第六話:未知なる力、ネクロマンサー
視界がゆっくりと白く染まり、現実世界へと引き戻される感覚があった。
レイヴン——いや、柊誠司は静かに目を開けた。
そこはゲームの中ではなく、自宅のリビングだった。
壁掛け時計を見ると、現実の時間で約三時間が経過している。ゲーム内では、それよりも少し長く感じられた。
「ふぅ……」
誠司はヘッドギア型のVRデバイスを外し、額の汗を拭った。
フルダイブ型のゲームは初めての経験だったが、想像以上にリアルだった。
(……まるで、もう一つの世界にいたような感覚だな)
五感の再現度が高すぎて、ログアウトした今も、まだグランベルクの町の空気やダスクウルフとの戦いの感触が残っているようだった。
※
翌日。
簡単な朝食を済ませ、誠司は再びVRデバイスを装着した。
——ログイン開始。
視界が暗転し、再び意識がレイヴンへと切り替わる。
※
「——さて、今日のところは何をするか」
レイヴンは宿屋の狭い地下室で目を覚ました。
ゲーム内では朝になっており、薄暗い部屋の小さな窓からわずかに朝日が差し込んでいた。
体力やMPは完全に回復している。
このゲームでは、宿屋で休めば体力やMPが回復するシステムになっているようだった。
(とはいえ、このままじゃ金もないし、装備も頼りないな)
初期装備のローブと杖では、少し戦っただけでボロボロになるのが目に見えている。
装備を整え、戦闘の基礎を学ぶ必要がある。
まずは町の探索から始めることにした。
※
グランベルクの町は朝から活気に満ちていた。
レイヴンは人混みを抜けながら、まずは武具屋を目指した。
——だが、その途中で一つの建物に目を奪われた。
古びた石造りの建物。その扉には、不気味なドクロの紋章が刻まれている。
「死者の祠」
それが、この町にあるネクロマンサー向けの施設だった。
(……どうやら、ここがネクロマンサー専用の施設らしいな)
今の自分はこの職業を選んだばかりで、スキルの使い方も完全には把握していない。
基礎を学ぶためにも、一度訪れてみる価値はありそうだ。
※
扉を押し開くと、ひんやりとした空気が流れてきた。
中は意外なほど静かで、石造りの壁には無数の蝋燭が並べられている。
奥に進むと、一人の男がこちらを見つめていた。
黒いローブを纏い、手には細長い骨の杖を持っている。
「……新たな死霊術士か?」
低く、落ち着いた声だった。
「まあな」
「ここは、死者の声を聞く者たちの集う場所。我らはこの世ならざる力を操る者」
男はレイヴンを見つめ、ゆっくりと頷いた。
「お前も、冥府の力を望むか?」
「……そのつもりで、この職業を選んだ」
レイヴンが答えると、男は満足げに微笑んだ。
「ならば、まずは基本を学ぶといい」
男は手をかざし、何かを操作すると、新たなスキルが解放された。
——《スキル:リビングデッド解放》
——《スキル:ソウルサクリファイス解放》
レイヴンはメニューを開き、スキルの説明を確認した。
《リビングデッド》
死体を操る基本的な死霊術。敵を倒し、その死体を素材にすることで、一時的に使役可能なアンデッドを召喚できる。
《ソウルサクリファイス》
自身のHPを消費することで、一時的に魔力を増幅させる。使い方次第で強力な効果を発揮するが、無闇に使うと自滅の危険もある。
「ふむ……なかなか面白いスキルだな」
戦闘スタイルは、死体を利用する召喚術と、自身のHPを犠牲にするリスクのある魔法が中心となるようだ。
当然、普通の魔法職とは全く違う戦い方を求められる。
(やりがいがありそうだ)
レイヴンは密かに微笑んだ。
※
「実践で試してみるといい」
男はそう言って、奥の扉を指さした。
「この先にある墓地で、実際に死霊術を使ってみるがいい。あそこなら、いくらでも実験台がいる」
「墓地、ね……」
どうやら、ここが最初の実戦フィールドというわけか。
——未知なる力、ネクロマンサー。
レイヴンは杖を握りしめ、死者の安息地へと足を踏み入れた。