて、
その頑強な守りが突破されることは一度も無かった。
だが、彼女は死んだのだ。
敵が振り向きざまに放った、ただその一撃だけで、
彼女の上半身と下半身は分離されてしまった。
両者の距離は相当に離れていたので、
当然ながら近接戦闘による結果ではない。
だが、魔法による遠隔攻撃を受けたのでもない。
彼女はただ敵の射程圏内に入っただけで、
見えない斬撃を浴びて命を落としたのである。
リーダーは撤退を叫んだ。
しかし、あまりの凄惨な光景に耐えられなかったのか
亜麻色の髪をした少女がその場で気を失ってしまい、
黒髪の少女がフォローをしようと彼女に駆け寄り、
その時間稼ぎのため、緑髪の少女が行動に出る。
緑髪の少女は凍結魔法の使い手であった。
それは相手の動きを完全に封じることのできる、
強力な状態異常として知られている魔法だ。
たとえ敵がどれだけ格上の存在だろうと、
凍らせてしまえば約5時間は足止めが可能なのだ。
それだけの時間があれば仲間の遺体を無事に回収し、
家族の元へと返してやることができる。
だが、その願いは叶わなかった。
緑髪の少女が魔法を放つより早く、敵は動いた。
そしてやはり見えない斬撃が彼女の首を切断し、
それは鮮血を撒き散らしながら地面を転がっていった。
少年は叫んだ。
味方への命令ではない。ただ心のままに叫んだ。
彼は刀を抜き放ち、荒ぶる衝動に身を任せて
仲間たちの未来を奪い去った相手へと斬り掛かる。
次の瞬間、少年が目にしたものは
空中に打ち上げられた自身の両腕だった。
彼もまた見えない斬撃の餌食となり、
肘から先を失う結果となったのである。
だがそれも束の間の出来事でしかなく、
少年に絶望する時間は与えられなかった。
少年は細切れにされた。
前の2人よりも敵との距離が近かった影響なのか、
見えない斬撃の回数と精度はより激しくなり、
その屍は原形を留めない肉片へと変わり果てた。
残された少女2人のうち1人は気絶したままであり、
今何かしらの行動を取れるのは黒髪の少女だけだ。
不幸中の幸いとでも言うべきか、
彼女たちは敵の射程圏内に入っていなかった。
それ以上近づかなければ敵は何もしてこない。
時間稼ぎは必要無かったのである。
最初の1人はともかく、あとの2人は無駄死にしたのだ。
黒髪の少女は逃げ延びることもできた。
しかし、彼女はそうしなかった。
彼女は足元にあった少年の両腕を拾い上げると、
彼の手から固く握られた刀を取り外した。
そしてその切っ先を敵に向けて闘志を示したのだ。
彼女は剣士ではなかった。
ただでさえ扱いの難しい武器であるというのに、
心得の無い彼女が上手く使えるわけがない。
だが、それでも、たとえどんな結果になろうと、
彼女は敵に立ち向かわずにはいられなかったのである。
そして奇跡など起こらず、彼女は死んだ。
薄れゆく意識の中で彼女の瞳に映ったものは、
敵が少年の刀を回収するという奇妙な光景だった。
魔物が人間の所持品に興味を示した例など存在しない。
ラスボス特有の特殊な行動パターンなのだろうか?
まあ、考えたって仕方ない。
もう全てが終わってしまうのだから。
ただ1つ、彼女は自らの失態が招いた悲劇を悔やんだ。
敵が刀を回収するためにこちらへ移動したせいで、
最後の少女が敵の射程圏内に入ってしまったのだ。
ああ、仲間の仇を取ろうなどと考えなければ、
無駄な勇気など振り絞らずに素直に逃げていれば、
あの子だけは助かったかもしれないのに……。
その無念と共に、彼女は人生の幕を下ろした。
7月31日。
関東魔法学園の生徒5名が死亡した。